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77話『ユーリ、故郷に戻り、家族と再会する』 その5

「どうしたんだいこの子は。変な顔してじっと見つめてきちゃって」


 改めてじっくり見てみると……母ちゃん、白髪が少し増えたなあ。しわもできてるし。

 まだまだ元気だし、病気にかかるって歳でもないけど、やっぱり歳は取るもんなんだよな。


「いや、何でも……ないことはないな」


 忙しかったりしてて、すっかり聞きたいことを聞くのを失念してたのを思い出した。


「皆に聞きたいんだけど、俺がいない間、変な奴が訪ねてきたりしなかったか?」


 質問してみたが、家族は一様に「来ていない」と答えたのを耳にして、ホッとする。

 どうやらフォンダーン家の手先や空白の皿の連中は手出ししてこなかったらしい。


「それよりも、改めてありがとうねタルテちゃん、たくさん手伝ってもらって。おかげで大助かりだったわ」

「いえ、お役に立てたならよかったです。……あ、お義父様、わたしがお酒お注ぎします」

「いいのいいの、自分でやらせとけば。タルテちゃんはもっとくつろいでて。遠慮なくおかわりもしてね」


 母ちゃんとタルテはすっかり仲を深めていた。

 この様子なら、将来的にも嫁姑問題はきっと大丈夫だろう。

 ……後天的に関係が変化しなけりゃの話だが。

 当初は大丈夫でも後になって、という事例はざらにあるらしいからな。


「旅の間、タルテにはマジで色々と助けられたよ」

「ふん、お前の方は相変わらず使えなかったな」

「俺は別に接客の腕を上げるために家を出たんじゃねえんだよ」

「ねえねえ兄ちゃん!」


 いきなり話に割って入ってきたのはオリングだった。


「あのね、ボク、違った、俺も最近、剣の修行をしてるんだよ……だぜ! 兄ちゃんみたく強くなるんだ!」

「おお、そうかそうか。気合い入ってんじゃねえか」


 一応それなりに色々なものを見てきた兄貴としては、手放しに応援していいものか迷うが。


「今ね、剣を買いたいから、店の手伝いしてお金貯めてるんだ。早く箒じゃなくて剣を触りたい、触りてえなあ」


 この調子なら、まあまだ大丈夫か。


「ねえ兄ちゃん、後で大包丁、ちょっと触らせてよ」

「お前にゃまだ早えよ。それより包丁での野菜や果物の皮むきをもっと丁寧にできるようになっとけ。あんなんじゃお客様には出せねえぞ」


 答えたのは俺じゃなく親父だ。


「ぶー、父ちゃんのケチ」


 口を尖らせる弟を見て、俺はまた別のことを思い出した。


「そうだ親父。ラフィネの工房に行ったんだけどさ、親父からもらった大包丁、あそこで作ったやつなんだな」

「特注で作ってもらったんだ。てことはお前、あいつにも会ったのか」

「知ってた訳じゃないから、偶然にだけどな。クラルトさんが親父によろしく言っといてくれってさ」


 伝えると、親父は「そうか」とだけ言葉短かに、再び酒を飲み始めた。

 昔のことでも思い出してるんだろうか。

 そういや俺達、親父の過去をよく知らないんだよな。

 話したくないのか、聞いても教えてくれねえし。


「ラフィネって、お前、あんな遠くまで行ったのかい?」


 代わりに母ちゃんが会話を引き継いできた。


「野暮用でな。結構色んな場所へ行ったんだ。話すよ」


 時間はあったので、家族にこれまでの経緯をかなり丁寧に話して聞かせることにした。

 もちろん、隠すべき所は隠しつつ。

 ツァイの皇帝を暗殺しかけたこととか、大監獄に放り込まれたこと、それとタルテの家の事情も言わない方がいいと判断したので、秘匿した。


「……ふん、家出る前に『絶対大勢の人を餓えから助けてやる!』だなんて大口叩いただけあって、それなりの成果は挙げて帰ってきたみてえだな」


 一通り話し終えると、親父が唇の端を凝視しないと分からないくらいわずかに持ち上げ、声を低めて呟いてきた。

 褒められたくてやってるんじゃねえ、と言い返したかったのに、言えなかった。


 認めたくねえけど、やっぱり俺の中で親父の存在はデカくて……

