73話『ユーリ一行、それぞれの道を行く』 その2
「御二人が結ばれたことに、愛する御方と大切な友が幸福になったことに、心からの祝福を降り注ぎたい思いに偽りはございません。タルテ、幸せにおなりなさいな」
「ありがとう、ミスティラ」
「ユーリ様。わたくしに小麦の欠片ほどでも同情心をお持ち頂けるのでしたら、どうか笑顔でお見送りを。それがわたくしにとって最高の餞となりますわ」
「……ああ、分かった。元気でな」
出来る限り、思いっきり笑顔を作って、ミスティラに見せた。
「アニンさんやシィスさんからも、少なからず恩をお受けしましたわね。感謝しましてよ。息災をお祈りしておりますわ」
「うむ、私もだ。達者でな」
「歌、練習しておきますね」
続いて、2人とも握手をするミスティラ。
「この後はアビシスへと戻り、お父様に御報告を済ませ、当面はローカリ教の一信徒として、身を粉にし勤労する所存ですわ」
「そうか。モクジさんたちにもよろしくな」
「はい。……長引けば長引くほど、清らかな別れに不純物が混ざってしまいますわね。名残惜しいですが、この辺りで」
そして、貴婦人のように優雅な仕草でスカートをつまんで一礼し、
「それでは、御機嫌よう」
最後に宝石のように気高く、眩しく、美しい笑顔を見せて、ミスティラは去っていった。
遠ざかっていく彼女の背中は、見えなくなるまで凛と、まっすぐ伸びていた。
「では、私もここで失礼する」
ミスティラの姿が完全に見えなくなった後、続いて切り出したのはアニンだった。
こちらの方も展開の1つとして想定はしていたが、やはり現実化してしまうと多少は動揺してしまう。
「お前はどこに行くんだ?」
「正直に言うと、具体的な目的地を決めあぐねている。だからしばらくは剣の腕を磨きつつ、気ままに世界を回ってみようと思っている。帝都があのように不可侵の光の柱に包まれ、皇帝の生死が分からぬ以上、待つ以外に道が無きゆえ」
「そうか……お前が決めたなら、俺は何も言わねえよ」
「今日まで、ユーリ殿とは随分と長い付き合いになったな」
「そうだな」
一緒に旅してきた中では、こいつとは一番付き合いが古いもんな。
「右も左も分からねえ時から、お前には色々教わったよ。ここまでうまくやってこれたのはお前のおかげだ。本当にありがとな」
「男女関係についても、手取り足取り教えてやりたかったのだがな」
「ば、馬鹿、からかうなって」
内心、少々冷や冷やしつつタルテの様子を窺ったが、普通に笑っていてホッとする。やれやれ。
「ユーリ殿と共に過ごせて、戦えて、旅ができて、楽しかったぞ」
「俺もだ。ファミレにあるお前の私物は、とりあえず置きっ放しにしとくからな」
「承知した。さて、タルテ殿、よろしいか」
急にタルテの方へと方向転換する動きがさっきのミスティラを彷彿とさせたが、怒りも何もなく、いつもの友好的な、人懐っこい笑みを浮かべたままだった。
「やりたかったことはミスティラ殿が既にやってしまったゆえ、私からは陳腐な助言のみに留めておこう」
そう言ってタルテの肩に腕を回し、
「しっかりと精のつくものを食し、励むように」
「ちょ、ちょっと……!」
「わははは」
離れ際に、ケツをパンパンと叩いて笑った。
「ユーリ殿も、気負いすぎずにな……おっと、残念」
握ってくることが予想された場所はあらかじめ防御していたため、事無きを得た。
「これ以上の細かいことは省かせてもらうぞ。湿っぽいのは性に合わぬのでな。縁あれば、また会おう。では」
最後までさっぱりとした"らしい"振る舞いを崩さぬまま、アニンはひらひらと手を振って立ち去っていった。
「やっぱり、心の準備をしていても、お別れするのは寂しいわね」
「まあな。でも人生出会いもあれば別れもあるってこった」
なんて言ったけど、俺も確実に、心の一部にぽっかり穴が開いちまって、喪失感のようなものを感じていた。
だからこそ、余計に元気を出さなきゃな。
「言っとくけど、この後は寂しいって思う暇なんかねえぞ。俺が笑いを取りまくってやるからな」
「わたしも、あなたが笑っていられるように、頑張るから」
自然と、お互いに手を探し合っていた。
「あの~、すみません」
がその時、背後から遠慮がちな声がして、思わず俺達はビクっとして握りかけた手を離してしまう。
そうだった、途中から気配を消してたのか、すっかり忘れてたけど、いたんだった。
「お、おう。どうした」
「ああっ、ほんとすいません空気の読めないカスで! 空気に徹することもできないカスで!」
「何だよいきなり」
「落ち着いてシィスさん」
自分から話しかけて、自分で暴走しかけた相手をなだめるって、なんだこりゃ。
「――それで、何だっけ」
「あ、はい。お2人はこの後、どちらへ?」
「とりあえずファミレに戻ろうと思ってる。お前はどうするんだ、シィス」
「任務も終わったので、私もワホンの実家に帰ろうと思ってます。あ、心配しないで下さい! お邪魔クソ虫な私は便をずらして消えますし、もう監視するなんて出歯亀はしませんから! お2人でやりたいことも色々おありでしょうし、そりゃもうヌプヌプと」
「生々しい効果音はやめろ! あとその手の形もまずいだろ」
公衆の面前で何してるんだか。不適切すぎるだろ。
「それは置いといてだ。せっかくだからさ、一緒の船で帰ろうぜ」
「よ、よろしいのですか? せっかくの2人きりになれる機会だというのに、こんな羽虫が邪魔してしまっても」
「別に邪魔じゃねえよ。なあタルテ」
「ええ、3人の方が楽しいもの。いっしょに帰りましょう?」
「な……なんとお優しい……! このシィス、お2人から賜ったお情けに誠心誠意お応えする所存……! どうか使いっ走りとしてこの私めをご利用ください!
あ、そうだ! お腹がお空きですよね!? 早速あそこの屋台で食べ物と飲み物を買って参ります!」
「え、ちょ」
こっちの返事を待たず、シィスは全力疾走を開始していた。
あいつと一緒に行動するって選択肢は……きっと間違ってないよな……うん。