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12話『巨大イカは刺身にならない』  その2

「……うおおお!?」


 と、水しぶきと共に、右舷左舷両側の海から新手の船食いイカが姿を現した。

 これまた船首にいるのと同じくらいのデカさだ。

 嬉しくないことに、シィスの予測が当たった形になる。


「っておいおい、いきなり食事開始かよ!」


 出てくるや否や、両方の船食いイカが長く太い腕を振るって船を叩き始めた。

 その度、足場が更に激しく揺さぶられる。

 魔法だの何だので強化してあるらしいから、数発の打撃を受けた程度では船体は壊れないようだが、更に十発二十発と打撃を重ねられても無事である保証はどこにもない。

 状況がますます悪化したことには変わりないのだ。


「左側は俺が食い止める! アニン達は右側を頼む!」

「承知!」


 時間稼ぎをしてるゆとりはない。

 ここはブッ倒す勢いでタイマンを張るしかないだろう。


「行くぜイカ野郎! この大包丁でさばいてやるぜ! バッサバッサとな!」


 弱点がどこかも分からねえが、まずは船を攻撃されないよう、腕を切り離すべきだ。

 一番近くにあった、床を這いずっているイカの腕に、風の魔力が乗った大包丁を思いっきり振り下ろす。


「おし!」


 手応えあり。

 ぶっとい腕も溶けかかったバターのように切断することができた。いい魔法だ。

 いい魔法すぎて床まで少し切っちまったが、大事の前の小事ってことで許してもらおう。


 腕の一本を切られたことで、船の破壊に夢中だったイカ野郎(オスなのかどうか分からんけど)も俺を敵と認識したようだ。

 ぎょろっとした巨大な目玉を向けて、残り九本の腕を次々と俺に振るってきた。


 威力があってもそんなに速くはないし単調なので、多少不安定な足場でもかわすのは簡単だ。

 しかし、俺は平気でも船に攻撃が行ってしまう。

 一刻も早くケリをつけねえと。

 くそっ、ホワイトフィールドが使えれば……




 三本、四本――

 襲い来る端から腕を切り落としているうちに、段々と大包丁の切れ味が鈍っていくのに気付く。

 かけてもらった"呪い風刃"の効果が切れてきたんだ。

 三人に分散させて使ったから、その分持続時間が短くなっちまってるんだろう。


 だが、もう一度魔法をかけてもらうゆとりはない。

 上等じゃあねえか。親父からもらったこの大包丁はヤワじゃあねえ。

 キッチリと切り分けてやるよ。


「……っておおおおおい!」


 意気込みを新たにした途端、またイカ野郎が二匹、脇から新しく湧いてきやがった。

 ったく、勘弁してくれよ。合計何匹いやがんだ。船首の方も心配だってのに。


 しかも新手の方は出てくるなり、真っ先に俺を狙ってきやがった。

 さすがに攻撃より回避に比重を置かざるをえなくなる。

 一発もらうだけでキツいからな。


 ……ちょっとやべえかも、なんて思いかけると、


「ユーリさん! 魔物から離れて、重心を落として下さい!」


 後ろからシィスの大声が飛んできた。

 ……お、そうか! 頼んだぜ!

