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76話『タルテ、義理の母と兄と対峙する』 その1

 かなりの大きさを誇るフォンダーン家の屋敷は、年代を感じさせる、重厚で堅牢な作りをしていた。

 正確には城と屋敷の中間というか、形状がそのままフォンダーン家の立場を表しているかのようだ。


 屋敷の中からは執事のような男が案内を引き継いで、俺達を応接室へと移動させた。

 執事の方は特にタルテや俺に失礼な態度を取ることもなく、無機質に淡々と己の職分を全うした。


 ただ、入室直前、


「武具をお預かり致します」


 などと言い出してきたが。


「結構だ。悪いけどお宅らを信用できないんでね」


 かなりつっけんどんに言ったのもあって、揉めるのを覚悟していたが、執事は「左様でございますか」とだけ言い、俺達を応接室に通すと、あっさり引っ込んでいってしまった。


 応接室はそこそこの広さで、中央には高級そうな赤い長椅子や、木製の卓が置いてある。

 絨毯や長椅子もやたらとフカフカしていた。


 ――廊下とかもそうだったけど、お前の実家、凄えな。


 ブルートークで話しかけたのは、その方が良さそうだと思ったからだ。


 ――実は、わたしもこの部屋に入るのは初めてなの。

 ――そうなのか?

 ――ここの屋敷自体、数えるくらいしか中に入ったことがないのよ。わたしとお母様は、ずっと敷地内にある離れの家で暮らしていたから。


 そうなった理由を想像しかけた時、扉が開き、先程の執事がまた入ってきた。

 どうやらお茶菓子を持ってきたらしい。

 ほとんど無言かつ洗練された動きでそれらを用意し、再び退出していく。


 一応それなりに値が張りそうな紅茶やお菓子のようだが、俺もタルテも一切手をつけない。

 別に"1人分しか用意されてなかったから"じゃない。


 タルテは身動き一つ取らずにじっとし、膝の上で握り締めた自分の両拳に視線を落としている。

 何かを思い詰めている度合いが更に強まっているようだ。

 緊張を解してやりたいが、逆効果になりそうなのでそっとしておくことにした。


 しっかし、見回してみてつくづく思うんだが。

 訳の分からねえ絵画、絢爛というよりゴテゴテ装飾過剰な石像、ソバコンワの鎧よりヘンテコな甲冑……

 この美的感覚、クィンチの屋敷といい勝負じゃないだろうか。

 類は友を呼ぶって言うが、趣味が悪いな。


 いや、そんなことはどうでもいい。

 最後にもう一度整理しておく。


 こっちの目的は主に2つ。

 1つは、タルテの精神的成長。

 刻まれた嫌な記憶を乗り越えてもらうこと。


 ついでに言うと、相手から詫びも入れさせてやりたい。

 だけど、別にタルテに無理をさせるつもりはない。


 必ずやらなきゃいけないのは2つ目だ。

 すなわち、2度とタルテに干渉させないよう約束させること。

 例えどんな手段を使ってでも、だ。

 クィンチの時のように脅しで屈するならそれでいいが、いざとなればタルテの了解を取った上で、殺してでも……


 まずいな。

 大監獄へ行ってから、確実に思考回路が暴力的になっている。


 己の短絡さを戒めていると、再度扉が開き――そしてついに、今回の事件の黒幕――細かな刺繍の施された、山吹色の典雅なドレスを身につけた貴婦人と、同じく紺色を基調とした派手な服と、片刃の湾曲した剣を腰に装備した若い男が姿を現した。


 こいつらが……タルテの義理の母親と兄貴!

