表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
202/300

70話『ユーリ、大監獄から帰還する』 その3

 名残惜しむどころか、特に別れの挨拶もせず邸の地下室へと降り、そこの片隅にあった隠し階段から更に地下へと降りていく。


「あの、ユーリさん」


 道を塞ぐ扉を開錠しながら、ここまで先導していたパッカさんが口を開いた。


「私個人として、何かできることはありませんでしょうか」


 ああそうか、この人は花精の血が流れてるから、分かってるのか。


「気にしないでいいっすよ。別に精神的に病んでるとかしてませんし」


 素っ気なさが引っかかったのか、答えが気に入らなかったのか、パッカさんが一瞬悲しそうな顔を見せる。

 だが、すぐに笑顔で取り繕って、


「皆さん、どうかいく久しく円満に」


 そんなことを言った。


「私はここまでで失礼させてもらいます。シィスさん、後はよろしくお願いしますね」

「はい」


 シィスの声は、どこか沈んでいるように聞こえた。

 深々と一礼するパッカさんに別れを述べた後、俺達は扉の奥に伸びる一本道を歩き始めた。


 洞窟のように岩肌がゴツゴツした通路は、俺達5人が並んで歩けるくらいには幅が広く、天井も、軽く飛び跳ねても頭をぶつけずに済むくらいには高い。

 何より、5層よりも清潔で快適そうなのがいいな。

 いいなって何だよ。毒されすぎだろ。


 通路に照明はなかったが、あらかじめパッカさんから太陽石を受け取っていたため、何の問題もない。

 俺を含め、誰も何も口を開かず、淡々と長い通路を歩く。

 色々話したかったが、流石にまだそういう状況じゃないってのは分かっていた。


 やっぱり口封じでもされるんじゃねえかという疑いもあったが、追手も罠もない。

 本当にたんまり報酬を持たせて逃がしてくれるらしい。


 空白の皿がこの後何をするのかにはほとんど興味がなかった。

 思うのはただ、あいつと手を繋いでいたいとか、そういうことばかり。

 情けねえな。何でこんなにも心細くなっちまってるんだか。


 不意に、とんとんと、軽く耳の下をつっつかれる。

 つまんねえ悪戯しやがって、と言いそうになったが、犯人の真剣な顔を見たらすぐに引っ込んだ。


 ――なんだよ。

 ――メニマ殿のことは、胸に秘めたままにしておけ。私もそうするゆえ。

 ――お前……

 ――良いのだろうか、と考えているのだろう。断言する。良い。以上だ。反論は聞かぬ。


 それ以降は呼びかけても返事がなかった。回線を切っちまったんだろう。

 でも分かったよ。お前がそう言うなら……


「出口が見えてきましたね」


 ひどく緩やかな坂を上下しながら更にかなりの距離歩いた所で、先頭に立っていたシィスが声を発した。

 確かに、前方にごく薄い光が幾筋も差し漏れているのが見える。


「私が排除します」

「俺も手伝うぜ」


 扉の代わりに積み重なった岩が出口を塞いでいたが、どかすのは容易だった。


「ふぅ……」

「ユーリ様、これで御手を」

「ああ、あんがと」


 ミスティラの動きや目線にまだ引け目みたいなものが残っていて、申し訳ない気持ちになる。


 出た先は岩山地帯だった。

 周辺に人や魔物の気配は一切せず、埃っぽい乾燥した空気やわずかな草木、強い日差しが代わりにお出迎えしてくれた。


「最寄りの町へ行き、そこで休息を取りましょう。そう遠くはありませんから、もう少しだけご辛抱を」


 正直結構疲れてたが、異存はない。

 いざとなりゃブラックゲートで短縮移動すりゃ多少は楽になるし。

 もうひと踏ん張りすっかと自分に鞭打つと、いきなりタルテが驚きの声を上げた。


「見て! 光が……!」

「うおっ、どうなってんだありゃ」


 タルテが指差した方角――果てしなく広がる荒野の一角に、巨大な光の柱が立ち上っていた。


「あそこにあるのって」

「帝都、ですわね……!」


 周辺に伸びている道や地形から、光にすっぽり覆われているのは、さっきまで俺達がいた帝都だというのが分かった。

 光の柱は一切収まる様子もなく、山よりも高く、青空に輝く太陽よりも眩く、強大な力を放ち続けている。


「おいアニン、原因分かるか?」

「いや、結界ではないだろうし、斯様な現象は居住していた時にも一度も見たことがない。皆目見当がつかぬ」

「近くへ見に行ってみるか?」

「いけません!」


 シィスが、強い調子で制止してきた。


「どうしたんだよ」

「詳しいことは私も知らされてはいません。ですが近付けば……ユーリさんたちも巻き込まれてしまいます」

「巻き込まれる?」

「ロト様は、皇帝の暗殺と同時に、帝都そのものも根本から変えるとおっしゃっていました。恐らくそれを実行したのでしょう」

「要領を得ねえな。まさか盛大な自爆をやらかそうってんじゃねえだろうな」

「分かりません。……ですが、ロト様がユーリさんたちを急いで帝都から脱出させたのは、"変革"に巻き込ませないためです。それだけはどうかご理解を」

「……」


 結局、船でツァイを出るまでの間に、"変革"とやらの答えが判明することも、帝都を覆う光の柱が消えることもなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