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73話『ユーリ一行、それぞれの道を行く』 その1

 タルテに気持ちを伝えた夜のうちに、ミスティラやアニン、シィスにも、事の顛末を話した。

 どうせ雰囲気でバレちまうだろうし、そもそも黙っていること自体が不誠実だと思ったから。

 それと……タルテに勧められて、前の世界での俺についても、その時話してみた。


 結論から言うと、3人とも前世のことをすんなり信じてくれた。


「そのような面白い話を今まで隠していたとは、罪な御仁だ」

「お父様がかつて望んだ"飽食の楽園"とは、ユーリ様のいらした世界だったのですわね」

「凄いですね。これであとは客観的な証明ができれば歴史的大発見ですよ!」


 もっとみんなを信頼すべきだったと、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 そして肝心な方、その、俺とタルテが素直に気持ちを伝え合ったってことに関しても、問題なく事が運んだ。

 こう言うと語弊があるが、3人とも普通に祝福してくれたのがありがたかったし、危惧していた質問攻めだとか、ひと悶着があったりとか、そういうのもなかった。

 単純に「おめでとう」と言われたくらいだ。


 特にミスティラがあれ以降、噛み付いたりすることもなく、いつもの調子に戻ったのが意外だった。

 流石に詳しく追及できるほど抜き身にはなれなかったので、黙っていたが。


 今も、何故かシィス相手に歌唱指導を行っていた。


「シィスさん、何ですのその歌唱法は。もっと丁寧に音を傾聴し、静物をありのまま素描するように発声をしなさいな。はい、もう一度」

「はっ、はい! 申し訳ありません! ……あ~、お~、い~」

「否! 口蓋垂が曲がっていてよ! ……タルテ、見本を見せて差し上げてちょうだい。認めたくありませんが、貴女の歌唱は随一ですから」

「えっ、わたしが!?」


 色んな意味でよく分からないが、明るい空気が戻って、ホッとしている。


「……」


 ただ、アニンの緊張は完全には解けてはいないようだったが。


「む、どうした」

「いいや、随分断酒が続いてるなって。減量でも始めたのかなって思ったんだよ」

「……どうかしているのは私の方か。済まぬな、気を遣わせてしまっているな」

「その言葉、そっくりそのまま返すぜ」

「言うようになったな。では、今宵は久しぶりにとことん飲み明かして、本音を曝け出し合うか? 覚悟を決めるがいい。タルテ殿と隠れて何をしているのか、根掘り葉掘り聞き出してしんぜよう」

「えぇ……」


 その日の夜のことはさておき、別にあの夜以前と以後で、俺とタルテの間には特に大きな変化はない。

 ……ただまあ、よく目が合ったりして、笑い合ったりすることは増えたかもしれねえけど。

 でもほら、そんくらいは普通にあり得るだろ?


 ちなみに一切手は出してない。

 みんなと同室、しかも閉鎖的環境だってのにできるかってんだ。


 そりゃあ、その、人目を忍んでっつーか、誰もいない場所で……


「今が好機だな。……っ」

「……んっ」


 ……これぐらいは別におかしくないだろ?

 ただ、すっかり浮かれちまっているのは否定できない。






 そんな感じのまま、進展も停滞もせず、波乱もなく、船はフラセース東端の港町に着いた。


「さて、これからどうするか」


 なあなあに済ませてついつい先延ばしにしちまってたが、流石に船を降りちまった以上、今後の方針を決めないとまずい。

 みんなを振り返ると、ミスティラが上着を正し、一歩前に進み出た。


「ユーリ様、皆様。まずは突然の申し出になってしまったこと、お許し下さいませ」


 何かを思いつめている、覚悟の表れた表情を見て、ある程度の内容を推察してしまう。

 降りる直前までは普通の様子だったのにと思いながら、黙って続きを待つ。


「……わたくし、この場、この時をもちまして、皆様と一時の別れを告げようと思いますの」


 来たか。

 こうなることは覚悟していた。


 こういう場合、理由を尋ねた方がいいんだろうか。

 ミスティラの横にいるタルテをちらっと見てみたが、彼女もまた戸惑っていた。


「己で口にするがせめてもの責任。全てを白日の下に晒しましょう。

 ……わたくし自身、認めたくありませんが、ユーリ様が結ばれたという事実を改めて認識したその夜から、わたくしの心の中に眠っていた醜き魔物が覚醒してしまい、昼夜を問わず蝕んでくるのです。漆黒の炎を宿したそれが、全ての肺腑を焼き焦がし、わたくしを狂気へと誘おうとしているのです。

 はっきり申し上げますわ。これ以上、お傍に立つことに、耐えられそうにありませんの。かつてわたくしが口にした、ユーリ様から学びたいなどという宣言など、所詮は悪辣な金貸しの発行する紙切れに等しい誓いだったのでしょう」


 そんなことねえよ、だなんて言えない。言える訳ない。

 閉ざした口の中で歯を食いしばり、舌を丸めていると、ミスティラがタルテの方に向き直った。


「ミスティラ?」


 俺も、タルテも、思わず息を飲んでしまう。

 ミスティラの整った顔に明確な敵意が表れ、歪んでいたからだ。


「このわたくしに、このような惨めな思いをさせて、何か言うことはございませんの!?」


 声を上擦らせて叫ぶ。


「……」

「ユーリ様に先に愛を打ち明けたのは、このわたくしですのよ!? 貴女よりも多く尽くし、敬虔なる信徒のように心身を捧げてきた自負もございますわ! なのに……どうして! 貴女は……大した労も負わず……! 欲する宝を……!」


 周囲の通行人が、何事かと立ち止まって視線をぶつけてきても、ミスティラは全く意に介する姿勢を見せない。

 アニンもシィスも、渋い顔のまま無言で事態を静観していた。


「わたし、謝らないから」


 そんな中タルテは、一歩も引かず、背筋を伸ばし、ミスティラを真っ直ぐ見つめて、張りのある声できっぱりと言い返した。


「わたしは、何一つ悪いことも、後ろめたいこともしてないわ。あなたに逆恨みされるいわれはない」

「……!」


 ミスティラが右手を引いたのを見て、まずいと思ったが、もう手遅れだった。

 一歩踏み出すよりも早く乾いた音が鳴り、タルテの頬を打ち抜いていた。


「痛いわね……!」


 タルテも負けじと、ミスティラの頬を思いっきり叩き返した。

 おいおい、最後の最後でとんだ修羅場に……


「……それで良いのです」


 という不安は、突然に、忽然と消滅した。

 片頬を赤く染めたミスティラは、憑き物が落ちたように先程までの敵意を完全に消し、清々しい顔をしていた。


「それでこそわたくしが最良の友と認めた女性。安心してユーリ様のお傍に立つ重責を任せられますわ。先の暴言、手を上げたこと、深くお詫び致しますわ。ですが許す必要はございませんわよ」


「許してほしくないなら、代わりに深く理解するわ。あなたはずっとわたしに、色々なことを教えてくれた。叱咤激励してくれた。今もまた、こうやって……」


 それ以上は何も言わず、タルテは手を差し出した。


「……本当、葉野菜の如き成長の早さですこと」

「もっといい例えなかったの?」


 ミスティラもまた、間を置かず手を出して、固い握手を交わす。

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