 血が沸騰しかけるのを抑え、いきなり立ち上がったタルテに俺も倣う。

 同時に俺とタルテの周囲にホワイトフィールドも張っておいた。


 2人とも艶やかな長い黒髪の持ち主で、一見優しそうな顔立ちをしている。

 どちらもタルテとは似ておらず、兄貴は母親似だというのが、並んでいるとよく分かった。


「手間をかけさせないでちょうだい! この愚図!」


 開口一番、キンキン声で罵倒かよ。

 柔和そうな表情がもう邪心の面のように禍々しくなってるし。

 やっぱり偽装かよ。


「……っ!」


 しかしタルテには効果抜群だったようで、体を竦ませていた。

 呼吸が浅く、目も泳いでいる。

 条件反射でそうなってしまうんだろう。


「おいおい、挨拶に来てやった人間に対していきなりその態度かよ」


 代わりに俺が居丈高になってやり返すことにした。


「お前は何者かしら?」

「見るからに品の無さそうな平民だな」


 やっぱりというか、兄貴の方もそういう奴かよ。

 反射的に卓を蹴り上げてお望み通り下品さを見せてやろうかと思ったが、タルテを思って耐えた。


「娘さんと交際しているユーリ=ウォーニーでーす。よろしくでーす」

「娘……? そこの、それが? 笑えない冗談はやめて下さる? 不愉快な!」


 孔雀の羽のような扇をわざとらしく扇ぎ、ババアが顔をしかめる。


「母上、まずは掛けましょう」

「ええ、そうねディング」


 元の柔和な顔へと急激な変化を見せた親子が、向かいの長椅子に腰かけた。


「誰が座れと命じました?」


 俺も同じ行動を取ったら、また顔を歪め出す。

 疲れないんだろうか。


「何で座るのにあんたらの許可が必要なんだ? タルテも座っちゃえよ」


 促したが、戸惑ったまま動けなかったので、両肩に手を置いて導いてやった。

 母親と兄貴の顔にしわがまた1本増えたのが笑える。


「お前、どうして手をつけていないのかしら? 下賤の民は上からの厚意さえまともに受け止められないというの?」


 急に話変えんなよな。

 つーか、手をつけたらつけたできっと文句つけてたんだろ。


「厚かましい"重い"やりは受け止める以前に触りたくもねえな」


 ガタン、と卓の下で物音がした。

 おお、イラついてるイラついてる。

 兄貴の方はまだ若干冷静みたいだけどな。


「口汚い蛮人め……もっとも、そこのそれには相応しい、同等の相手と言えるでしょうけど」


 今度は俺の方がイラついてしまった。

 それを気付かれたかどうかは定かではないが、ババアは趣味の悪い部屋を一度ぐるりと見渡し、


「蛮人、待っている間、この部屋を彩る高級な品々に目が眩んで盗みを働いていないでしょうね」


 事もあろうに失礼極まりないことを吹っかけてきやがった。


「はあ? んなことするか」

「嘘をつかないでちょうだい! いいえ、きっと盗んだに違いないわ。白状しなさい! さあ!」

「盗みどうこう以前に、自分の頭が働いているかどうかを疑えよ。支離滅裂すぎんだろ」

「こ……この凡愚! 言わせておけば!」


 さっきからなんだこのクソババアは。

 まるで話が通じねえ。危険な薬でもキメてるのか?

 ピーチクパーチクうるさいだけで、兄貴も含めて全然強さや怖さは感じないが……そのピーチクパーチクが大問題だ。


「お前! 先程から口を噤んでばかりではないの! 早くいつものように土下座して謝罪しなさい! この愚図!」


 いつものように……だと?

 唐突に矛先をタルテに変えたババアの放言に、血の気がさっと引いていくのを、これほどはっきり認識できたことはない。

 タルテが俺の脚に手をあて、水面下で止めていなかったら、防壁を解除してクソババアを脳天から大包丁でぶった切ってたかも知れなかった。


 八つ裂きにする想像をしているうちに、手を離したタルテが、軽く噛んでいた唇を解く。


「い……いや、です」


 そして、弱々しいながらも、明確に拒絶を示す。

 よし、いいぞタルテ。よく言った。


「……なんですって?」

「わたしは、もう、あなたたちの……言いなりには、なりません」


 声を低められても、睨み付けられても、意見を曲げなかった。

 とてもいいぞ。抱きしめて頭を撫でてやりたい。


「今日はそれを伝え……」

「貴様、誰に向かって口を聞いているのだ?」


 今度は兄貴の方かよ。

 剣の柄に手をかけ、眦を裂き、ここぞとばかりに圧をかけてきやがった。


 タルテの体が小刻みに震えているのを見て、もうここらでいいかと判断する。

 暴力をちらつかせてくるなら、こっちも少し手荒に行かせてもらう。

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