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77話『ユーリ、故郷に戻り、家族と再会する』 その2

 その後も少し雑談をしていたが、客がやってきたので、仕事の邪魔になっちゃ悪いと思って外へ出ることにした。


「また後でな」

「待った。……お祝いにしちゃささやかすぎるけど、これ持ってけよ。どうせ今もまた腹減らしてんだろ」


 去り際にアリドが、リンゴを2個投げてきた。


「お、悪いな。確かに小腹空いてたんだわ」

「独り占めしねえで、ちゃんとその子にも分けてやれよ」

「分かってるっての」

「今度改めて、色々と旅の話、聞かせてくれよな」


 軽く手を上げて合図した後、俺達はアリドの店を出て、再び実家に向かって歩き出した……のも束の間。

 今度は別の顔見知り――


「あら~、ユーリちゃんじゃないの~! 帰って来たのね! お帰りなさい」


 実家の近所に住んでいる、よく肥えたおばちゃんと遭遇してしまった。

 してしまった、というのは……正直、ちょっと苦手だからだ。


「あ、近所のおばちゃん。お久しぶりっす。お元気そうで何よりっす。それに変わらずお綺麗ですね」

「あら、やっだ~! すっかりお世辞が上手になっちゃって!」

「いやいや、本心っすよ」

「ユーリちゃんこそ、すっかり引き締まったいい男になっちゃって! あら、その子は恋人? 可愛いじゃない! でも残念だわ~、こんなにかっこよくなったらうちの娘に粉かけさせとくんだったわ!」


 早速来た。

 おばちゃん特有の速射型世間話。


「そうそう、聞いてくれる? ユーリちゃんがいない間にね、色々なことがあったのよ! ロロスってファミレや他の国に比べたら、刺激に乏しい小さな町だって思うじゃない? でもね、この間、お向かいの……」


 にしても、食材をいっぱいに詰めた袋を抱えたままよく喋れるもんだ。


「――さんの台所に猫が忍び込んで、お魚をくわえて逃げていっちゃったのよ! でね、奥さんがすぐさま追いかけていったんだけど……なんと、裸足だったのよ! 陽気よねぇ~!」


