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78話『ユーリ、母親と再会する』 その3

「御免下さい」


 そう判断を下そうとした時、全く予想だにしない人物が、町人の群れの中からひょこんと抜け出て現れた。

 場にそぐわない、緊張感を全く感じさせない声の主は――


「あ……あんた、確か……」

「お久しぶりですね」


 かつて一度だけ会ったことのある、


「リージャンのおっさん!?」


 ラフィネの競竜場で俺に大損こかせたおっさんだった。


「大変なことになっていますねえ」

「あんた、何でこんな所に……!?」


 相変わらずの白シャツに蝶ネクタイ、黒縁眼鏡姿もまるで状況に不釣り合いだが、遠いフラセースにいるはずのおっさんが、どうして図ったかのように俺の故郷にいるんだ。


「なんだこのおっさん」

「誰だ?」

「ユーリの知り合いなのか?」


 俺やタルテだけでなく、町の人間も当惑していた。

 つまりそれは、誰も全く意図していない来訪者ということを意味していた。


「理由は他でもありません」


 ふと、おっさんから笑みが消える。

 ラフィネでは見せたことのない、というより初めて見る、おっさんの真剣な表情だった。


「ユーリ=ウォーニー殿。あなたの力をお借りしたく、ここへ参りました」


 そして、深々と頭を下げられる。


「借りたいも何も、今それどころじゃねえんだよ!」


 らしくもない振る舞いを突っ込んでる余裕もないくらい切羽詰まってんだこっちは。

 だが、おっさんはまるで動じた様子もなく、


「ええ、存じております。ご家族を殺害された罪の濡れ衣を着せられていて、混乱していると共にお困りなのでしょう?」


 状況をズバリ言い当ててきた。


「まずは町の方々の誤解を解いて差し上げましょう。ああ、これはかつて作った"借り"の返済には含まれませんので、ご安心下さい」

「解くっつったって、一体……」


 おっさんは答えず、町の人達の方へと向き直った。

 俺と母親の事情も知らないはずなのに、どうやって納得させるつもりなんだ。


「皆様、少しお離れ下さい」


 離れることと説得と、何の関係があるんだよ。

 突っ込む暇もなく、おっさんの全身から光が放たれ、姿が見えなくなった。


「!?」


 まさか目くらましで俺達を逃がしてくれるのか、という安直な発想は、即座に消し飛ばされた。

 何故なら、光には、俺でも感じ取れるくらい神々しい波動が含まれていた。


 威圧感はないが、強い畏敬の念を想起せずにはいられない力強さと清新さ。

 一個人が、これほどの空気を出せるものなのか?

 いや……人じゃない?


 光の中にあった人の形がどんどん膨れ上がり、輪郭が変わっていく。

 あれは……竜?


