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76話『タルテ、義理の母と兄と対峙する』 その4

「どうもです、ユーリさん、タルテさん」

「お前……」

「いえいえ、まさか。そんなホイホイ主を変えたりしませんよ。信用に関わりますから」


 まるで全てお見通しとでも言わんばかりに、建物から出て歩み寄ってくるシィスがこっちの言葉を早々に遮り、軽く上げた両手をひらひらと振った。


「な、何者だ貴様は! 中にいた兵士共はどうした!」


 クソ兄貴の反応が、シィスの潔白を物語っていた。


「フォンダーン家の当主様とそのお母上様ですか。初めまして。えっと、お雇いの方々は全員始末させてもらいました。状況はどうあれ、ここの雇われ者をユーリさんたちに差し向ける増援として用いてくるのは予想できましたから」

「な、何ですって……!? 10数人は雇っていたというのに、それを全員……!?」

「正確には15名、でしたね」


 焦りや驚愕の色を隠せないババアやクソ兄貴とは対照的に、シィスは事も無げに言う。

 おまけに呼吸も乱していないどころか、返り血の一つも浴びていない。

 ……こいつ、本気出したら一体どれだけ強いんだ!?


「失礼ですが、全員大した相手ではありませんでしたよ。評するならば、先日ファミレでユーリさんが対決した3名に毛が生えた程度、でしょうか」

「は、はわわわわわわ……」

「……し、使用人! 執事も! こ、こうなったら全員で……!」

「やめた方がよろしいかと。お手持ちの戦力をいくら投入した所で、無意味だと思いますよ」


 ババアやクソ兄貴が混乱の度合いを強めても、シィスは全く感情を動かさない。

 挑発でも何でもなく、淡々と言うべきことを言っているだけ、といった感じだった。


「それとですね、"反勢力"にも一報を入れておきました」

「反勢力?」

「ナゴタの町には前々から、領主であるフォンダーン家のやり方に反感を抱いている人々が相当数いるんです。

 その方達と先程接触し、話をつけておきました。この狼煙を打ち上げたら突入して下さいと、打ち合わせを済ませてあります。

 もっとも、この場で彼らの存在をこうして公にしたのは私の独断ですが」


 腰につけた入れ物から引き抜いた筒を見せながら、シィスは静かに言う。 

 あえてバラしたのは、圧をかけて畳み掛けるためか。


「な……! あ、あの愚民共めぇぇぇ!」

「愚民と言えど士気も数も侮れません。加えて農具や秘蔵していた武器も所持しています。頼みの綱の戦力を失った今でも、勝ち目ありとお考えですか?」

「ぐ、ぐうう……!」


 出来るとか、用意周到どころの話じゃない。

 俺はこの時初めて、シィスに恐怖感を抱いた。

 こいつが味方で良かったと心から思っていると、シィスの手から2人の足下へと、微かな光を放つ何かが走る。

 その正体が鋼線だと理解した時には、既に2人は両足から血を噴き出し、呻き声を上げながらのたうち回っていた。


「足の腱を切りました。とりあえずこれで逃げられません。後はお2人のお好きなようにされるといいでしょう。

 必要ならば、手も塞ぐなり、拘束するなり致しますが」


 ……半端じゃねえな。


 ま、とにかく大勢は決した。

 後は締めくくりをどうするかだ。

 俺はタルテに手を汚して欲しくないと思っているし、タルテは俺にやらせたくないと考えている。


 ……本意じゃないが、間を取ってシィスに頼んでしまおうか。

 もちろん、報酬を払って正式に依頼するという形で。


「……お願いだから、わたしに、やらせて」


 地面に落ちていた短剣を握り直したタルテが、鋭い目つきで2人を見下ろして、絞り出すような声で意志表示した。


「いや、だから俺が……」

「ユーリさん、まずはタルテさんの事情をきちんと聞いてみましょう」


 横からシィスが助言を差し入れてきた。


「事情ったって、つまるとこ復讐だろ。気持ちは分かるよ。俺だってこっちの世界の家族が同じような目に遭わされりゃ、同じことを考えるよ」

「それだけでしょうか。単なる私の誤解だったら大変申し訳ないのですが、タルテさんは他にも思う所があるように見受けられるんです」


 タルテが、はっとした表情を一瞬見せる。

 図星だったのか?


