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79話『新たなる悪魔、世界に語りかける』 その1

 親父や弟妹を弔った後、俺達はやや後ろ髪を引かれる思いを残しながらも、ロロスを発った。

 行き先は――フラセース聖国の聖都、エル・ロション。


 それは予想できていたので、別段驚きはなかった。

 王様が自国へ連れて行こうとするのはごく自然なことだからな。


 驚いたのは、移動方法だ。


「――すっげえええ!」


 眼下の景色が、青空にかかる白や灰が、次々と流れて通り過ぎていく。

 雨を切り裂いたかと思うと、雨雲のかかっていない領域へとあっという間に到達し、ワホン中央部の大平原やファミレをすぐに通り過ぎ、今はもう大洋の真っ只中だ。

 この世界を初めて遥か上空から見下ろしたという感激に浸っている暇さえない。


 さっきからタルテは一言も発さず、ただただ目を細めて前後左右上下を不規則に見ていた。

 高所恐怖症だからじゃなく、感動のあまり言葉を失ってるんだろう。

 微かに開いた唇が、それを示していた。


「ゆっくり遊覧飛行したいのは山々なのですが、今は急を要するゆえ、お許しを」


 すぐ傍で、トスト様の声が聞こえる。

 そう、俺とタルテは今、聖竜王・トストの背に乗って、聖都へと向かっていた。


 いくら鈍い俺でも、聖竜王に乗っかることがどれだけとんでもない行為かぐらいは分かる。

 だから最初は反射的に「とんでもないです」と辞退してしまったんだが、


「馬に跨る感じで気楽に乗っちゃって下さいよ」


 なんて返答されてしまった。

 つくづく気さくすぎる国家元首である。


 更に驚きだったのは、トスト様はお供を一切連れてきていなかったことだ。

 兵力を少しでも悪魔の軍勢からの防衛に向けたいかららしいが、こともあろうに一国の頂点に立つ竜が、使者を出すでもなく、単身フラセースからワホンの片田舎まで移動してくるなんてな。


 それにしても、凄まじい速さだ。

 ロロスから聖都って、とんでもねえ距離があるけど、この分なら今日中には着いちまうんじゃないだろうか。


 これだけの速度を出しているにも関わらず、トスト様はおろか、俺達にも一切風の影響が及んでいない。

 どうやら特殊な力場を周囲に展開して、風圧などから身を守っているようだ。

 それと、飛行方法も見るからに特殊で、翼を広げてはいるが羽ばたかせてはおらず、何らかの見えざる力を放出しながら飛んでいるようだ。


「"静の眼"を使っていないのに、風の影響を一切受けないなんて……」


 タルテが口にした"静の眼"とは、魔法によるものを含めて、術者や周囲への風の影響を無効化して静穏状態にする風系統魔法だ。

 防御の他にも、例えば風竜に乗って飛行する騎士が用いるらしい。


 それにしても……こっちの世界って、こんなにも美しかったんだな。

 もう通り過ぎてしまったワホンの野山の緑、今見える、果てしなく広がっている青い海、天空の澄んだ水色と太陽の白光……

 空から見るのは当然初めてだが、雄大すぎる大自然を見ていると、止めどなく感動が込み上げてくる。

 タルテじゃなくても、言葉を失くしてしまいそうになる。


「――そろそろ景色をある程度堪能しきった頃ですよね。お話をしてもよろしいでしょうか」


 当たり前だけど、あっちの世界とは全く地形が違うな、なんて思っていた時、トスト様が話しかけてきた。

 詳しいことを道中で話すと言っていたから、そのことだろうか。


「ロロスの人々の手前、先刻は黙っていたことです」

「黙っていたこと?」

「残念なことに、現在世界に差し迫っている危機は、悪魔の軍勢だけではないのです」


 トスト様が告げた事実は、更なる絶望だった。


「大悪魔・ミーボルートの存在は、もうご存知ですね。かつて種族の垣根を越えて力を合わせ、更に盟友・エピアが命を賭してテルプの聖水湖の奥深くに封じ込めたはずなのですが……封印の軛が、解かれようとしているのです」