 放たれる気配と、竜の形。

 この2つの要素からおおよその答えが導き出された頃には、光が徐々に収まっていた。


「ああ……」


 そばにいたタルテが、驚嘆の声を漏らす。

 ぬかるんだ土の上だってのに、今にも跪きそうなほどに体を小刻みに震わせ、崇敬の念に満ちた眼差しで見上げている。


 気持ちは分からなくもない。

 俺だって何故だかそうしたくなりそうになっていた。

 まるで遺伝子の領域で、無条件に敬服するよう書き込まれているんじゃないかと邪推したくなるほどに。


 完全に光が収まり、現れたのは――人よりも遥かに大きな体躯と、輝く金銀の鱗を持つ竜。

 当たり前だが、実物は彫像や絵画とは比べ物にならないくらい美しく、圧倒的だった。

 翼や尾を畳んだ佇まいにさえ、品格を感じさせる。

 打ち付ける雨は鱗の美しさを損なわせるどころか、逆に輝きを増す研磨剤にさえなっていた。


 極めて純度の高い紅玉をはめ込んだような眼は、慈しみに満ちていた。

 また、頭部からは鱗と同じ金銀色の角が幾つも生えていたが、受ける印象は暴力性ではなく気高さに類するものだった。


「聖竜王……トスト様!?」


 畏れを含んだタルテの声が、改めて回答を指し示した。

 格の高い竜は、その姿を変えられると聞いたことがあるが……


「聖竜王って、フラセースの王様の?」

「嘘だろ……何でこんな片田舎に!」

「しかもユーリと知り合いだったみたいだぞ!」

「偽物じゃねえのか」

「いや本物だろ、本で絵を見たことあるぞ。あれに描かれていた姿と完全に同じだ。それに雰囲気が明らかに違うぞ」

「じゃ、じゃあ本当に……」

「馬鹿野郎、失礼だろが! 早く頭を下げねえと……!」

「いや、跪くべきだ!」


 聖竜王の威光は、町の人達にも確実に伝わっているようだった。


「ああ皆様、どうかそう畏まらず。跪かなくとも結構ですよ。お体が泥で汚れてしまいますからね」


 リージャンのおっさん、もとい聖竜王の第一声は、人々を慰撫する言葉だった。

 声こそ威厳に満ちていたが、口調は人間、リージャンだった時と変わっていない親しみやすさを保っていた。


「ロロスの皆様、どうかお耳をお貸し下さい。ここに在るユーリ=ウォーニー及びタルテ=ベイクィーツは、家族を手に掛けておりません。フラセース聖国を預かる聖竜王・トストの名に誓って保証致します。ですのでどうか、お2人に対するこれ以上の不信はお捨て下さい」


 本物の聖竜王に言われてしまえば、もう町の人達もそれ以上疑えず納得するしかなかった。

 権力を使って強制的に納得させてしまう手口を、上手いなと思うのと同時に、意外と俗っぽいんだなという印象も不謹慎ながら抱いてしまった。

 にしても、他国の一民間人のために、聖竜王様が軽々しく名前を出して誓っていいものなんだろうか。

 ともあれ、思わぬ形で助けが入って誤解が解けたのには凄く安心したし、感謝だ。

 

「トスト様……何とお礼を申し上げればいいか」

「いえいえ、私の用件のためでもありますから、お気になさらず」


 タルテが恭しく礼をするのを、聖竜王は気さくな口調で制した。


「ユーリさんも畏まる必要はありませんよ。私とあなたの仲じゃないですか」

「そ、そうですか」


 後半の言葉に反応して、周囲からどよめきが起こるのが恥ずかしかった。

 そういえば俺、ラフィネにいた時、間諜に浣腸してやるなんて言っちまってたっけ。

 ……このまま黙って有耶無耶のままにしておこう。


「すみませんね、あの時私の正体をお教えせずにいて」

「いえ、それよりも俺……私からもお礼を」

「ですから、もっと砕けた感じで行きましょうよ。私に浣腸しようとした気概はどうされたんですか?」


 再び起こるどよめきと、慌てふためくタルテ。

 ……覚えてたのかよ。


「……せめて敬語だけは使わせてもらえませんか」

「いいでしょう」


 にやりと、俗っぽい聖竜が笑う。


「本当に礼は不要ですよ。むしろ私は責められるべきです。あなたのご家族が手に掛けられるのを阻止することも、"母君"の身柄を捕えることもできませんでした。申し訳ありません」

「とんでもないです。誤解を解いて下さっただけでも……」


 これは本心だ。

 別に家族の死はトスト様の責任じゃない。


「ところで、俺達に力を貸して欲しいというのは?」


 事態がひとまず落ち着いた所で、要件を尋ねてみることにした。


「ロロスにはまだ被害が出ていないようなので、まだ対岸の火事にしか感じられないかもしれませんが」


 そう前置きするトスト様の声が、腹に響くくらい、一段と低くなった。


「ロロスには? 被害?」

「今からお話することは、決して明るい内容ではありません。ですが、どうか冷静にお聞き下さい。……つい先日のことです。何の前触れもなく、突如空から、夥しい数の悪魔が世界各地に降り注いできたのです」

「悪魔……!? まさか……」

「御二方もご存知の通りです。タゴールの森にも現れた、血肉の通わぬ冷たき鉄の生命体……それらが軍勢となって、タリアンやツァイ、そしてフラセースにも攻撃を仕掛けてきました」


 確かに衝撃的で、明るくもない話だった。

 あの、一匹倒すのにもやたらと苦労した悪魔が、世界中にこの雨みたく降ってきたなんて。


「全ての悪魔が、あなた方がかつて相対した"帰らずの悪魔"ほど強大な訳ではありませんが、それでも各地の戦況は芳しくありません。ミネラータや四大聖地のテルプ、ワホンには未だ降下・襲撃の報は入っていないようですが……水の底にある二者はともかく、こちらの方は時間の問題でしょう」