「ちょっと待て、他に何を考えてたってんだよ」


 尋ねてみるが、言いたくないのか、タルテは頑なに口をつぐんでいた。

 でも、辛抱強く待っていると、やがて、


「……怒らないで、聞いてほしいの」


 理由を話し始めた。


「……これ以上、わたしだけきれいなままでいるのはよくないって思ったから。

 バカバカしいって思うかもしれないけど、わたしもきれいじゃなくなれば、それと、汚れても大丈夫だって所を見せられれば、あなたの負担を少しでも減らせるんじゃないかって思ったのよ。

 ユーリが、わたしのためを思って、色々なものから守ろうとしてくれているのは、すごくよく分かってる。心から感謝もしているわ。本当よ。

 ……だけどね、好きな人を苦しませたくない、傷付いてほしくないって気持ちは、わたしだって同じなのよ?

 大監獄から帰ってきた後のあなたは、変わってしまったわ。

 それ自体は別にいいの。どんなユーリでもわたしは受け入れるし、大好きな気持ちは変わらないから。

 ……でも、話を聞いただけじゃ到底分からないくらい、たくさん辛い思いをしてきたんでしょう? 変わったのは、それが原因なんでしょう?」


 浮かんだ涙を零さないようにするためか、きっと目に力を入れつつ、タルテは続ける。


 あそこでの出来事を、味わってきたものなんかを、お前は分からなくていいんだよ。

 なんて、目の前の彼女の姿を見て言えるわけがない。


「ごく一部の人、例えば罪悪感や共感性が生まれつきないような人を除いて、どんな理由があるにしても、人が人の命を奪う時って、心がすり減っていくものだと思うの。

 決してあなたが弱い人だって言いたいわけじゃなくて、ううん、むしろあなたは誰よりも強くて優しい人だと思うけど……こんな人たちでも、きっと殺してしまえば心をすり減らしてしまうわ。

 表面的には"当然の報い、末路"って切って捨てられるかもしれないけど、それは麻痺しているだけなんだと思うの。気付けないくらい深い部分にある心の奥では、きっと……

 仕事に徹せられるシィスさんも、それは同じだと思う」


 タルテに視線を向けられたシィスは、肯定も否定もせず、無言で眼鏡に手をやるだけだった。


「もちろん、単に心をすり減らしてほしくないってだけが理由じゃない。一番にあるのは、やっぱりもっと汚くて醜い、わたしの個人的な恨み……

 町のためでも、正義のためでもなくて、亡くなった後もお母様を侮辱したこの人たちを許せない、わたし個人の恨み。

 わたしは決して聖人なんかじゃないから、こんなことをされて許せるはずがない。本当は、昔のお母様と同じくらい苦しませてから殺してやりたい、殺した後も同じような目に遭わせてやりたいって、激しく思ってる。

 わたしが客観的に見て正しいか、間違ってるかはどうでもいいの。どちらにしても、わたしはやらないといけない。自分の戦いのけじめは、自分でつける。ううん、つけなきゃいけないの」


 短剣を握り締める右手が、激しく震えている。

 怒りと、憎しみと、覚悟で。


 またかよ。

 また俺は、タルテの気持ちをちゃんと理解できてなかったのかよ。

 こんな体たらくで恋人面してたなんて……恥ずかしすぎる。


 それに、もうダメだ。

 タルテの意志は揺らがない。

 仮に意志を崩してしまったとしても、それは同時にタルテの存在の否定、すなわち死にも等しい宣告を意味してしまう。

 それだけは絶対に避けたかった。


 もう、今の俺にできるのは……

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