77話『ユーリ、故郷に戻り、家族と再会する』 その4
「――はい、次は5卓にこれ!」
「はいよ! ……お待ちどうさん!」
「すいませーん、注文したいんですけど」
「はいはい、今行きます!」
「おーい、頼んだ料理がまだ来てねえんだけど」
「はーいはい、ちょっとお待ち下さい!」
……しんどい。目が回る。
相変わらず繁盛してやがって、店開けた直後に客がゾロゾロやってきてすぐ席が埋まった上、全然途絶えねえじゃねえか。
そういやうちってちょっとは名の知られた店らしく、近辺の町からもわざわざ食べるためにに足を運ぶ客もいるんだよな。
ファミレでもうちの存在を知ってる人間がいたっけ。
家を出る前も嫌になるくらい仕事を手伝わされてたが、こんなに大変だったっけ。
おかしいぞ。
こんな仕事なんて目じゃないくらい数々修羅場や地獄を切り抜けてきたこの俺様が……
「いらっしゃいませー!」
一組の客が帰ったと思ったら、また入れ替わりで新しい客がやってきた。
一体いつ途切れるんだよ。
「どーもーアザミちゃん。お、やってんなユーリ」
「アリドかよ。今クソ忙しいんだ、お前に構ってる暇はねえ」
「そうやってこき使われてると、本当に旅に出て成長したのか疑わしくなるな」
「うるせえよ、俺だってなあ……」
「兄さん! お客様にそういう言葉遣いしない! ごめんなさいアリドさん、こちらの空いているお席へどうぞ」
再会時の反応の薄さはどこへやら、妹は快活に愛想よく、疲れなど一切見せず客をさばいていた。
ますますもって年頃の女の子の難しさを思い知る。
オリングの方も店内や厨房を縦横無尽の勢いで動き回っていて、親父と母ちゃんは厨房でひたすら料理を作り続けている。
今日は完全に家族だけで店を回さなきゃいけないから、余計にきつい。
「お待たせしました。こちら45式ぶどう酒と、鶏の香草焼きです」
「おう、ありがとな新しい姉ちゃん」
「すいません、お会計お願いします」
「はい、ただいま伺います!」
タルテの方はというと、実にテキパキと仕事をこなしていた。
母親には有能なんて適当に言っちゃったが、あいつ、本当に接客も得意だったんだな。
客層もファミレの大食堂とは全然違って概ねお上品だから、そういった意味では働きやすくはあるだろう。
客が何を話しているのか、つい耳をそばだててしまうが、とりとめのない世間話が大体だった。
もうこういう部分からして違う。平和的でいいことだと思う。
「おうユーリ、お前いい子見つけたじゃねえか。けっこう可愛いし働き者でさ、最高じゃねえか」
「お食事が済みましたらとっとと席をお空け下さいやがりませ、クソお客様」
けっこうじゃなくて、凄い可愛いだろ。
「ん、じゃあ焼き鳥とビール追加で」
「……かしこまりやがりました」
「兄さん! 忙しいんだから真面目に仕事してよね!」
「ひひ、頑張れよ」
この野郎、後で覚えとけよ。
とはいえ、こいつに限らずかつての顔見知りは俺とタルテの関係を知るなり、すぐに茶化してきやがる。
けどな、残念だけどもうファミレで同じことされて慣れてるんだよ。いちいち動じるか。
つーか……従業員の中で俺が一番役に立ててねえことの方が気になる。
しょうがねえだろ、こういうのは苦手なんだ。
餓狼の力は役に立てられねえし、仮にブラックゲートで移動を横着しようとすれば親に大目玉を食らいそうだし。
ああ、それにしても腹が減ってしょうがない。
日中、アリドやおばちゃんにもらった食べ物は、酷使に伴う運動でとっくの昔に消化されてしまった。
延々と運ばされる料理をつまみ食いしてやろうかと何度も思いかけたが、後で親父に殺されるのでグッと堪えておいた。
