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74話『ユーリとタルテ、久しぶりにファミレへ戻る』 その1

 フラセースの港町でミスティラ、アニンと別れた俺達3人は、折り返すように、今度はファミレ行きの船に乗った。

 それなりに長い期間の乗船だったけど、倦んだりもせず、魔物の襲来を受けたのも2、3回程度で、概ね平和な船旅だったんじゃないだろうか。


 俺とタルテの関係も、極めて順調で平穏だ。

 そりゃ途中、部屋で2人きりになった夜とか、そういう雰囲気になりかけたりもしたけどさ……まだ早いだろ?

 ほら、タルテの方も、押せば受け入れてくれるかもしれないけど、やっぱ心の準備ができてない感があったし。

 お互い未経験者だから、色々大事にしたいものがあったり、然るべき時や場所や状況を整えたかったりするんだよ。

 ちなみにシィスとの同舟を頼んだのは、抑止するためでもあったんだよな。

 ヘタレとかやらずのユーリって言うなよ。

 いいんだよ。

 こういうまったりした関係で、ゆっくり進んでいくのが俺達らしいんだ。


 ……本当はまだ潜在的な恐怖や嫌悪感が拭い切れてないのは分かってる。


 それ以外で強いて問題を挙げるなら、再びタルテが口うるさくなってきたことぐらいか。

 やれダラダラ寝すぎだの、やれ掃除を怠ってるだの……

 もうちょっと寛容になってくれてもいいんじゃないだろうか。


 そんなこんなで、ようやく懐かしのファミレに無事到着した。


「おー、凄え久しぶり」


 ジェリーを故郷へ送り届けるために出発してから相当経ったが、船から見えた遠景や、港に降り立って見回した景色は特に大きく変わっていなかった。

 色褪せた石畳、絶え間なく船や人や物が行き来している忙しなさ、熱気、湿っぽい潮風……全部が懐かしいな。


「みんなは元気にしてっかな」

「ご挨拶に行かないといけないわね」

「その前にだ、久々に大食堂へ行こうぜ、大食堂」

「先に家に帰らなくていいの?」

「いいよいいよ、んなもん後回しだ。もう腹減ってしょうがねえよ」

「まったく、しょうがないわね」

「私も異論はありません」

「シィスは大食堂に行ったことあんの?」

「はい、何度か」

「よーし、んじゃ細かい説明はいらねえな。さっさと行こうぜ」


 港から大食堂までの最短経路は、寸分の狂いなくはっきりと覚えている。

 この道をまっすぐ行って、3つ目の所を左に曲がって、竜の石像が見えてきたら今度は右に曲がって……

 相変わらずゴミゴミしている人波を掻き分けて……


 変わった点といえば、別にはぐれもしないのに、はぐれないように繋いでいる手か。






「おお、懐かしいなー! このやかましさ、この熱気、そしてこの美味そうな匂いが混じり合う混沌! フラセースにはない懐かしい空気感ですよこいつぁ! 何食おっかなー。カツ丼か、それとも天ぷらうどんにするか。塊肉だけをガツガツ食うのもいいなー」

