74話『ユーリとタルテ、久しぶりにファミレへ戻る』 その3
歓迎会は、色んな意味で忙しかった。
自由歓談の時間になるなり、ひっきりなしにジルトンだの知り合いだの何だのがやってきて、その人たちと話をするのに手一杯で、のんびり飲み食いしている余裕なぞなかった。
で、その流れで当然のように、俺とタルテの関係を色々と茶化されたりした。
だけど、事前に2人で覚悟はしていたため、大したことはない。
堂々と振る舞ってやるだけだ。
恥ずかしがることは……いやまあ、恥ずかしいけど、タルテなんか耳まで真っ赤にしてるけど、それでも開き直るしかない。
「あらあらユーリ君、耳まで真っ赤にしちゃって」
指摘するのやめてくれませんかね、院長先生。
とは言っても楽しくて、全体的に見れば比較的健全に盛り上がっていた。
だが、突然、場の一角がどよめき始める。
招かれざる客が乱入してきたからだってのは、雰囲気ですぐ分かった。
どこの酔っ払いだよと思ったが、
「おーおー、いたいた。マジでいやがった」
残念なことに素面のようだ。
1、2……3人か。
卓上の食い物や飲み物を勝手にひったくってる辺りに、お行儀の悪さが滲み出てやがる。
「人相書きの通りじゃねえか。確かにきっつい目つきしてやがる」
「やっと見つけたぜ。偽お嬢様」
おいおい、うち1人は女だってのに、口が悪いな。
しかもなんか様子がおかしいし。
一応はお洒落で品性を感じさせていたアシゾン団を見習えよ。
って、んなこと考えてる場合じゃねえな。
不躾な視線を向けられ、当惑しているタルテに「大丈夫だ」と声をかけてそっと手を握り、前に立って見えないようにしてやる。
「ユーリ、あいつらよ。タルテちゃんのことをしつこく聞いて回ってた連中」
近くにいたジルトンが、小声で正体を教えてくれた。
薄々そうじゃねえかとは思ってたが、もう会えるとはな。
探す手間が省けたぜ。
「おい放火魔。火付けるだけじゃ足りなくて楽しい席に水差しまでしやがんのか。誰の差し金だてめえら」
「ああ? なんだてめえ?」
ガラの悪い女が、いきなり目を細めて威嚇してきた。
「教える必要はねえ。来い。偽お嬢様だけな」
「騎士気取りのお坊ちゃんはすっこんでなよ、ヒヒ」
それにしても……どいつもこいつもおかしな格好しやがって。
男女は変に獣じみてるというか、毛深かったりするし、偽お嬢様呼ばわりするクソ野郎は全身に黒い鋲付きの帯を巻き付けて、右目以外のほとんどを覆い隠してるし、変な笑い方の奴は覆面マントにパンツ一丁……こいつぁ変態だ!
「もう抑えなくていいだろ。暴れちまおうぜ」
「美味いモンも女もいっぱいあるしな。なあに、ちょっとくらいハメ外してもあの人が揉み消してくれるって。ヒヒ」
「ああ、いいよいいよ。みんな下がっててくれ」
まずは殺気立つ傭兵仲間たちを抑えるのが先決だ。
「はあ? さっきから何カッコつけてんだてめえ」
「先生も下がっていて下さい。こいつらに話し合いは通用しそうにないっす。それよりこれ、正当な戦闘要件に該当しますよね。仮に相手を殺したとしても」
「……歳のせいか、最近は目や耳が悪くなったみたいなのよね。少しくらいの騒ぎだと、全然気付けないのよ」
「どーもっす」
確認も取れた。
これで安心して大包丁を抜けるってもんだ。
「おうおう、やる気か騎士気取りさんよ」
「シィスはタルテを守っててやってくれ。ここは俺だけで充分だ」
「はい」
「おいコラ小僧! てめえさっきからシカトこいてんじゃあねーぞ!」
「少し黙ってろ。獣臭えんだよ、メス」
「なっ……! こ、このガキ! おい、俺にやらせろ! ズタズタにしてやらねえと気が治まらねえ!」
「ふん、好きにしろ」
「あーあー、ディマリーを怒らせちまったな。知らねえぞ、てめえはもう嬲り殺し決定だ」
「はああああっ……!」
咆哮した女の全身の体毛が逆立ち、爪や牙が鋭く伸び始めた。
異形への変化を目の当たりにした会員たちから悲鳴が上がる。
「魔獣か何かとの混血か。通りで獣臭え訳だ」
相手が何だろうと、別に俺には関係ない。
変化しようとしまいと、見かけ倒しにしか見えなかったからだ。
他の国や、監獄にいた連中に比べれば、まるで脅威を感じねえ。
ヤバそうだったら最初から1人で戦おうとなんかしないし、もっと発言や行動に注意を払っている。
「ジャアアアッ!!」
合図も無しに、進行方向上の卓を蹴散らしながら四足獣を思わせる動きで飛びかかってきたが――遅い。
大包丁で切り落とすのは余裕だ。
「グゲェッ!?」
体の中央を、頭のてっぺんから股の付け根まで一刀両断してやった。
悲鳴の音量が一層上がるが、今は気にしちゃいられない。
