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80話『ユーリ、勇者として任務を授かる』 その1

 上空から見た、夕陽に赤く染められた聖都に感動している余裕なんてなく、ただ心が痛むばかりだった。

 壊滅的、とまでは行かなくとも、かつての美しさを損なうほどには被害が出ている。

 3つある区画はいずれも容赦ない攻撃の傷痕が刻まれ、整然とした街並みを穢していた。


「悪魔相手では結界も役に立たず、素通りさせてしまうようです」


 恐らく邪気や汚れを持たない、単なる無機質な機械仕掛けだからだろう。


「御搭乗お疲れ様でした。このままイースグルテ城の中庭に着陸します」


 ロロスから聖都まで、本当に日没よりも早く、1日もかからず到着してしまうとはな。とんでもない速度だ。

 しかもトスト様に疲労した様子はない。


 平時は城の周辺と同等以上に美しく手入れされていたであろう中庭には、天幕や資材などが所狭しと作られ、並べられ、物々しい雰囲気を放っていた。

 また大勢の竜や兵士がいたが、上空にいた俺達、というかトスト様の姿を確認するなり、


「お帰りなさいませ!」

「よくぞ御無事で!」


 種族に関わりなく統率された動きで一斉に最敬礼を行う。


「戻りましたよ。あれから大事はありませんか」

「未だ悪魔の侵攻が止む気配はありませんが、現状ではルレド区内で食い止めております。空からの攻撃に関しても、対応は取っています」

「食糧の緊急配給制、備蓄管理、不正者の取り締まりと予防、全て移行は完了し、運用しております」

「竜特区と大聖堂を解放し、他種族民の避難先としております」

「研究部が今、悪魔の死体を回収し、解剖と分析を進めております。それに関連して、トスト様に報告したい旨があると」


 立場が上っぽい兵士が次々に行う報告に、トスト様は満足そうに頷く。


「結構。皆さん、とても良い働きです。その調子でよろしくお願いします」

「はっ!」


 兵士達が威勢良く返事をし……次々と視線をこっちに向けてくる。

 ただ、不審者を見るというより、期待感を込めた眼差しだ。


「そちらの御二方が、トスト様の仰っておられた勇者様なのですね」


 その内の、指揮官級と思われる人間の1人が尋ねると「その通りです」とトスト様が答えた。


「まずは移動の疲れを取って頂きます。黄緑の塔の貴賓室へお連れしなさい」

「はっ!」

「事情が事情ゆえ、豪勢な食事は提供できませんが、部屋の質は保証しますよ。どうぞゆっくりお休み下さい。私はこれより皆の報告を聞き、他国首脳との会談も行わねばなりません。また後でお会いしましょう」


