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13話『ミャンバー、小さな港町』 その1

「……ふう」


 あらかじめ断っとくが、別に一発抜いた訳じゃない。

 戦いに疲れて、流石のユーリさんもため息をついちまっただけだ。


 平和だった海に突如として現れやがった船食いイカの群れだが、とりあえず全滅させることはできた。

 船員たちだけでなく、俺やアニン、それに同行した若い男の魔法使いもちょっとばかし負傷してしまったが、腹が減ったのを見計らってグリーンライトを使い治療したため、そこは問題ない。

 死者も出さずに切り抜けることができた。


 一番の問題は……加勢に行ったのはいいが、二隻の船を完璧に守り切ることができなかったことだ。

 沈没は免れたけど、防御魔法"母胎繭"を展開させるよりも前に動力部かどっかを一部やられちまったみたいで、これ以上まともに進むことができなくなっちまった。

 俺達の乗ってたビワサ号とは違って、ガウショ号とシラカ号は船員のみで応戦してたんだが、それを言い訳にはできないよな。


 ただ運が良いことに、このまま大海を寄る辺なく彷徨うハメにはならずに済むようだ。

 今いるとこからそう遠くない場所にツァイ帝国の港町があるらしく、そこへ寄って修理をしようって話になっている。

 俺は専門家じゃあないから、損傷の程度とかはさっぱり分からんけど、その辺は信頼して任せるしかない。




 てな訳で、俺達は既に元いた船・ビワサ号に戻っている。

 グリーンライトで傷を治して、汚れた体を風呂で洗って、さっぱりした所で晩メシを食って、部屋に戻った頃にはすっかり夜も更けちまっていた。


 ……あ、そうだ。


「タルテ、ちょっといいか」

「……え?」


 ずっと暗い顔したままの真面目ちゃんを、ちょっとばかしスッキリさせてやらなきゃな。


「二人で外に出ようや。……おっと、誰も何も言うなよ」


 アニンの奴がニヤニヤしているのが視界の端に映っちまったが、それ以上目に入れないようにする。

 ちなみにジェリーはもう寝台でスヤスヤと眠っている。

 魔法を使った疲労と、戦いの緊張が理由だろう。


「ほら、行くぞ」

「え、ええ」


 いつも以上に静かな廊下を抜けて、甲板上に出ると、早速一人の船員と出くわしてしまった。


「おや、逢引きですか?」

「いや、話し合いっす」

「そうですか。足元と、海に落ちないよう気を付けて下さい」

「どもっす」


 逢引きするものと信じて疑わない顔つきで、船員は火のついたロウソクを一本くれた。


「ほれ、手」

「え?」

「か、勘違いするなよ。転ばないように、って意味だからな」


 何で俺がこんなことを言わなきゃならねえんだ。


「分かってるわよ」

「ん? お前、少し手がきれいになったか? かさつかなくなってんな」

「……え、分かるの?」

「そりゃなあ。俺が"力"の説明をした時、引っ叩かれたりされちゃあな」

「バ、バカね」


 ま、少しだけでも笑顔が戻りゃ、バカでも何でもいいや。

 船員の忠告通り足元に気を付けて、人気がなく、かつ船食いイカの被害が少ない方へと移動する。


 周囲を取り巻く海は全方向が暗闇に覆われているが、船はゆっくりと陸地に向かって進んでいるようだ。

 バシャバシャという音からも分かる。

 それと、横から吹いてくるそよ風が、程よい涼しさを含んでいて気持ちいい。 


「この辺でいいか。さて」

「ちょ、ちょっと待って、まだ心の準備が……」

「なに慌てふためいてんだよ。話し合いっつったろ」

「……そ、そう? ええ、そうね。言ってたわね」


 まさかマジで乳繰り合うなんて思ったんじゃあるまいな。

 ったく、俺まで変に心臓がバクバクしちまうじゃあねえか。


「そ、それで、話って?」

「お前の中にあるモヤモヤを、スッキリさせてやろうと思ったんだよ」

「どういうことよ」

「当ててやろうか。どうせお前のことだから、"自分だけ戦う力がない"なんて考えて、ずっと落ち込んでんだろ」


 やっぱり図星だったようだ。

 タルテを取り巻く空気がますます重く沈んだのが、目をやらなくても分かる。


 俺の予想が正しければ、もうちょっと突っ込んだ理由があるはずだが、あとはあっちから話し出すのを待つか。

 幸いというか、待つにはうってつけの雰囲気だから、退屈はしない。


「……わたし」


 思ってたよりも早く、タルテは口を開いた。


「つくづく自分で自分がイヤになるわ。今日魔物に襲われた時によく分かった。わたし、心のどこかでジェリーのことを下に見てたのよ。……でも、実際は全然違った。力も心も、ジェリーはわたしなんかよりずっと強かった。一番弱かったのは、わたしのほう」


 やれやれ、つくづく真面目ちゃんだな。

 俺の予想はズバリ的中した。

 とはいえ、倍率をつけるなら1倍に限りなく近いから、嬉しかないけども。


 その後もタルテの懺悔を、嗚咽が優勢になって上手く話せなくなるまで黙って聞いた。

 で、途切れた時機を見計らって、


「これからいくらでも強くなりゃいいじゃん」


 こちらからの意見を伝えることにする。


「お前が解放されてから、まだそんなに時間が経ってないだろ。言い換えりゃ、生まれ変わったばっかってことだ。ロクに訓練もできなかったんだろうから、強くなくてもしょうがねえよ」