子どもの頃やったことがあるけど、何故か直接見られてないにも関わらずバレるんだよな。
とまあ、食欲に訴えかけてくる強烈な誘惑に何とか耐えているうちに、ようやく全ての客が捌けてくれた。
うちは個人営業だから、夜遅くまで営業しているファミレの大食堂よりも大分早く店を閉めちまうんだよな。
それがどれほどありがたいか、今日ほど思い知ったことはない。
腹が減って死にそうだ。
ともあれ、今日は無事業務を……
ああそうだ、片付けや掃除や精算作業もしねえといけないんだった。
これだけの仕事量を毎日こなしてたなんて、大変だったんだな、みんな。
「さあさ、遅くなったけど、食べようかね」
来た。
やっとこの時が来た。
子どもの頃はこの、仕事が終わってみんなでメシが食える瞬間ってのが一番の楽しみだった。
成長した今思うと、こうやって洗脳というか、条件付けして、バリバリ働かせるよう操縦しようとしていたのかも知れないが。
まあいいや。
親の作ったメシを、家族全員で揃って食べられる。
こんな幸せはない。
オリングやアザミが小さかった頃は流石に夜更かしさせられないから、2人だけ先に食べさせてから寝かせてたんだよな。
「タルテちゃんも遠慮しないでたくさん食べてね。疲れたでしょう? いっぱい働いてくれたから助かったよ」
「はい、ありがとうございます」
「タルテ姉ちゃん、すっごいね! 一回で全部仕事内容も覚えちゃうし!」
「オリングくんやアザミちゃんが教えてくれたからよ」
「……まあ、初めてにしては頑張ったと思いますよ」
仕事が終わった、というか正確には客がいなくなった瞬間、アザミの対応はまた素っ気ないものに戻っていた。
分からん。
「はいはい、いい加減食べましょうかね。料理が冷めちまうよ」
アザミに何か言おうとしかけた時、母ちゃんがパンと手を叩いて話を打ち切った。
「今日も1日、お疲れ様でした。いただきます!」
「いただきまーす!」
帰宅初日の献立は、野菜と肉を徹底的に煮込んだカレーライスと、多種類の野菜をこんもり持ったサラダ。
もちろんポテトサラダ付きだ。
匙をルウと米の境界線に差し込み、大量に盛って、大きく開けた口に放り込む!
「…………」
言葉が出てこなかった。
あまりに美味すぎて、温かくて、懐かしくて。
咀嚼するたびに、香辛料の効いた刺激的な幸福感が込み上げてくる。
事前に強く覚悟していなかったら、泣いていたかもしれない。
「美味えだろ」
これまでずっと無言を貫き、仕事中もまともに会話をしなかった、向かいの席に座っていた親父が、唐突に口を開いた。
「余計なもん振り払うにゃ、無心でひたすら働くのが一番だ」
「親父……」
もしかして、親父も薄々分かってるのかよ。
「……かと言って、疲れてる息子をこき使うのはどうかと思うけどな」
「そんな減らず口を叩いてる間はどってことねえんだよ、バカ息子」
「髪の毛減ってる人間に減らず口なんて言われたかねえよ。最後に会った時より髪の総量が減ってるんじゃね?」
隣でタルテがハラハラした表情をしているのが目に映ったので、無言で小さく頷いておく。
こんなやり取りは日常茶飯事だから別に気にする必要はないんだよ。
ほら、親父も再び酒を飲んでメシを食い始めてるだろ。
「それにしてもひっさびさだな、うちのメシ食うのも」
「うちのご飯は美味しいだろ」
「ああ、やっぱ母ちゃんと親父のメシが一番だ」
自然と、本音が口をついていた。
お世辞でも何でもない。
色々な場所で色々な美味いものを飲み食いしてきたけど、やっぱり実家のメシが一番安心できて、一番美味かった。
多分、旅に出て離れてなければ、実感できなかったと思う。
昔の俺は毎日……こんな凄く美味いものを食わせてもらってたんだな。