 案内を兵士に引き継ぎ、トスト様は城を構成する塔のうちの1つへと入っていった。


「勇者様、僭越ながら私がご案内致します。こちらへ」


 勇者なんて言われるのは少々恥ずかしいというか、落ち着かない気持ちになる。

 ヒーロー、の方がしっくり来るんだよな。

 それはともかく、俺達は案内に従うがまま、塔の中へと入った。


 こういうことを思うのは失礼かもしれないが、中は意外と普通っぽいというか、綺麗ではあるが、豪華絢爛とは程遠かった。

 ツァイの王宮とはえらい違いだ。

 また、竜族の通行を想定してか、通路や階段の幅や高さが、やけに大きく取られていた。

 構造も複雑になっていて、下から上まで全てが吹き抜けになっている訳ではなく、外から見た塔の高さと天井の高さは明らかに釣り合っておらず、細かく区切られているようだ。


 ただ、上下の移動を外周部の螺旋階段で全て行う必要はなく、中央部に設置された魔法陣で簡単に、あっという間に移動できるため、不便はない。

 ツァイからミヤベナ大監獄まで移動した時のように時間がかからないどころか、術者も必要なく、設置した魔石を動力にして動かしているのには驚いた。

 あっちの世界で言うエレベータに近い仕組みだな。

 また、塔と塔の間の移動も、橋のように架けられた連絡通路だけでなく、この小規模転移魔法陣でできるらしい。


 用意してもらった部屋は、塔の最上階付近に位置していた。


「それではごゆっくり。私はこれで失礼致します」

「ありがとうございました」


 2人で1つの部屋を使うということに、トスト様も、案内してくれた兵士も、特に疑問を抱いてはいなかったようだ。

 ごく自然なことのように、事前確認も何もなかったな。

 もっとも、恥ずかしさこそあれど、今更躍起になって否定するような関係でもないけど。


「貴賓室だけあって、すっげえ部屋だな。2人用なのにだだっ広いし、卓も寝台も椅子も、何もかも高そうだぜ」


 これまで色々な部屋で寝泊まりしてきたが、まさか歴史あるイースグルテ城の中、しかも貴賓室にまで入れるとは、想像もしていなかった。

 高級感というより刻まれた歴史、品格の高さを感じずにはいられない。

 どんなに素晴らしい調度品を並べても、どんな豪華な設備を整えてもそれだけでは追いつけない、他のどの場所にも出せない雰囲気だ。

 それに、塔の中に入った時点でそうだったが、やけに静かで、ここにいると戦火とは無縁に錯覚させられた。


「ミヤベナ大監獄の1層の部屋も似たような感じだったけど、やっぱこっちの方が圧倒的にお上品だよなあ。……お、窓があるぜ。今は夜だから見えないけど、昼間は滅茶苦茶いい眺めなんだろうな。どうよ、評論家のタルテさん。是非とも感想を聞かせてくれよ」

「……そ、そうね。素晴らしいと思うわ」


 回答が陳腐で素っ気なくなってしまったのは、別に無感動になってるからじゃないってのは分かっている。

 少しでも気が紛れればと思って、口数を多くしてみたんだけど……効果なかったか。


「大丈夫だからな」


 肩に手を置き、揺れる瞳をまっすぐに見つめて、断言する。


「この世界の人達は、そんなヤワじゃねえ。悪魔やトチ狂ったオカマ如きになんか負けるかよ。絶対平和は戻る。それに、アニンもミスティラもジェリーもシィスも、きっと皆無事だ。いや、むしろ悪魔を返り討ちにしてる勢いかもしれねえな」

「うん、そうよね。みんなも大丈夫よね。……本当に不思議だわ。あなたにそう言われるだけで、無条件で信じられて、しかも心が軽くなって、強くなれる気がするの」


 良かった。

 安心する言葉を、声に出して欲しかったんだろうなという見立ては当たっていた。


「ユーリは強いわね。こういう状況でも絶望しないでいられて、余裕があって」


 だけど、その後に続いたのは、予想外に俺の内面をほじくり出すような言葉だった。

 素直に答えていいんだろうかと一瞬迷いが生じるが、タルテへの信頼がすぐに勝った。


「……強いんじゃなくて、"一度死んでる"って体験を覚えてるから、麻痺してるだけだと思う。最悪、また死んでも、別に俺の自我は消えないだろうから、そんな怖がることもないんじゃないかなってさ。

 ……なんて言っても、納得なんかできやしないよな。タルテだって実は前の人生があって、それを覚えてないだけ、もう死を経験済みだから本当は怖がることなんてない、なんて言われてもピンと来ないだろ?」


 複雑な表情を作ったタルテが、小さく頷く。


「それが至極真っ当な反応だよ。この感覚を伝えるには、言葉だけじゃ限界がある。体験しないと分からないだろうな」

「ごめんなさい」

「謝ることじゃないだろ。そもそも、分かって欲しいなんて思ってないしさ。誰が好き好んでタルテを死なせたがるかっての。

 話がズレちまったな。つまり、俺は別に特別心が強い訳じゃないけど、それでも頑張って世界を救うぜってことが言いたかったんだ」


 今度のタルテは大きく、はっきりと頷いた。


「ユーリも死んだりしたら、許さないからね」

「ああ、死なねえよ……おっと」


 まるで本能の方も生存欲求を主張してきたかのように、絶妙な拍子で腹の虫が鳴る。

 ロロスを発つ直前、町の人達から食べ物や水をもらっていたから、ずっと飲まず食わずだった訳ではないけど、最後に食べてからそれなりに時間が経ったもんな。

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