 喋るどころか、相槌を打つ暇さえ与えてくれない。

 アニンの高速剣も真っ青だ。


 結局、しばらくの間逃げることもかなわず、おばちゃんの気が済むまで延々と言葉の矢の雨に射抜かれ続けることしかできなかった。


「……あらやだ! ついつい長話しすぎちゃったわ! ごめんなさいね~、早くお家に帰りたかったでしょうに、呼び止めちゃって」

「あ、いえいえ」


 俺もタルテもすっかり蜂の巣だが、そう答えるしかなかった。


「ユーリちゃん、あとお嬢ちゃんも、これ持ってきなさい。遠慮なんかしないの。ほら」

「ど、どうもです」


 言われるがまま差し出した手の重みが、パンやお菓子でどんどん増していく。


「あ~らいけない、買い出しがまだ済んでないんだったわ! ちょっと失礼するわね、ごめんなさいね~」

「は、はあ」


 ようやく解放された直後、思わずタルテと顔を見合わせてきょとんとしてしまった。

 だからこういうのは苦手なんだっての。別に嫌いじゃあないけど。


 ともあれ、帰る前にこの頂き物を少し消化しておきたい。

 軽くしておきたいのと空腹を埋めたいのと、2つの意味で。

 都合のいいことにすぐ近くは町の中央部、噴水広場だ。


「ちょっと休憩しようか」

「そうね」


 それに今はちょうど昼メシ時で実家も混雑してるだろうから、少し時間をずらした方がいい。

 下手をしたら両親に「出直してこい」と追い出されかねない。


 更にちょっとだけ歩き、噴水広場に設置された椅子に腰かけて休憩を取る。

 駆け回る子どもたちの賑やかな声や、世間話に興じる女の人の声、出ている屋台などを見て、この場所も全く変わっていないなと実感する。

 俺達は特に示し合わせることなく、中央にあるふにゃふにゃした水柱を上げている物体へと視線を向けた。


「きれいな噴水ね」

「そうかぁ? 聖都にあったやつの方が凄くね?」

「大きさや突き上げる勢いだけが全てじゃないと思うわ」


 ……果たしてタルテは天然で言ってるのか、意識してるのか。

 問い質すと叩かれそうだからやめておく。


 休んでいる間も顔見知りと出くわしたりして、ちょっとしたやり取りを行っていたが省略する。


「あなた、随分顔が広いのね」

「前の世界の記憶が戻った時にちょっと色々あったりしてさ。あとガキんちょの頃、多少な」

「要はいたずら小僧だったのね」

「ふっ……若気の至りさ」

「はいはい」






 で、しばらく頂き物をつまみながら休んで時間を潰した後、再び実家に向かって歩き出して……


「お、見えてきた。あれだあれ、俺の実家の店」


 閉店してたらどうしよう、なんてうっすら思わないでもなかったが、そんなことはなかった。

 町の隅っこの方に構えた、煉瓦造りの建物。

 人通りの多い中央通り沿いにでも移転すりゃいいのに、両親は頑なに動こうとせず、微妙な立地で経営し続けて。

 あとあの出入口の上にデーンと構えてるダサい看板もいい加減変えりゃいいのに、まだ残ってやがる。


「お前の美的感覚からすりゃ、"無し"だろ?」

「そんなことないわよ。いいじゃない」


 笑顔で返される。

 本当にお前はよくできた女性だと思うよ。


「ところでお前、緊張してんのか?」

「だって、粗相があったらいけないから」

「んなもん心配すんなって。まず俺自身、粗相が服着て歩いてるようなもんなんだ。ファミレで俺の家にいた時のようにくつろいでくれよ」


 そんなやり取りを交わしながら、出入口の前まで辿り着く。

 ここを出てから、どれくらい時間が経っただろうか。

 本当に久しぶりだ。

 家族はみんな元気にしてるかな。


 出入口の前には、晩からの営業に備えて準備中という旨を示す立て看板が置かれていたが、関係ない。

 もう何十回、何百回と潜ってきた、しかしずっとご無沙汰だった扉を――開ける。


「うーす、ただいまー。戻ったぜ」


 がらんとした店内では、少年が1人で掃除をしていた。


「……え?」


 俺の存在に気付くなり、あっけに取られた顔をして、


「……に、兄ちゃん?」

「でっかくなったなあ、オリング」


 みるみる驚きに変わっていき、


「うわあああ! 兄ちゃん! 兄ちゃんだ!」


 手にしていた箒を放棄して飛びついてきた。


「うお、重たくなったなお前。掃除やってたのか、感心だな」


 目線の高低差や体の重さに、確かな弟の成長を感じずにはいられない。

 声変わりはまだみたいだけど。


「親父達は? 厨房か?」

「うん、姉ちゃんは食材の買い出しに行ってて、もうすぐ戻ってくると思うけど。

 あっ、ボク、じゃなかった、俺呼んでくるね!」

「いいよいいよ、お前は掃除してろ。サボんなよ」

「バレちった。……あれ?」


 ここで弟が、ようやくタルテの存在に気付いたらしい。


「お客さん、連れてきたの?」


 ……色んな意味で微笑ましい弟である。


「後で説明してやるよ。奥に行ってくる」


 弟に会釈して微笑むタルテを促し、俺達は店の奥にある厨房へと進んでいく。


 それにしても、店の中も全然変わってねえな。

 使い込まれてるけど清潔さが保たれた木の卓とか、ドンと部屋の一角に構えている暖炉とか……

 あ、俺が昔こっそり店の中で剣の修行をした時につけちまった壁の傷も残ってる。

 あの時は親父にこってり絞られたっけ。


 タルテも、失礼にならないよう控え目に店の中を観察しているのが分かった。

 後で好きなだけ見せてやろう。


 店の奥にある厨房の方から、香辛料の効いた香りが漂ってくる。

 この匂いを嗅ぐと、"帰ってきた"感が一層強くなった。


「入るぞー。ただいま……」


 境界を跨いで、食堂から厨房へ足を踏み入れようとした時だった。

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