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80話『ユーリ、勇者として任務を授かる』 その3

「トスト様、お聞きしたいことがあるんですが。ツァイの帝都は今、どうなっていますか」

「ペンバンを包んでいた魔法による光の柱は、先日、悪魔が襲来する少し前に消滅しました。今は塩の平原が広がるのみとなっています」

「魔法? 塩の平原?」

「"顧みる罰と顧みぬ罪"という、地系統の最上級魔法の効果です。ご存知ないのも無理はありませんね。生物も物体も、全てを等しく塩へと変質させてしまう、本来使ってはならない禁断魔法とされているものです。

 正式な言質は取れませんでしたが、発動させたのはカオヤ=キンダック皇帝の長子・ジャージア皇子と見て間違いないでしょう。帝都にいた皇族で生存が確認されたのは、彼だけでしたから」


 頭の中で途切れ途切れになっていた線が、段々と繋がって一本になっていく。

 双子の弟のダシャミエを、正確にはソバコンワの鎧を探させていたのは、その"顧みる罰と顧みぬ罪"なる魔法を発動させるため、あるいは魔法から身を守るためではないだろうか。


 空白の皿の他の構成員はどうなったんだろうか。

 時間的に、俺達が帝都を離れた直後にはもう魔法を発動させたと見ていいはずだ。

 まさか、部下もろとも塩にしてしまったんだろうか。


「ツァイでは後継者争い、子が親を殺しての帝位簒奪が当たり前のように起こる国。その規模が大きくなれば、自然と民や兵への飛び火も大きくなります。ですが今は咎めている場合ではないゆえ、我がフラセースを含め、他国はその件には一切触れず不問としております。それに、ジャージア"皇帝"が引き続き帝国領土内の他勢力を取りまとめているため、混乱を起こさず国家体制を維持しているのも事実です」


 アニンの奴、大丈夫だろうか。

 復讐相手の片方を、こんな形で失うことになって、納得できてるだろうか。

 いや、スールが生きてると知った衝撃の方がデカくて、そっちに心を持っていかれてるかもしれない。


 その後も色々と話を聞かされて、現在世界が置かれている状態や、それに対して各国がどのような態勢を取っているか、把握することができた。


「――状況としてはこんな所でしょうか。さて、ここで御二方に授けたいものがあります」


 トスト様が軽く天を仰ぐと、宙に浮いていた水晶の1つが、ゆっくりと俺達の眼前へ降下してきた。


「"パドクックの水晶"です。頭の中で思い描いた者や場所の現況を映し出す力があります」


 一見、何の変哲もないスイカ大の透明な水晶球だが、そりゃすげえ効力だ。

 ただ、こんな凄えもんをもらっても、俺達では使えないんじゃないか?


「申し訳ありませんトスト様。お恥ずかしい話ですが、わたしも彼も魔法の資質を持っていないのです」

「ご安心下さい。それは魔具ではなく、竜族に由来する宝具。魔力を注がずとも、思念のみで使用が可能です」


 トスト様が、笑って付け加えた。


「気にかけている者を探してみるといいでしょう」

「ありがとうございます」

「礼は不要ですよ。これはあなた方に課したい任務とも関連していますからね」

「任務、ですか?」

「あなた方は、これまで世界各地を回り、様々な人々と出会ってきましたね?」

「はい」


 まあ、その辺の人よりは経験豊富なんじゃないだろうか。


「その経験を活かし、探査と遊撃に回ってもらいたいのです。全てあなた方の裁量で行動して頂いて構いませんし、可能な限り、必要な権限なども付与しましょう。翌日以降、残った仕事が片付き次第、私も再びあなた方の翼となります」

