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12話『巨大イカは刺身にならない』  その1

 その日も平和に過ぎていくはず"だった"。




 いつものようにウトウトしていた所をタルテに叩き起こされ、身支度をして眠たい目を擦りながら食堂へ行って、朝飯をしっかりと食い終え、コーヒーをのんびり啜っていた時である。

 大地震が起こったかのように、急に船全体が激しく揺さぶられた。


「うおっ!?」

「な、なに!?」


 反射的にタルテがジェリーを抱き、そんな二人をアニンがかばう。


「うわちゃちゃちゃちゃ!」


 揺れはすぐに治まったが、跳ねたコーヒーが手にかかっちまった。

 一体なんだってんだ。

 窓から外を見てみるが、悪天候どころか相変わらずの快晴である。


 砲撃された音も聞こえなかったし、一体……


「魔物だーーー! 魔物が出たぞーーーッ!!」

「迎え撃てーーーッ! 戦闘態勢ーーーッ!」


 ほどなく、外から答えが怒鳴り声となって耳に届いてきた。

 どうやら魔物が現れたのが原因らしい。


「ちょっと見てくる」

「気を付けてよ」


 どんな奴なのか興味がある。

 もちろん、俺のコーヒーを台無しにしやがったのがムカついて、ぶっちめてやろうかって思いもある。

 用心のため、背中の大包丁を抜いておく。


「デカっ!」


 甲板へ出るや否や、そんな言葉が真っ先に口をついてしまったのも無理はない。

 巨大なイカの化物が二匹、行く手を遮るように船首側に現れて、十本の長い腕を船のあちこちに絡めたり、叩き付けたりしていた。

 あんなバカデカいイカ、初めて見たぜ。全長2~30メーン(1メーンは1メートルとほとんど同じと思っていい)はあるんじゃねえか?


「船食いイカと似ていますが……アレは普通知られている大きさの軽く二倍以上はありますね。あ、船食いイカというのは船を破壊したがる性質から名付けられまして、実際に船そのものを食べる訳ではありません」


 やけに落ち着いた口調で、シィスが解説してくれた。

 つーかいつの間に背後へ現れたんだ。


 そんな俺の突っ込みをよそに、船長さんたちは忙しなくやり取りを交わしている。


「何をやってた! 『魔導砲』で迎撃しなかったのか!」

「そ、それが突然目の前に現れて……!」


 魔導砲。

 専門外だから詳しい知識はないが、確か魔石とかから魔力を集めてぶっ放す兵器だ。

 海賊や魔物対策として、この船に搭載されていても不思議じゃない。


「止むを得ん、直接戦闘で叩くしかないか……総員、近接戦闘態勢!」

「了解!」

「ガウショ号とシラカ号に緊急停止信号を出せ! それと"母胎繭"の展開が終わるまで援護砲撃をするな、と伝えろ!」

「了解!」

「母胎繭の展開準備は進んでいるんだろうな!」

「やってます!」


 のんびりできるような事態じゃないってのがビリビリと伝わってくる。


 ファミレを出発した船は、三隻で船団を組んで航行している。

 他の二隻の様子を遠目に見たところ、巨大イカは俺達が乗っている船にしか現れてないようだ。

 大当たり、って奴である。

 ある意味、他の船でなくてよかったと思う。


 と、不意に船長さんが俺の方を見てきた。


「お客さん、というかユーリさん。ちょいと頼みがあるんですが……手ェ貸してくれませんかね? あんたの腕っ節はファミレでも頻繁に聞いてます。あんたがいてくれれば百人力なんですが」