 彼女に従い、急いでイカから少し距離を取ると、今度はジェリーの声が聞こえてきた。


「……来たれ蒼の涯より、唸れ白の飛沫より、駛走するは"蒼鳴りの剣"!」


 幼い声色ながらも、ハッキリとした詠唱の後。

 海の彼方から強い、いや、鋭い海風がやってきた。


 それは馬よりも速く、海を滑りながら走って、俺達のいる船に迫り――

 ほんのわずかな間、体ごと吹き飛ばされそうな強風を伴って、イカ共の胴体だけを三匹まとめて真っ二つに切り裂きつつ駆け抜けていった。


「すげっ!」


 想像してた以上に凄かったので、思わず声に出してしまう。

 前言は撤回しなきゃな。頼りになりまくるじゃあねえか、ジェリーの魔法。


 二つに別れたイカ共は、まだピクピクと蠢いている。

 これ以上活動できるとは思えないが、念には念を入れた方がいいだろう。

 腕を全部切り落として無力化させたあと、後方にいたジェリーとシィスの所へ向かう。


「助かったぜ、ジェリー」

「えへへ……ジェリー、ユーリおにいちゃんの役に立てたかな」

「おう。そりゃもう命の恩人ってくらいにな。ありがとな」


 正直、俺一人じゃヤバかったかもしれないしな。


「"蒼鳴りの剣"……海風を刃に変える、中の上級の風系統魔法ですね。こんな小さな子が使えるとは、末恐ろしいというか、何と言うか」


 確かにな。

 花精の血を引いてるってのも関係してるんだろうか。


「"母胎繭"の発動準備ができたぞーー!!」


 お、どうやら防御魔法を展開する準備が整ったらしい。


「海に投げ出されてる奴はいないかーー!!」

「いません!!」

「ユーリさん、アニンさん達は!?」

「こっちは平気っす!!」

「私もだ!!」


 返事をして、わずかな間が空いた後、船の周囲の海水が高波のように盛り上がり始めた。

 船を完全に飲み込むほどの高さになって、中央上部へと集まっていき、水の円蓋が出来上がる。

 海水の防御膜を張る水系統の魔法――"母胎繭"だ。

 確か大体中級ぐらいの魔法だった記憶があるが、これだけ規模をでかくできたってことは、多分術者が複数いる上、杖とか魔石とかの力も借りてるんだろう。


「展開完了! 総員、繭内にいる魔物を撃破せよ! それと繭外に誰かいないかもう一度確認しろ!!」


 船長さんの号令が響く。

 こっち側は接近戦をしてたのが俺一人だったし、取り残された人間を心配する必要はない。

 俺達はひとまず船長さんたちの所へ戻った。


「船長さん、左舷の方は片付けました」

「おお、ありがとうございます。こっちの方も……」


 歯切れが悪いのは、未だ船首側のイカを倒し切れていないからだろう。


「魔法なしで二匹相手にしてりゃ仕方ないっすよ。手伝います」

「我々も助太刀致す」


 アニンや槍のおっちゃん、魔法使いの男も右舷の方から戻ってきた。

 右舷側も始末がついたようだ。


 船員たちの決死の防戦である程度弱体化している上、俺達が連携して戦えばこりゃもう楽勝だ。

 一斉攻撃をかけ、二匹のイカをあっさり屠ることができた。


「若いのにやるなぁ」

「いや、まだまだっす。おっちゃんも凄いじゃないですか」


 戦う所を見るのはこれが初めてだったが、槍のおっちゃんも結構な使い手だった。


 さて、これで当面の危機を乗り切ることはできた。

 だが、繭の外ではまた新しい船食いイカが三匹ほど湧いている。

 マジで勘弁してくれよな。


「船長さんよぉ、このまま離脱できないのかい?」

「"母胎繭"を張ったまま航行するのも可能ですが、人的にも船的にもひどく燃費が悪い。できれば片付けておきたい所だ」

「船食いイカは群れで行動しますが、最大でも十数匹ほどの数だと言われています。確かに全滅させた方がいいかもしれません。……あ、すみません! 出しゃばってしまって」

「いえ、何でも言って下さい。……それに過去の事例と照らし合わせても、全滅させた方が安全だった場合が多い」

「ふむ、私は異存ない。専門家に従うのみだ」

「俺も従うぜ」

「うむ。作戦としては、残り二隻の船から魔導砲で……」

「せ、船長!」


 この後の方針について話し合っていると、一人の船員が慌てた様子で駆け寄ってきた。


「どうした!」

「ガウショ号とシラカ号からも緊急信号が出てます! ……あ、あちらにも魔物が!」

「何だとぉ!」


 海水の膜越しにあっちの船へ目を凝らすと、確かにイカが張り付いているのがうっすら見えた。

 考えてみりゃ自然な話だ。

 ここまでに倒した数を引き算してもまだゼロにはならないし、他の船を襲わない理由もない。

 ……って、冷静に考えてる場合じゃあないよな。


「船長さん。俺、援護しに行きます。小舟を出して下さい」


 確か"母胎繭"は内から外へ出る分には問題なかったはずだ。


「うむ……確かに行ってもらえれば大きな助けになる。頼みます」

「私も行くぞ」

「頼む。今夜はイカの刺身がたくさん食えそうだな」

「……果たして食べられるのだろうか」


 アニンの怪訝な顔ももっともだ。

 とても美味そうには見えない。


「船食いイカの身は苦味が強い上に寄生虫が多く生息しているため、食用には適さないそうです」

「そ、そうなのか」


 シィス、やたらと詳しいな。


「私も同行しましょう」


 魔法使いの男も同行を申し出てきた。


「ジェリー、大丈夫か」

「うん、まだ魔法、使えるよ」

「よし。じゃあいざって時のために、他のみんなと一緒に残っててくれ。もしまたイカが中に入ってきたら、魔法をかましてやりな」


 単純に『危ないから待ってろ』と言うより、この方がいいだろう。

 にしても、ジェリーは俺が思ってた以上に心が強いのかもしれない。


「うん!」


 てな訳で、俺達三人と、小舟を動かす船員数名で他船の救援へ向かうこととなった。

 あ、そういや結局シィスの実力を見られなかったけど、まあいいか。

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