「でも……」

「そもそも、戦うことだけが全てじゃあねえだろ。お前にしかできないことだってあんじゃん。料理とか家事とか、荷物や資金の管理とか、言ってみりゃ後方支援の専門家じゃねえか。今の時点で、俺にもアニンにも、ジェリーにも上手くできないことをバッチリやれてんだろ。胸張れよ。ただでさえアニンより小ぶりなんだから、しょんぼりしちまうぜ」


 おっと、余計なことを言っちまった。

 タルテの鋭い視線が飛んでくる。


「あとなあ、ジェリーより上とか下とか気にしすぎ。比較しちまうのは人間の習性みてえなもんだから、別にいいんだよ。あんま真剣に向き合うなって。んなことより、いかに相手を喜ばすかに考えを割いた方が建設的だと思うぜ」

「…………うん」

「頭で分かっても、心がすんなり納得できないよな。ま、ちょっとずつ変えてけばいいんじゃね」

「……どんな育ち方をすれば、そんな考え方ができるのよ」


 やっと後ろ向きでない言葉が出てきたのはいいけど、妙な疑いをかけてきやがったな。

 まるっきり的外れな訳でもないが。


「普通だよ。ワホン国ロロスの町にある、ただの料理店の息子」

「本当に? 時々、あなたとわたしが同い年だって思えなくなるのよ」

「んー? ああ、まあ、ある意味俺の方が年上かもな。誕生日のズレとか関係なく」

「どういうこと?」

「気になるか?」


 タルテを見ると、頷きが返ってきた。

 小さな灯に映し出されたその顔からはもう悲嘆は消えていて、好奇心が前に出ていた。


「そうだなぁ……ああ、せっかくだからこうすっか。お前が自分で"強くなった"って自信持って言えるようになったら、話してやるよ。俺の秘密とかを」


 本当は別に勿体つけることもないんだが。


「信じてくれるかは分からねえけど、ビックリさせてやれるのは約束できるぜ」

「……分かったわ。わたし、強くなる。その時は洗いざらい、全部聞かせてもらうわよ」

「おう、約束だ」


 天を仰ぐと、わずかに欠けた月といっぱいの星が広がっていた。

 当たり前だが、見覚えのある星座は一個も存在しない。

 月が一個だけなのは共通してるけど、こっちの世界の方が少し大きく見える気がする。距離が近いんだろう。


 ちなみに、満点の星空というには少しばかり足りない。

 謎の浮遊島・インスタルトが漆黒の塊となって、空のほんの一部を遮っていたからだ。


 あの無数の光のうちの一つに、俺がいた世界があるんだろうか。

 いや、もっと遠くなのか、あるいは全くの別空間なんだろうか。


「わたし、今日まで、こんなに夜空がきれいだなんて感じたことなかったわ」


 タルテが横で感慨深げに呟く。

 俺が夜空を見つめていた理由を別に捉えてるみたいだ。

 ま、いいか。確かにきれいなのは事実だから。


「そうだな。もうちょっとここにいるか」


 おっと勘違いすんなよ、目を腫らしたタルテを連れて戻って、アニンの奴にゴチャゴチャ言われんのが嫌なだけだからな。


「……うん、ありがと、ユーリ」


 で、頃合いを見計らって戻ったはいいけど、結局アニンには帰りが遅かったのをいじられて無駄に終わった。






 翌日は雲の多い天気だったが、退屈することはなかった。


「あ、見えてきたよ!」


 ジェリーの言う通り、水平線の先に陸地が見えてきたからだ。


「山が多いのね」

「ツァイの南東部は主に山間部で占められているからな」

「そういや、アニンはどの辺の出身なんだっけ」

「帝都のペンバンだ。大陸の西部だから、これから向かう場所より大分離れているぞ」

「確か面積と人口が世界最大なんだよな」


 そのうち行ってみたい場所の一つである。

 もちろん、観光だけが理由じゃない。

 発展してるってことは、その分貧富の差も大きくなりがちってことだからな。


「これから行くところは、なんていう町なの?」


 そう聞いてくるジェリーの様子に、帰宅の予定が遅れたことによる残念さや苛立ちは見えてこない。

 つくづく、手のかからない子である。


「何だっけか、ミャンマーだっけ」

「ミャンバーだ、ユーリ殿」

「そうだった。失礼」


 で、そのミャンバーという港町は、遠目から見ても小さいってのがよく分かった。

 ファミレとは比べるべくもない。

 それに、港町の割に船がほとんど行き交ってない。

 もっともそのおかげで、比較的簡単に停泊することができたみたいだが。

 なお現地人との交渉などは全部船長さんたちに任せてるから、細かいことは俺には分からない。


 ただ、水を補充する可能性が薄いことは予測できる。

 海水や泥水など、飲めない水を飲めるようにできる魔石や魔法ががあるからだ。

 ゆえにこっちの世界では、水不足の心配が意外と少ない。


 その魔法、俺も真っ先に習得したかったんだが、残念なことに魔法の才能はからっきしだったため、無理だった。

 まあ俺だけの能力、"餓狼の力"を持ってる身としては贅沢すぎる悩みなんだろうが。


「こんなに早く陸に戻るとは思わなかったな」

「やっぱり土の上に立ってると、安心感があるわね」


 分かる。

 そこまで長期間離れてた訳でもないのに、船から降りて地面に足をつけた瞬間、物凄くほっとした。

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