「そ、それは光栄ですが、いいんでしょうか」

「はい、勿論。私があれこれ指示を与えるより、自由に行動して頂いた方が良さそうですからね」


 自由っちゃ自由だが、随分いい加減だな。

 本当にそれで大丈夫なのかよ。


「そんないい加減さで本当に大丈夫なのか、と思っていませんか?」

「いえ、まさか」


 その洞察力を競竜の時に発揮してくれよ。


「その洞察力を競竜の時に発揮しろ、と思いましたね?」


 もはや何も言えなかったし、思えなかった。


「ははは、いいんですよ。実際、勘ですから。ですが今回ばかりは確実に当たる自信があります。ユーリさん、あなたの行動は、最終的には絶対的な正しさに帰結する。そう感じずにはいられないのです。だからこうしてお迎えに上がり、力を貸して欲しいとお願いしたのです」


 心の底からそう思っているのか、圧力をかけるためなのかは分からない。

 だけど、聖竜王ともあろうお方からこんなにも期待、信頼されてしまっては、奮い立たない訳には行かない。

 心の芯が段々と熱くなっていくのを感じていた。


「分かりました。期待に添えられるよう、頑張ります」

「その意気です、勇者殿」






 その晩はとりあえず体を休め、翌朝、食事を済ませた後、早速俺達はパドクックの水晶を使ってみることにした。

 便利なことにこの水晶、林檎くらいの大きさまで縮小できるみたいで、持ち運びが楽だったのを付け加えておく。


「じゃ、どっちが使ってみる?」

「ユーリ、お願い」

「ん、俺でいいのか? まあいいか」


 タルテの性格上、ほぼ確実に俺へ振ってくるだろうと思ってたけどさ。


「で、誰から探してみるか。……やっぱ、一番ヤバくて優先順位の高いスールからか?」

「そうね。インスタルトにいるのは分かっているけど、どんな場所なのか、悪魔と融合してどんな姿になっているのか、知っておくべきだと思う」

「えっと、水晶に手をかざすか触れるかして、頭の中で思い浮かべるんだったな」


 あんまり思い描きたくはない奴だが……あの、オカマにしてはまあ綺麗な姿を想像する。

 遭遇したのは結構前だったが、あまりに印象がデカかったからか、想起するのは容易だった。


 変化はすぐに起こった。

 だが……


「……あれ? 真っ黒になっちまったぞ」


 墨でも流し込んだように、たちまち水晶が真っ黒になってしまった。


「トスト様がおっしゃってたわね。何らかの理由で"見えない"相手を探そうとするとこうなるって」

「そうだっけか。すっかり忘れてた」


 原因は特定できないが、見られないものはしょうがない。


「しょうがねえ、次行くか。……えっと、俺の母親を探したいんだけど、いいかな」

「もちろんよ。トスト様も自由にして構わないとおっしゃってたじゃない」


 礼を述べる代わりに、タルテが差し出してきた手をそっと握り返した。

 大丈夫だ、落ち着け。

 落ち着いて想像しろ。

 もう俺は、あの人を恐れたりなんかしない。


 どっちを描けばいいかって?

 ……"母ちゃん"の方だ。


 漆黒に塗り潰されていた水晶が透明さを取り戻し、再び茫と微かな色彩を帯び始めた。

 今度は大丈夫なようだ。黒色ではないし、輪郭も存在している。


「……!?」


 水晶の中へ映し出されたものを見て、俺もタルテも驚愕を隠せなかった。

 まず、場所には見覚えがある。ワホンの首都・ショルジンだ。

 様子からして、悪魔の襲撃はまだ起こってないみたいだが……建造物は無残に破壊され、路上には人々の死体が転がっていた。


 誰の仕業か、考えるまでもない。

 一体何考えてんだあの人は!

 これじゃあ……悪魔とやってることが変わらねえじゃねえか!

 本当に法治国家で生きていた人間の取る行動かよ!


 炎と黒煙が上がる、地獄と化した瓦礫の首都で、いつも結わえていた黒髪を解いて無造作に乱し、肥えた体を揺すりながら、あの人はまた獣のように両手いっぱいに持った肉を貪っていた。

 そして、禍々しい笑みを浮かべたあの人の正面に……息を切らせながら、必死の表情を滲ませているシィスが対峙していた。

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