76話『タルテ、義理の母と兄と対峙する』 その5
「……分かった。そこまで覚悟してるなら、タルテの意志を尊重する」
認めることだけだ。
「……ありがとう。それと、ごめんなさい」
「これだけは言っとくぞ。俺だって、タルテがこの先どうなっても受け入れられるし、大好きな気持ちは変わらねえよ。お前が俺の全部を受け入れてくれたように、俺もお前の全部を受け入れる」
タルテはそれ以上何も言わず、無理に作った笑顔だけを俺に返した。
「ほ、本当に手をかけるというの!? 義理の母たる、お前の父が契りを交わした妻たるこのわたくしを!」
「我々を殺せば相応の罪を負うのだぞ! 二度と陽の当たる世界にいられなくなるのだぞ! いいのか!?」
「お前ら、馬鹿か?」
あまりに見苦しいので、口を挟まずにはいられなかった。
これくらいはいいだろう。
「これまでの話聞いてたか? 痛みで元からない思考力がますます無くなってたか? つーか、一体誰がその罪とやらを成立させる証拠を残して、提示するってんだ?」
「ぐっ……!」
「あとな、お前らがファミレに派遣した3馬鹿の内の1人が、市長の目の前で、お前らの名前を吐いたんだわ。それが何を意味してるかは、ネジの外れた脳みそをお持ちな貴族様とはいえ、言わなくても分かるよな?」
この一言で、全ての退路が断たれたのを自覚したんだろう。
高慢さも、鼻っ柱も、全てをへし折られ、完全に負け犬の、弱者の顔へと変わってしまった。
……胸クソ悪くなるツラしやがって。
「た、頼む……殺さないでくれ。金でも財宝でも好きなだけくれてやる。二度とタルテには関わらないと約束もする。だからどうか命だけは……」
「命乞いは無意味だと思いますよ。仮にこの場を切り抜けたとしても、続いてやってくる反フォンダーン家の人々があなた方を許すと思いますか?」
シィスは敵意も何もなく淡々と事実を告げただけだったが、それがかえって恐怖心を倍加させたらしい。
2人は完全に言葉を失い、青ざめた顔で寄り添いながら震えるのみだった。
「昔、わたしたち親子が散々に痛めつけられて、苦しんでいて、同じことをお願いした時、あなたがたは止めてくれましたか? 助けてくれましたか?
お母様が病に倒れたとき、お2人は何かしてくれましたか?」
追い打ちをかけるように降り注ぐタルテの言葉にも、何一つ反応できずにいた。
これでもう、本当に終わりだ。
そういう空気が流れていた。
「や、やめろ……やめてくれ」
「親殺しの外道……死後も恨みを囁き続けてやるわ」
「なんとでも言って下さい」
焼き付けろ。
タルテが短剣を振り下ろす瞬間を。
「ぎゃああっ!」
「抵抗しないで下さい。そんなに……苦しませたくはないです」
受け止めろ。
タルテの憎悪を。悲しみを。覚悟を。
「っぐ……お、おのれ……」
「ディング!? 嗚呼……ディング!」
目を逸らすな。
返り血で汚れるタルテの姿を。
「い……痛い! 痛い痛い! 血が……! あ……がっ……い、き……が……ぇっ!」
母親の魂の名誉のために。
自分に過酷な運命を背負わせた相手との決着をつけるために。
刃を振り下ろしたタルテの復讐が、過去との決別が、今終わった。
逃げず、迷わず、躊躇わず。
タルテは、最後までやり遂げた。
その後の後始末諸々は、全て反勢力の人達に任せてしまった。
そもそも、元々廃嫡扱いのタルテには屋敷や財産、町の統治などをどうこうする権利はないらしいが。
本人的にもその辺りのものへの執着は全くなかったため、問題はない。
表向きにも"フォンダーン家の圧政に耐えかねた町の住民達が放棄し、既存権力体制を打倒した"ということで片がついた。
しっかしあの2人……既に死んでるってのに、更にズタボロに痛めつけられてたな。
どんだけ町の人間から恨みを買ってたんだか。
反フォンダーン家を含めた町の人間からは暴君の抹殺を感謝されたが、別にタルテも俺も嬉しくはない、というかそもそも感謝されるいわれもない。
極めて個人的な事情でやったことなんだから。
まあ、返礼代わりにあちらの立場を利用させて後始末をさせてもらったから、お互い様だ。
ついでに殺しの件も一切見て見ぬふりしてくれることを秘密裏に書面に残して約束までしてくれたんだから、こちらとしてはもう万々歳だ。
あと、今回の件の最大の功労者であるシィスには"報酬"をたっぷりと渡しておいた。
本人は「過分です」と、足をもつれさせながら戸惑っていたが、半ば押し付ける形で受け取ってもらった。
危険や後顧の憂いに晒されることなく事を成せたのは、シィスのおかげだからな。
全てにケリをつけた俺達は足早にナゴタを離れた。
全ては事件が片付いて当日の内の出来事で、陽も沈みかけていたが、それでも町から離れたかった。
正直必要以上に町やフォンダーン家のゴタゴタに関わりたくはなかった、というかタルテを一刻も早く静かな場所に連れてってやりたかった。
例え誰かから無責任と謗られようともだ。
……ああ、そうだ。
これだけは言っとかねえと。
「おい、夕陽を見て黄昏ているお嬢さん」
「……えっ、なに?」
「これで身内が全部いなくなったとか思うなよ。俺とか、俺の家族がまだいるんだからな」
「……ええ。ありがとう、ユーリ。わたしは大丈夫よ」
「うん。ま、その、何だ。お疲れさん」
それ以上は上手く伝えられなかったから、俺はタルテを抱きしめた。
すぐさまタルテが強く抱き返してきたのも、同じくこれ以上は上手く言えなかったからだろう。
タルテの匂いは、いつもと変わりのない、安心できるいい匂いだった。
タルテもまた、俺に対して同じことを感じてくれているとありがたい。