 本来、海賊や魔物に襲撃された時の護衛代も運賃に含まれているはずなんだが、そんなセコいことを言うつもりはない。


「もちろん、やりますよ」


 レッドブルームで焼きイカにしてやるぜ……あっ、しまった、腹一杯だから"力"が使えねえ。

 しょうがねえ、大包丁だけで戦うか。


「ありがてえ。頼みます、"人切り包丁"を存分に振り回して下せえ!」

「いや、基本的に人は切らないっす」


 この人もそう言うのかよ。


「あ、あの」


 後ろから、シィスの遠慮がちな声がする。


「あまり役に立たないとは思いますが、私もお手伝いします」

「手伝ってくれるんなら大歓迎だ」


 確かにな。

 ちょうどいいじゃねえか。実力を見せてもらおう。


「他にも手伝ってくれる方を募ってはいかがでしょう。更に新手の魔物が現れる可能性もあります」


 シィスの提案を、船長さんはもっともだと受け入れ、かくして甲板に戦闘員が集められた。

 船員以外での近接戦闘員は俺とアニン、シィス、そして槍を持った中年の男。

 そして後衛として、魔法が使えるという若い男が一人。


 乗客数の割に参戦者が少なかったが、数が多ければいいってもんでもないからな。

 いや、むしろ少数精鋭の方がいいかもしれない。

 これだけいりゃ何とかなるだろ。


「腕が鳴るな、ユーリ殿」

「そうだな。タルテとジェリーは中に入ってな」


 成り行きでついてきた二人に避難を促したら、片方からは意外な言葉が返ってきた。


「ううん、ジェリーもたたかう!」

「気持ちは嬉しいけどさ、危ないから……」

「だいじょうぶ。ジェリーも、魔法が使えるから」

「そうなのか?」


 マジかよ。初耳だ。


「風の魔法も使えるから、役に立てるよ」


 船長の意見を目でうかがうと、頷きが返ってきた。

 猫の手も借りたい、といった顔をして。

 海上では火や地系統の魔法は効果が見込めないが、確かに風系統なら問題はない。


「分かった。頼んだぜ」

「うんっ!」

「私が護衛します」

「頼む」


 シィスの申し出を、ありがたく受け取ることにした。


「あの、わたし……」

「タルテは中に避難してな」

「心配めさるな。すぐ片付けて戻ってくるゆえ」

「……ええ。頑張ってね」


 沈んだ表情でタルテは小さく頷き、船室へ戻っていく。

 あの顔、ビビってるって感じじゃあないな。

 だが今は追及してる暇はない。

 モヤモヤを氷解させてやるのは、無事にこの場を切り抜けた後だ。


 船全体が激しく揺さぶられる中、船長さんが早口で説明を始めた。


「まず最優先で行うのは防御魔法を船にかけて、沈没を防ぐことだ。皆さんにはそれまで時間を稼いでもらいたい。とにかく船を守ることだけ頭に入れてもらえればいい。手段は各自に任せます」


 俺達は一様に頷く。

 他の人たちも、船長の指示に従うことを暗黙のうちに認めているようだ。

 思惑がバラバラなまま戦ってたら非効率だからな。


「それでは、戦闘開始!」


 船長の合図で、俺達は行動を開始した。

 シィスが、魔力を溜め始めたジェリーを守るため傍につき、俺達前衛組が飛び出ようとした時、


「少しだけお待ちを。あの巨大な魔物にも太刀打ちできるよう、私がお三方の武器を魔法で強化しましょう」


 魔法使いの男が申し出てきた。

 もちろん願ってもない話である。俺達は素直に厚意を受け取ることにした。


「切り切りと、虚空に一鳴り、風の唄――"呪い風刃"!」


 男が魔力を練って詠唱を完了させると、風の渦が俺達の武器を覆った。

 呪い、なんてついてるが、別に武器や使い手に悪影響はない。


「ご武運を」

「かたじけない」

「どもっす」

「じゃあ行こうか。死ぬなよ、若者たち」

「おっちゃんも、張り切りすぎて腰痛めないで下さいよ」

「はは、気を付けよう」


 船食いイカ本体がいる船首には既に船員たちが密集しており、槍だの何だのを突き出して応戦していた。

 巨体や負傷に怯まず戦ってるさまは勇敢だと思う。


 でも、言っちゃ悪いが、彼らはあまり戦力にはならないだろう。

 カタをつけられるなら、俺達にまで援軍要請をかける必要はない。

 それと、ジェリーの魔法にもあまり頼りすぎない方がいいだろうな。

 あくまで俺達でやらねえと。


 さて、俺は左から回り込んでワラワラ鬱陶しい腕を……

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