「眼鏡が曇りそうです……」


 布で眼鏡を拭うシィスの横で、タルテが神妙な顔をしていたのが気になった。


「どうした、食欲がないか? それとも人混みがきついか?」

「ううん、そうじゃなくて。ここでユーリと出会ったんだなって思い出して」

「そうだったな。あれからもうどれくらい経ったっけ」

「あれ? ユーリじゃん!」


 つい大食堂に相応しくない、しんみりした気分になりかけていた時、聞き覚えのある女の声が喧騒を切り裂いて耳に届く。


「お、ジルトン!」


 本人の象徴ともいえる前掛けをつけ、塔の如く大量に重ねられた皿を両手に持って、大食堂の看板娘(自称)がニカっと笑っていた。


「いつ戻ったのよ!? 久しぶりー!」

「ちょうど今さっきな。元気そうで何よりだよ」

「あったりまえでしょ? この看板娘が元気じゃなかったら、一体誰がこの大食堂を切り盛りするのよ」


 皿を片付け棚に置き、別の客の注文や野次を巧みに受け、あるいは流すといった動作を、一切の疲れも見せずこなしている姿を見て、確かに変わってないなと思う。


「タルテちゃんもお久しぶりね」

「こんにちは、ご無沙汰してます」


 愛想よく、そして真面目さを忘れずにタルテが返す。


「そちらの眼鏡の人は……初めまして、よね?」

「は、初めまして。シィスと申します」

「あら~、ご丁寧にどうも。ジルトンです」


 直角になる勢いで一礼するシィスにつられ、ジルトンも深々とお辞儀する。

 何というか、色々凄い。


「あれ? アニンは?」

「ああ、あいつとはフラセースで一旦別れたよ。修行したり、1人で考え事をしたいらしくて」

「そうなの? ま、色々あるわよね」


 と、ジルトンの目が細められ、品定めのそれに変わる。


「じろじろ見て、どうしたよ」

「何か……雰囲気変わった? 影があるっていうか、威圧感が出たっていうかさ」

「ん? そりゃアレだ。旅に出て成長したんだよ」

「ふーん、まあいっか。大人っぽくなってますますカッコ良くなったと思うよ」


 深く考えずに流すこいつの性格、変わってねえな。


「ねぇユーリ」


 と思ってたら、いきなり腕を絡め取られた。


「せっかく帰ってきたんだし、今夜は2人っきりでお酒飲みましょ? お話とか、他にも色々したいなぁ」

「あー、悪い。そういうのは控えることにしてんだよ。俺が今好きなのはこいつだけなんだ」

「……ふーん、そういう部分も変わったんだ。タルテちゃんはどうお考えなのかなー?」

「は、はい。わたしも、彼のことが好きですから。取らないでくださいね」


 予想していなかったのか、直に言われて、ジルトンはしばし呆気に取られていたが、


「ま、上手くやんなよ」


 俺から腕を解いて、ひらひらと手を振った。


「そうそう、大丈夫なのユーリ」

「大丈夫って何がよ。クィンチからのお礼参りがってことか? 心配しなくてもあいつなら……」

「違うわよ。ユーリの家、火事で全焼しちゃったじゃないの」

「……え?」


 マジかよそりゃ。


「そんな顔してるってことは、まさか知らなかったの?」

「いや、船から降りてここに直行したから、家のこととか全然分かんねえし、まだ見てもないんだよな」

「ユーリたちが船に乗って、しばらく経ってからかな。周りも含めて、結構派手に燃えちゃったのよねぇ」


「原因は? まさか貸し出した奴らの不始末じゃねえだろうな」

「多分違うと思うよ。みんな傭兵組合の仕事で家を空けてたから」


 ジルトンが連中をかばう理由はないから、嘘は言ってないだろう。


「……ここだけの話なんだけどね」


 と、ジルトンが耳元に顔を近づけて、声を落とした。

 別に変な意図がある訳じゃなく、周りがうるさいからだろう。


「その火事、黒い噂があるのよ」

「黒い噂?」

「落ち着いて聞いてね。変な奴らが、タルテちゃんを探してるのよ」

「わたしを……?」

「どういうことだ、そりゃ」


 怪しい奴らにタルテが狙われるいわれなんて、米粒1つほども存在しねえだろ。

 一体どこのどいつだ。


「大勢じゃないんだけど、しつっこくてさー。頻繁にやってきて、ファミレ中をあちこち聞き回ったりしてんのよ。この間も大食堂に来たのよねー。常連客よりも更に行儀が悪いから困っちゃう。

 あー大丈夫、あたしがユーリやタルテちゃんを売ると思う? 聞かれても適当にしらばっくれといたわよ」

「あの、ごめんなさい。わたしのせいで、色々ご迷惑をかけてたみたいで……」

「いーのいーの。タルテちゃんはなぁんも悪くないんだから」


 正体不明の罪悪感に襲われて縮こまるタルテの体を、ジルトンが笑いながら抱きしめる姿を見て、俺の胸中に込み上げてきたのは微笑ましさなんかじゃなかった。

 もっとドス黒く、攻撃的な感情。


「……でね、証拠は全くないから断言はできないけど、犯人はそいつらなんじゃないかなって、あたしは睨んでるのよ」

「ジルトン、そいつらの特徴を教えてくれ」

「はいはーい。ちゃんと守ったげなさいよ」

「ああ、当たり前だ」


 ジルトンから聞いた連中の特徴は、俺もタルテも全く心当たりがなかった。

 ったく、せっかく久々に大食堂でメシが食えたってのに、余計なクソ野郎共のせいで楽しく味わい切れなかったじゃねえか。


 とはいえ、やっぱ大食堂のメシは最高だった。

 コシのあるうどん、サクっとした衣の中に具材の旨味が凝縮された天ぷら、採算度外視でガツンとぶっ込まれた岩石のような塊肉……

 一口一口が幸せをもたらしてくれたぜ。つい満腹になるまで食っちまった。

 他の国じゃ味わえない、ワホンならではの美味さだよな。

 いやもちろん、他国には他国の良さがいっぱいあったけどさ。

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