 それを聞いた途端、ロロスの人達に動揺が走った。

 この中に実際に悪魔を見た人間はいないだろうし、存在を知っている人間もいたとしてもわずかだろうが、とんでもないことが起ころうとしているってのは伝わったんだろう。

 しかしこんな重大な話、こんな形で民間に伝えてしまって良かったんだろうか。


「ロロスの皆様、直に国より正式な布令があり、派兵もされるでしょう。どうか冷静さを失わず、一丸となって、この危難に立ち向かって下さい。

大丈夫です。世界が力を合わせれば、必ず乗り越えられます」


 などと考えていたら、トスト様がそう付け加えて、動揺はすぐに鎮まった。

 正確には、言葉そのものというより雰囲気、聖竜王特有の波動の方に説得力があるのが理由だろう。


「それと、ユーリさんのご家族を殺害したのも、悪魔の可能性があります。人に化ける種類の悪魔も確認されております。それにユーリさんは以前、聖都近くの森にて強大な悪魔を討ったことがありますからね」


 なるほど、そういう風に擁護してくれたか。

 聖竜が嘘をつくことの是非より、素直に納得して感謝してしまう。


 などと考えていると、トスト様がこちらの顔を覗き込むように頭を向けてきた。


「ご家族を喪う辛さ、下手人たる悪魔を追跡したいというお気持ちは理解しております。血を分けた存在を大切にする思いは人も竜も同じですから。

 それを承知で、重ねてお願い申し上げます。今は世界の為、こちらの方へ先に力をお貸し下さい、ユーリ=ウォーニー殿」

「分かりました。自分にできることがあるなら、喜んで」


 即答した後、そばで心配そうな顔を向けているタルテに"大丈夫だ"と片目をつぶって合図を送る。

 別に無理してる訳じゃない。

 ただ、優先順位を見失うほど俺も馬鹿じゃないってだけだ。

 個人的感情よりも世界の方が大事だからな。

 世界そのものが壊滅したり滅んだりしてしまえば、全部台無しになっちまう。


 それにあの人の手がかりがない以上、探しようもない。

 去り際の口ぶりからして、もうこの町を離れちまってるだろう。


「御英断、深く感謝致します。あなた方には借りを作ってばかりですね。無論、以前作った借りのことも忘れておりませんよ。いずれ良い時にきちんとお返し致します」


 トスト様が首と頭を上下に動かし、礼をするような動きを取る。


「こちらからも1ついいですか。彼女も連れていきたいのですが」

「勿論、結構ですよ」


 頼むと、快諾された。

 心配しなくてもお前の気持ちは分かってるよ。

 ホッとした様子を見せたタルテの肩を叩いて、伝えてやる。

 俺だってお前とは離れたくないんだからさ。


「では準備が整い次第、参りましょう。詳しいことは道中お話致します。私は町の入り口でお待ちしておりますので、ご家族とのお別れを済ませたら、お越し下さい」

「分かりました」

「ユーリ!」


 話に区切りがつくのをずっと待っていたんだろう、さっきから視界の端で申し訳なさそうな顔をしていたアリドが俺の名前を叫んだ。


「すまねえ。本当にすまねえ。幼なじみを疑っちまってたなんて……」


 そして、いきなり土下座してきた。


「私も同罪よユーリちゃん。許して欲しいなんて言わないわ。……でも、ごめんなさい」


 更に近所のおばちゃんを筆頭に、他の町の人達もわらわらと謝罪を連ね始めた。


「やめろアリド、幼なじみに土下座なんかされるとケツがむずむずする体質なんだ俺は。皆さんも謝らないで下さい。俺、気にしてませんから」


 恨んではいないのは本当だ。

 なんせ事情を知らないんだから、信じてもらえなくても無理はない。


「俺、また行かなきゃいけませんが、俺がいない間、この町のこと、よろしくお願いします。それと、店のことも……」


 でも、全く傷付いていない訳じゃないし、家族を突然に亡くしても動揺していない、泣きたくなんかならないと言えば嘘になる。

 "前"の母親が現れたことにも戸惑っているし、数々の言葉や行動にも心をかき乱されている。


 だけど、今はそんな感情に浸ってる場合じゃない。

 世界中がやばいことになってるんだ。

 俺にできることがあるって言うなら、私情を押し殺してでもやらねえと。


 救えるなら、救わねえとな。

 だって俺は、ヒーローなんだから。

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