72話『ユーリ、タルテに全てを打ち明ける』 その3
「……やっぱり」
傾聴していたタルテが、ぽつりと言葉を漏らす。
「やっぱりユーリは、すごい人。強くて、優しくて……誰よりも尊敬できる人よ」
「ま、真面目な顔して言うなよな。照れるだろ」
ついいつもの調子で返してしまって、しまったと思ったが、
「わたし、真面目ちゃんだもの」
おどけられて、更に俺は色々とふにゃふにゃになってしまった。
やばいやばい、気を取り直さねえと。
本番はここからなんだから。
「……とまあ、これは秘密の1つな。もう1個、隠してたことがあるんだ」
「隠し事ばっかりね、あなた」
「ごめん」
「いいのよ。ちょっと意地悪してみたかっただけ」
犬にでもするように、頭をわしゃわしゃ撫でられる。
だからこれ以上俺をふにゃふにゃにするな。
「それで、隠してたことって?」
「ふにゃふにゃ」
「えっ……?」
「あ、いや、その」
やべえ! つい頭の中を駆け巡っている言葉が口を……!
ええいもういい、失言を利用して勢いのまま突っ込んじまえ!
「……ふにゃふにゃってのは、俺の精神状態を一言で表す言葉だ。今の俺は非常にふにゃふにゃしている」
「は、はあ、そうなの」
「何だ何だその曖昧な返事は。俺が今ふにゃふにゃしてるのはお前のせいなんだぞ」
「え、わたしのせい? ひどいわね、責任転嫁するなんて」
「しょうがねえだろ、事実なんだから。ふにゃふにゃなのはお前のせいなんだよ」
「ちょっと……!」
「だって、お前といると凄く落ち着けるし、安心するから」
「えっ……?」
「他の誰でも、これほど安心してくつろげないんだよな。お前しかいないんだよ」
「ユーリ……」
「監獄に入れられて、会えなくなって、色々あって、改めて思った。俺、これからもお前と一緒にいたいって」
頼む。
今だけは、出てこないでくれ。
俺を赦してくれ。あの時の気の迷いを。
「俺、タルテが好きだ」
「……」
タルテの表情が固まったのを見て、ついに"言っちまった"ことを認識した。
意外とすんなり言えたと自己採点している。
そして妙に清々しい気分だ。胸のつかえが取れたっていうか。
後はもう待つだけだ。なるようになれ。
気が強く見える眼差しが左右に揺らいだり、伏せられたりするのが、やけにゆっくり見えた。
俺の方は絶対逸らすな。
落ち着いて、余裕を持って待て。
しっかり見ろ。受け止めろ。
「……ありがとう」
段々と、戸惑いの表情が、照れが入り混じって緩んでいく。
停止しかかっていた時間が、また動き出す。
「わたしも、強くて優しいユーリのことが大好き。世界で1番、誰よりも」
この時のタルテの声を、言葉を、微笑みを、俺は生涯忘れない。
それくらい鮮烈に記憶に焼き付けられた。
「わたしでよければ、これからもいっしょにいさせて下さい。あなたの貫く"ひーろー"の道に、ついていかせて」
「お、おお、おおもちろん! こちらこそ不束者ですがよろしくお願いしますです、はい」
あれ、しまった、言葉遣いがおかしくなってるぞ。
「……!?」
「ふふっ」
「ち、ちちちちち……」
タルテめ、おかしくなっている俺をますます混乱に陥れようとしやがって!
……だって、いきなり、俺の口に、その……
「いつもわたしのことをからかってた、仕返し」
「し、仕返し!?」
「それと、あんまりよそ見ばっかりしてたら、怒っちゃうからね」
「……っ」
きっとタルテは、冗談のつもりで言ったんだろう。
でも、俺には、神が下した警告にも等しく聞こえた。
一瞬のうちに、さっと熱が引いていく。
でも、ここで引きずったり、おどおどしちまったら台無しだ。
俺がすべきは、
「お前しか見ねえよ」
貫くことだ。
ありもしないとは分かってるけど、全員に誠意を示せるとしたら、これしかない。
「大きい胸が好きなくせに?」
「それでもだよ」
「ほんとに?」
「気になるんだったらお、俺が、で、でかくしてやるってば……よ」
「……バカ、恥ずかしくなっちゃうなら言わないでよね」
だけど、またふにゃふにゃしてしまった。
「ユーリ、ひとつ、わたしと約束して」
「何だ?」
「あなたの貫く信念に、わたしも最後までついていくけど……だけど、あなたが幸せになることも、絶対に放棄しないで。あなたも幸せにならないと、絶対にダメ。わたしも絶対、あなたを幸せにしてみせるから。ね?」
俺は、タルテと出会えて、タルテを好きになって、本当に良かった。
お似合いだとかお似合いじゃないとか、誰に何と言われようと関係ない。
俺が決めたことだ。
「ああ、約束だ。俺も絶対、お前を幸せにするよ」
…………。
…………。
…………。
…………。
「またちょっと空気が冷えてきたな」
「うん。でも、全然寒くないわ」
「俺もだよ。もうちょっと、ここにいたいな」
「わたしも、同じこと思ってた。
ねえ、もっとあなたのことが知りたいから、なんでも聞かせて。それと、あなたが隠してきたものを、もっとわたしに見せて……」
「タルテ……」
夜が深まるのに比例して、胸の中が、温かいもので満たされていく。
信頼。安心感。受容。愛おしさ。
体も心も全部、このままずっと掴んだまま離したくない。こうしていたい。
きっと今が、安食悠里としても、ユーリ=ウォーニーとしても、人生で最も幸せな時だ。