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72話『ユーリ、タルテに全てを打ち明ける』 その1

 船に乗ってツァイを出てからというものの、どこか空気が微妙だ。

 別に気まずいって訳じゃないんだが……


 俺だけでなく、きっと他のみんなもそう感じているんだろうけど、誰もそれを指摘はしない。

 閉鎖的な空間なのも拍車をかけている気がする。


「はい、カレーのおかわり。お肉、たくさん入れたから」

「おお、あんがと」


 今乗っている船は原則、食事を各自用意するなり、船上で購入するなりしないといけないんだけど、タルテは毎日、俺の好物を作ってくれている。

 最初のうちだけかと思ってたが、今日に至るまでずっと続いている。


 食事だけじゃなく、生活全体において以前より甘くなったと思う。

 寝坊しても小言を言われなくなったし、片付けもやってくれるし……

 どうにも調子が狂っちまう。

 気を遣ってくれてるんだろうか。

 ちなみに大監獄に送られたってことはもう話してある。


 柔らかく煮込まれた肉を口に放り込みつつ、ちらりとミスティラの方へ視線を送る。

 淡々と匙を動かし、カレーを口に運んでいた。

 目は向けず、怒気も苛立ちも悲しみも出してはいないが、一歩引いて観察しているような雰囲気が確かに感じられた。


「……」


 こういう時に空気を読んで盛り上げるのがいつものアニンだが、船に乗ってからめっきり口数も減り、静かだった。

 暗くなった、っていうほどじゃないが、好きだった酒も断ち、物思いにふけることが増えた気がする。

 無理もないと思う。

 父親や弟を奪った皇帝はどうなったか分かってないし、母親をあんな目に遭わせた実行犯の方は空の彼方へ吹っ飛ばしたとはいえ、自分の手でやった訳じゃないんだから。

 色々と考えること、整理をつけなきゃいけないことがあるんだろう。


「あ、あのっ! 突然ですが、私が1曲歌いましょうか!? 実は密かに練習してましてですね、それはもう皆様をうっとりさせること請け合いで!」


 代わりにシィスが場を繋ごうと盛り上げようとしてくれていたが、どうにも空回り気味だった。

 しかもドツボにハマるとドジを連発したりするし。


「ああっ! 最後に食べようと取っておいたプリンをこぼしてしまいました……うう……」

「……御馳走様でした。お先に失礼致しますわ」


 そんな中、一足先に食べ終えたミスティラが、さっさと部屋に引っ込んでいってしまった。

 また空気が、少しだけ重たくなる。


 分かってる。こういう空気になっている一番の責任は俺にある。

 あの時、俺が勢いに任せてタルテを抱きしめたりなんかして、ミスティラの方を振り解いたりなんかしたからだ。


 だからって、今更詫びるなんて出来るか?

 どうやって詫びればいい?