 心のどこかでは、一人前として認めて欲しいって気持ちがあったんだろうな。


「彼は本当に、世界中で多くの人たちを救ってきたんですよ。わたしもその救われた1人です」


 更に、タルテが援護してくれた。

 ……でも、どこか手放しに受け入れられない自分もいた。


「少しはマシな男になったようだな。だが、勘違いするなよ。お前はまだまだ未熟なガキだ。目的を達成した、一人前になって完成したって胸張って調子乗るにゃ程遠いんだよ」


 そうだ。その通りだ。

 常に成功してきた訳じゃない。

 救えなかった人達だっていっぱいいた。


「だからこそ、失敗するのなんざ当たり前なんだ。辛い目に遭ったのを忘れねえで糧にすんのは大事だし、反省はすべきだが、いつまでもウジウジ引きずってんじゃねえぞ。

 例え取り返しのつかない失敗をしてもだ。生きてる限りは、とにかくやり続けなきゃいけねえんだよ」

「ああ、肝に銘じとくよ」

「……分かってりゃいい」


 例え分かっていることだとしても、誰かから、しかも言われたかった相手から言われるだけでも全然違うよな。

 心が軽くなったというか、熱い燃料を注ぎ込まれた気分だ。


「ん?」


 そんな親父のありがた~いお説教をどこまで聞いていたのかは不明だが、オリングが何故か爛々とした瞳をこちらに向けていた。


「すっげえ! 兄ちゃんすっげえ! 悪魔を倒したとかすっげえ!」


 気遣った激励……じゃなくて単純に感嘆してるんだろうな。

 微笑ましいとは思うが、流石にこんな話の後では、武勇伝のようには冗談っぽくでも語れない。 


「まあ、俺だけの力じゃねえよ。ここにいる姉ちゃんや、他の仲間と協力して倒したんだ」

「そうなの? ……失礼ですが、そんな強そうには見えないんですが」


 ここに至るまでずっと口数が少ないままのアザミが、タルテの存在を出した途端、ぽつりと呟く。


「この子ったらもう! ごめんねえ、今この子、思春期真っ只中なのよ。おまけに急にお兄ちゃんが女の人を連れて帰ってきたものだから……」

「わああああ! 違う違う違う! そんなんじゃない! 関係ない! 全然関係ない! もう寝る! ごちそうさま! お休みなさい!」


 いきなり声を上擦らせてまくし立てたかと思うと、アザミは残ったメシをかき込んでさっさと引っ込んでいってしまった。


「姉ちゃん、昨日までよりももっとひどくなってる……」

「その、ごめんなさい」

「いいのいいの、あの子が勝手に不安定になってるだけだから。でも根は悪い子じゃないのよ。それだけは分かってあげてね」

「はい。……あの、お義父様」


 と、タルテが遠慮がちに、黙って酒を傾けている親父に話しかけた。


「お時間がある時で構いませんので、ぜひ料理を教えて頂けないでしょうか」

「倅の話だと、あんたも随分な腕前らしいじゃねえか。今更俺が教えることなんかあるのか」

「あります。今食べさせていただいている食事からも実感しました。だからもっと腕を磨いて、その……彼だけじゃなく、ご家族の皆様や……お客様を喜ばせたいんです」

「……まあ、いいだろう。教えられることがあれば教えてやる」


 親父の反応は、実に意外なものだった。


「あ、ありがとうございます! よろしくお願いします!」

「う、うむ」


 ていうか……


「何だよ親父、若い子にお願いされて、柄にもなく照れてんのか?」

「う、うるせえ!」

「アザミに対しても前々からこんな感じなんだよ。何だかんだ仕事以外では甘くて、この前なんか」

「お前も余計なことを言うんじゃねえ!」


 紅潮した頬をごまかすためか、酒をぐいっと呷る親父。

 変に素直じゃない所は変わってねえのな。

 あーあー、茹でタコみたいになっちまって。


「ユーリ、お前、ほんといい子と出会えたねえ。お前には勿体無いくらいだよ」

「だよな」


 素直に思ったことを答えると、今度はタルテまでもが真っ赤に茹で上がった。

 いつもだったら俺の肩辺りをバシバシ叩いてきているはずだが、そうしないのはまだこの環境に多少の遠慮があるんだろう。

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