80話『ユーリ、勇者として任務を授かる』 その2
どうしようかと考え始めた時、これまた絶妙な拍子で戸を叩く音がして、さっきの兵士とは違う使用人が食事を運んできてくれた。
小さく切られたパン、果物や野菜を添えた肉、桃色と白、緑の対比が美しい練り物……フラセースの宮廷料理ってやつか?
あれ、一度に持ってくるもんだっけか。
「危急の事態のため、城内の者や勇者様にお出しするお食事にも制限を設けさせて頂いております。ご不便をおかけして申し訳ございません」
「いえ、とんでもないです。ありがとうございます、頂きます」
当然のことだと思うし、食べさせてもらえるだけでありがたい。
それに、減った量の分を、もてなしで補おうとする心配りが至る所に感じられたので、それで充分だ。
というか、場所にせよ料理にせよ作法にせよ、こんな格式高いのは俺の柄じゃあねえ。
恥ずかしい話だが、感動より緊張が先立ってしまっていた。
美味かった、ってのは明確に実感できたけど。
「――あの肉、果物の酸味も程よく効いてたし、凄く柔らかかったよなあ」
「調味料にこだわるのはフラセースの料理の特徴ね。代々の秘伝になってるんじゃないかしら」
「なるほどな。確かに練り物も、少しだけ入ってた香辛料みたいなのが味と歯応えを引き立ててたもんな」
食事が済んで、更にしばらく部屋で雑談しながら休憩していると、今度は先程案内してくれた兵士がまたやって来て、
「トスト様がお呼びです。ご足労願えませんでしょうか」
と言ってきた。
小規模転移魔法陣を使い、別の塔へと移動し、そこからはやや複雑な経路を辿って、階段を使い上へと登っていく。
……意外と遠いな。簡単に辿り着けないようになってるんだろうか。
無言で淡々と進んでいると、やがて終点に到着した。
楕円形のさほど広くもないこの空間にトスト様の姿はなく、代わりにローブを着た、3名の魔法使いと思われる人間がいて、更に中央の床には魔法陣が描かれていた。
促されるまま、魔法陣の中央へ進むと、魔法使いたちが詠唱を開始する。
なるほど。有人型の転移魔法陣を挟んで、直接行けないようになってるのか。流石に警備が厳重だな。
短距離だからか、それとも術者が優れているからか、詠唱時間は短く、すぐに移動が完了した。
転移先の空間は、一瞬言葉を失うような幻想性に溢れていた。
床や壁が全て、水晶のような物質で構成されていた。
おまけに透明無色だけではなく、赤や青、緑や黄、紫など、様々な色が散りばめられ、淡い光を放っている。
それでもうるさい印象はなく、目に優しかった。
この上を土足で歩いてもいいものなんだろうかと躊躇ってしまうが、先導の兵士が普通に歩き出したため、俺達も倣う。
コツコツと、小気味のいい音と反動が返ってくるのに意識を向けつつ、更に外壁に沿った、硝子のような物質でできた螺旋階段を登っていくと、透明度の低い水晶でできた扉と壁に突き当たった。
俺達の姿を確認するなり、両脇にそれぞれ立っていた門番が、ゆっくりと扉を開放する。
これが謁見の間……塔の中とは思えない造りだ。
六角形を並べた七色水晶の床、同じく周囲には六角形の柱が幾何学的に林立し、浮遊している水晶まである。
遥か高い位置にある天井は透明で、外に広がる満天の星空や冴え冴えと輝く満月をそっくりそのまま映し出していた。
そして、真紅の絨毯が伸びた先、中央奥にある銀色の台座に、トスト様が坐していた。
「ご足労かけましたね。どうぞこちらへ来て、楽にして下さい」
少し冷えた空気を伝って、トスト様の温かみを帯びた低い声が響く。
命ぜられるがまま俺達は、絨毯に沿ってゆっくりと歩く。
流石にかなり緊張している。
一生縁がないと思ってた場所を、こうして歩いているんだから、そうなっても仕方ないよな。
俺でさえこうだから、タルテはもっとだろう。
ちらりと横目で見てみたら、案の定小突いたら粉々に砕け散りそうなほど硬直していた。
「どうですこの場所は? 逢引きには最適だと思いませんか?」
「緊張しすぎて、落ち着けないです」
トスト様が砕けた調子で言ってくれても、残念なことにあまり効果はなかった。
場所がその場にいる人間へ及ぼす力ってのはこんなにも凄いものなんだな。
「そうですか。では必ずや、お2人の結婚式はこの場所で行わなければなりませんね」
「えっ……!」
思わずタルテと声を合わせ、焦ってしまう。
「そ、それは少し気が早いのでは」
「そ、そうですよ! わたしたち、まだ……!」
「ははは、緊張が解れたようですね」
この方は、本当に聖竜王なのだろうか。
などと疑っていたら、急に雰囲気が引き締まったのを肌で感じる。
「さて、先程通信鏡を通して他国の首脳と会談を行ったのですが、結果を手短にお伝えしましょう。何しろ時間がないため、大まかな方針だけを決定して一致団結をし、詳細な対処手段は各国の裁量に委ねることにしました。
基本方針は、各国家間とも相互不干渉で自助体制、支援のための食糧や兵の輸送は最低限に留めること。将来的な食糧不足が確実視される以上、無用な争いを避けるためにはこれが最善と判断しました。
ただし悪魔や餓死に至る病などに関する情報は国家だけでなく、種族の壁も越えて積極的に共有する路線を取ります。それと、立地上悪魔や病の襲来を未だ免れているミネラータは、ミーボルートの復活阻止に全力を注ぐことを約束してくれました」
一字一句逃さないよう、真剣に聞いてはいたが、どうしても疑問が湧いてきてしまう。
「あの、どうして俺達にここまで教えてくれるんですか? 悪魔との戦闘はともかく、大規模な戦略面では役に立てるとは思えないんですが」
「幾度も申し上げておりますが、世界を救う勇者だと期待しているからですよ。その為には是非状況を知っておいて頂きたいのです。もっと胸を張って、自信をお持ち下さい。それに、特に機密にするつもりはありません。明日には民にも情報を開示すると同時に、民からも情報提供を募りますから」
例えとして適切なのかは不明だが、期待の新人に経営者視点の勉強をさせる感じなのか?
……あ、そうだ、せっかくそう言ってくれるなら、聞いてみるか。