『お前よりタルテの方が好きだからああしてしまった』なんて言ってみろ、傷付けちまうだけだ。


 ……でも、このままじゃいけないのも分かってる。

 よし、もうグダグダ引き伸ばすのはやめだ。


 俺が変える。俺が言う。

 監獄で体験した渇望が鈍る前に伝えるんだ。

 タルテへの素直な気持ちを。


 自意識過剰だと我ながら思うが、拒まれる可能性は低い。

 重要なのは、こちらの覚悟だけだ。


 よし、こういうのは思い立った瞬間やるのが重要なんだ。

 伝えよう。

 例えこれまで築き上げてきた関係が、全て壊れてしまったとしても。


「……な、なあタルテ」


 し、しまった、いきなりどもっちまった。


「どうかしたの?」


 落ち着け、ゆっくり喋れ。


「食い終わった後、話したいことがあるんだ。……2人で」

「え? え?」


 滅茶苦茶動揺された。


「……ええ、分かったわ」


 だけど、割とすぐに承諾してくれた。

 ため息をつきそうになるのをぐっと飲み込む。


「悪いけど、アニンもシィスも、今回ばかりはほっといてくれ。頼む」

「……良かろう」


 アニンは何故か、唇の端を持ち上げて笑った。


「ミスティラさんには私からそれとなくお伝えしておきましょう」

「悪いな」

「じゃ、じゃあ、よろしくな」

「え、ええ。洗い物を済ませたら行くわ」


 何でもうカチコチになってんだ。俺達どっちも。






 そしてしばらく経った後、俺達は2人で船の甲板へと出た。

 結構大きな船なので、話をする場所を探すのには事欠かない。

 また、あちこちに照明があるため、足場などに不安もない。

 当然巡回している船員はいるが、幸いこちらの雰囲気を察して、見て見ぬふりをしてくれた。

 船員の間で噂になったり、酒の肴にされたりするだろうが、んなもん気にしてられっか。

 つーかもう聞かれたり見られたりしても知らねえ。


「星がきれいね」

「月もな」


 でも、お前の方が綺麗だ、なんてことを言う勇気はない。

 事前に調査しておいた、一番人目につかなさそうな場所――甲板後方の、普段使われない道具が置かれた片隅に、俺達は並んで座り込んだ。

 今夜の海は静かで、風もとても穏やかだった。

 あちらこちらで微かに灯る明かりが、更に幻想的な雰囲気を作り出していた。


「でもやっぱ少し寒いな。ごめんな、2人になれる場所がここぐらいしかなくてさ」

「ううん、平気」


 その後、不自然な間が空く。

 気まずいからじゃないってのは分かってる。

 気を遣って、言いづらくなってるんだろう。


「あの時のことを思い出すよな。コラクの村から戻ってきた後のこと」


 だから、こっちから切り出した。


「……そうね」

「アルたちのことはもう吹っ切ってるから大丈夫だって。こう見えて、俺だって一応日々成長してるんだぜ」

「一応なんかじゃない!」

「どうしたよ、急に声をデカくして」

「あっ、ごめんなさい。つい」


 口を押さえ、少し俯くタルテ。

 この時俺の脳内に浮かんだ言葉は、落ち込むなよ、じゃなく、なんて可愛い仕草してるんだ、だった。

 我ながらすっかり毒されていると思う。


「あっためさせてくれないか」

「……うん」


 つい感情に任せて肩を抱いても、抵抗されなかった。

 おかしいよな。あれだけ勝手に罪悪感を覚えて、触れられるのを拒んじまってたのに、こいつ相手だとこんなことまで出来ちまうなんて。


「……ユーリは、すごく強いわ」


 近くで囁かれるように言われ、耳の輪郭が熱を帯びる。


「大監獄でどれだけ辛い目にあっても、ううん、わたしが想像している以上に辛い思いをしてきたはずなのに、こうやって元気でいてくれて……」

「悪い方向に変わっちまったとか、そういうのは気になんねえのか」

「変わったかどうかは、気にしてないの。ユーリはユーリよ」


 どうして。

 どうしてお前は、そうやって欲しかった言葉を的確にかけてくれるんだよ。

 緊張と嬉しさで体が震えそうになるのを必死に抑えていた。


「ええっと、俺が本当に言いたかったのはそっちじゃなくてだな。……あの時の約束、覚えてるか」


 誤魔化すためにも、話を強引に本来持っていきたかった方向へと持っていくことにした。


「わたしが自信を持って"強くなった"って言えるようになったら、あなたの秘密を教えてくれるって約束?」

「ああ」

「わたしはね、だいぶ強くなれたって思ってる。あなたに出会う前のわたしは、ほんとに弱かったもの。

 でも、強くなれたのはわたしだけの力じゃない。あなたや、ミスティラや、アニンや、ジェリーや……シィスさん、クラルトさんもそう、色々な人たちのおかげで、わたしは強くなれたの。もちろん、まだまだ足りない部分は色々あるけど」

「謙虚なとこは変わってねえのな」

「なによ、悪い?」

「いいや? ……俺も、タルテは充分強くなったと思う。だから、約束通り話すよ。俺が隠してたこと。

 本当はもっと早く話したかったんだけど、俺が臆病なせいで言えなかったんだ。おかしな話だよな。相手に強くなれだなんて言っときながら、肝心の本人がヘタレのままじゃあな。

 だから、俺はお前が思ってるほど」


 その先は言わせてもらえなかった。

 タルテが、口に人差し指をあてて封をしてきたからだ。


「聞かせて?」


 心臓を激しく跳ねさせたまま、流れのまま小さく頷くと、そっと当てられていた柔らかな感触が離れていく。

 それに微かな寂しさを覚えつつ、俺は意を決して話すことにした。

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