「ディ、ディマリー!?」
「こうなりたくなけりゃ、黒幕を吐いてさっさと降参しな。今なら死刑にゃならねえだろうよ」
「……調子に乗るなよ、小僧」
全身グルグル男が、一歩前に進み出る。
今度はこいつか。いや……
「モスコ! 邪魔すんじゃねえ! そいつは俺の……!」
「手を出したければ好きにしろ」
「ヒヒ、そうこなくっちゃあな」
グルグル男が顔を覆っている帯に手をかけ、覆面マントが両手を周囲の会員たちに向ける。
2対1か。
ま、それも予想済だ。
覆面マントが周りを人質に取って牽制しつつ、グルグル男が俺を仕留める。
そんでもって、グルグル男の本命は、その隠してる左目……
浅いんだよ。
グルグル男に手をかざし、クリアフォースで不可視の塊を飛ばす。
「!?」
顔面に命中したものの、今の腹具合だと力がほぼ出ないため、まるで有効打にはならない。
が、それでいい。
目くらましで充分。
正体不明の攻撃に気を取られ、グルグル男が一瞬硬直した隙に、一気に踏み込んで大包丁を振るう。
「な……!」
覆面マントが驚きで声を詰まらせたのを聞いて、首をすっ飛ばせたのを確信する。
「魔眼使いのモスコが……!?」
やっぱりか。
しかしどうしてまあ、馬鹿の一つ覚えのようにこの手の輩は本命の目を隠すんだか。
「……俺は連中みてえには行かねえぞ! 俺は体内に16もの武器を内臓している! まずは左手! ここは連射式の矢を発射できるようになっているのだ! 見せてやるぜ、ヒヒヒヒヒ! こいつらを的にしてなぁ!」
こいつも案の定だ。
「このザコ共を蜂の巣にされたくなかったら……え?」
「少しは意外性を見せてみろよ」
左手の変形が終わるよりも早く距離を詰め、大包丁の峰でぶっ叩く。
「ヒ、ヒェッ!? あれ、あれ? こ、故障しちまった! 変形ができねえ!」
「脳みそが既に故障してるようなもんだろ」
続けて全身を隅々までぶっ叩く。
「ヒッ!? がっ、あっ、おっ、うっ、おふぇ……っ!」
こうすりゃどこも変形できねえだろ。
ガラクタの一丁上がりって奴だ。
あ、元からガラクタか。
「上手い戦い方ですね」
始末を終えると、シィスが眼鏡に手をあてて言う。
「ぶち込まれてる時、色々と勉強させてもらったんだよ」
そう、全力で力を使うだけが有効な戦い方じゃないってな。
ソルティの静かな戦い方を、復讐を見て学んだ教訓だ。
「が……が……」
こうやって作戦がずばりハマって、死体2個とボロクズを見下ろしていても、優越感はおろか、怒りが収まることすらない。
「おい、耳まではイカレてねえだろ? もう一回聞くぞ。誰の差し金だ。正直に言えばお前だけは殺さないでやる」
「……っ」
「あ? 聞こえねえよ、はっきり喋れ」
「……お、俺らに、命令、した、のは……」
息も絶え絶えに、覆面マントが吐いた名前を耳にした瞬間、タルテの顔が明らかに恐怖を伴ったものに変化した。
「……あの人が!?」
「金は、いくらでも出すし、どれだけ、時間がかかっても、構わねえと……ただ、絶対、見つけ出せ、と……」
「分かった。もういい、ご苦労さん」
「え、ま、待って……話したん、だから……」
「知るかよ。死ね」
タルテに大迷惑をかけ、暴言を吐いた罪は重いんだよ。
「待ちなさい、ユーリ君」
が、院長先生の咎める声が、大包丁を突き立てようとした俺を縛り付ける。
「もう制圧は完了しているわ。あとはこちらで引き受けます」
「……分かりました」
聞き入れられるだけの理性はまだ残っていた。
瀕死の覆面マントから視線を外し、意識的に呼吸を深くして興奮を鎮めてから、タルテを見た。
「まだ……あの人たちは、わたしを……」
わなわなと震えながら、腕を組むように我が身を抱いている姿を見ていると、何とも形容しがたい感情が湧いてくる。
ディング=フォンダーン。
そして、ザッハ=フォンダーン。
会ったことはないが、聞き覚えのある名前。
そう、タルテの母親違いの兄、義理の母親と、同じ名前だった。
「タルテ」
感情に名前をつけるのは容易じゃなかったが、俺のすべきことは決まってるし、分かってた。
「お前の故郷に行こう」
「えっ?」
「ここは一発、"娘さんと交際させてもらっているユーリ=ウォーニーです"って実家へご挨拶に行かなきゃな」
「で、でも」
「行くったら行くんだよ」
周りに迷惑とかそういう問題じゃねえ。
ここで乗り越えないで、いつ乗り越えるんだ。
「大丈夫だ。俺がついてる。頼ってくれ」
「ユーリさん……随分愛情表現が直接的になりましたよね」
「や、やかましいわ」
相変わらず絶妙な所での存在表明を怠らない奴だなシィスは。