「なっ……!」

「実は封印されてから今に至るまで、極秘で絶え間なく観測を継続していたのですが、計測結果に異常が現れたのです。時期の一致から、悪魔の侵攻と関連しているのはほぼ間違いありません」

「そんな……大丈夫なのですか」

「洋の民と連携し、封縛を強化することで対処はしていますが……確実とは言えません。復活の前に抹殺することもできない以上、現状ではそれしか打つ手がないのです」


 ミーボルートって、たった1体でフラセース中を荒し回ったくらいとんでもない奴じゃなかったっけ。

 悪魔に加えて大悪魔まで暴れ回った日にゃ、もう手がつけられねえだろ。


「……そしてもう1つ」


 おいおい、まだあんのかよ。


「ミーボルートの襲来よりも更に太古、世界の全生物を死に至らしめようとした、"餓死に至る病"が、ツァイ南東部や北海列島などから徐々に世界中へ広がりつつあります」

「わたし、本で読んだことがあります。種族も動物も魔物も関係なく、免疫力も関係なく、何もしていないのに何故か空腹に至るまでの時間が加速的に短縮されていって、やがて飢餓状態になって……死に至る、原因も正体も不明の現象、と」

「空腹を加速させることのみが症状ですから、飲食物を摂取すれば凌ぐことはできます。……ですが」


 全生物がそんな風に飲食物を大量摂取すりゃ、食糧不足になるのは火を見るよりも明らかだ。


「この病に関しては、全くと言っていいほど解明が進んでいないのが実情です。過去1度しか大流行した例がなく、感染経路も全くの不明。当時はただ終息を待つのみだったそうです」

「……つまり今、世界は非常にまずい状況だと」

「ええ、まずいですね」


 砕けた調子で答えたトスト様の気持ちはよく分かる。

 そんな風にでも言わないとやってられない状況だぜこれは。

 既にタルテは景色の感動も忘れ、顔面蒼白になっていた。


「大丈夫だ。何とかするために俺達がこうやって呼ばれたんだ」

「ユーリ……」


 肩を抱くと、体重を預けられる感覚が返ってくる。

 何が大丈夫なのか、特別な根拠なんてなかったが、それでも彼女の不安を和らげてやりたかった。


「それに、考えようによっちゃまたとない好機だぜ。これで世界を救うのに大貢献できたら、そりゃもう俺達、超スーパーヒーローだ。末代まで語り継がれるだろうな」

「頼もしいですな。仰る通り、私が助力を依頼したのは、あなた方の力や信念に可能性を感じたゆえです。期待しておりますよ……おっと」


 不意に、トスト様が急停止した。

 慣性で吹っ飛ばされずに済んだのもまた、特殊な力場のおかげだろう。


「どうかなさいましたか」

「招かれざるお客様のご登場です」


 紅玉色の眼を細め、見据えた先――空の彼方に、幾つもの黒点が見えた。

 どんどん大きくなって、点から特徴的な輪郭へと変化していく。

 速い! 魔物か!?


 ……違う、あれは……悪魔だ!

 見たことのない奴らだが、特徴的な金属製の体ですぐ分かった。

 いずれも蝿を基にした機械的な形状をしているが、色や細部が異なっている。


 耳障りな羽音、というか駆動音を2枚の透明な翅から放ちながら、蝿共はこちらを包囲しようと旋回を始めた。

 まずいな、少なく見積もっても20匹近くはいるぞ。

 しかも空中戦……不利だな。


「ご安心下さい。この程度の相手ならば逃げるまでもありません」


 どのような戦略を取るべきかトスト様に伺おうとしたら、事も無げに言われた。


「時間が惜しい。私が散らしましょう」


 言うが早く、トスト様の頭部の角に光の帯や粒子が生まれ始めた。

 一体何を……と答えを出す間もなく白銀の電光が奔り――こちらを包囲しようとしてきた悪魔共を一匹残らず正確に打ち据えた。

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