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70話『ユーリ、大監獄から帰還する』 その2

 城から脱出すること自体は容易かった。

 誰にも見咎められることなく、皇帝に勘付かれることもなく、"行き"の時のように、上手く敷地の外へ出ることができた。


 が、精神的な方がやばかった。

 心臓が意志を持ったかのように、早鐘を打って急かしてくる。


 外はよく晴れていて、相変わらず暑かった。

 そして人口密度の高さも全く変わっていない。

 だけど懐かしさに浸っている暇はない。

 浸りたい相手が、頭の中に明確に描かれている。


 空白の皿の館に近付くたび、思いが募る。

 やっとだ。

 やっとお前らに会える。

 ミスティラ、そしてタルテ。


 まだ心を乱しちゃいけない、落ち着かなきゃいけないって分かってるのに、抑えられない。

 会いたい。会っていいのか。

 話したい。話していいのか。

 抱きしめたい。抱きしめられていいのか。

 対立する思考が幾つもぶつかり合って、頭の中で火花を散らす。


「思考は止めなくてもいいが、手足は止めるな」

「ああ、ありがとな」


 察してくれたアニンには本当に感謝だ。

 お前はつくづく頼りになるよ。


 でも、自然と走り出していた。


 会いたい。

 早く会いたい。

 頼む、どいてくれ。

 今だけは、俺の為に道を開けてくれ。


 遠い。

 もどかしい。

 ああ、見えてきた。館だ。


 飛びたい。

 飛んでいきたい。

 何で扉が閉まってんだ。

 さっさと開けろ、蹴り破るぞ。

 お、開いた。


「……ユーリ?」

「……タルテ?」


 中から出てきたのは、一番会いたかった存在。

 ずっと思い描いていた存在。


 変わっていなかった。

 赤茶色の髪。

 きつい目。

 控え目な唇。

 体つき。

 声。

 抱えている懐かしの大包丁なんて、どうでもいい。


「お帰りなさい」


 やめろ。近付くな。近付きたい。

 表情を緩めるな。もっと見たい。

 悲しませたくない。泣きたくない。

 触れたい。触れる訳にはいかない。


「ただいま」


 勝手に手が広がる。タルテが驚いてる。

 目が細められてる。受け入れようとしてる。

 メニマの顔がまた浮かんでタルテに重なる。

 あいつも受け入れようとしてくれた。

 いいのか? 俺は甘えていいのか?


「……っ」


 分からないまま、俺は受け取った大包丁を放り投げ、タルテの体を抱きしめていた。

 胸元や回した腕から、微かな振動が伝わってきたけど、抵抗はされなかった。

 あれ、というかどうして俺の方は抵抗しないんだ。

 自分で自分の身に起こっている現象に戸惑っているうち、背中にタルテの腕が回されるのを感じる。

 向こうからは拒まれなかった。


「どっちでもいいの」

「……!」


 どこまで気付いているのか、単なる偶然のようなものなのかは分からない。

 でも、とにかく許された。

 このまま泣いて、気持ちを伝えてしまってもいいだろうか。


「あの……俺さ」


 その先は言えなかった。

 勇気の問題じゃなく、いきなりミスティラが割って入ってきたからだ。


「嗚呼ユーリ様! お帰りなさいませ! よくぞ御無事で、いいえ、わたくしはエピアの檻よりも深く信じておりましたわ!」


 厳密には割って入るというより、背中にでかい胸を押し付けられて張り付かれたって感じだ。

 声が少し上擦ってたな。


「はははは、ユーリ殿、帰還早々、幸せそうなサンドイッチではないか」

「あ、そろそろ空白の皿の方々もいらっしゃいますよ」


 有能なシィスからの警告で、すぐさま我を取り戻せた。

 どちらからともなく離れ合う。


「おいミスティラ、お前も離れてくれ」

「御無体なことを! わたくしはずっと、朝も夜も、貴方様の温もりを、お声を、切望しておりましたのよ? 想像がこうして現実となって実を結んだ今……」


 背中に顔を埋めたまま、ますます束縛を強めてくる。


「くっ……!」


 急激に、本当に急激にだった。

 自己嫌悪感が心の底から噴き上がってきて、力任せにミスティラを引き剥がしてしまった。


「ユーリ、様?」


 少し乱れた髪を顔にかけ、驚きと少しの怯えに目を見開くミスティラを見て、やっちまったと後悔する。


「あ、いや、これは」

「ミスティラ殿、詳しいことは後で話す。今は、ユーリ殿に悪気は無かったということだけ分かってやって欲しい」

「……承知致しましたわ」


 すまん、アニン。




 シィスの言った通り、階上から空白の皿の構成員たちがぞろぞろと姿を現した。


「戻ってきたということは、任務を達成したということだな」


 その首魁である仮面の男が、挨拶も何もなくいきなりそんなことを言ってきやがった。


「ああ。ロトって呼ぶか、それともジャージアの方がいいか? 皇子様」

「好きなようにするがいい。いずれにしても最早意味を成さぬ。早く詳細を聞かせよ」


 ちっ、相変わらずいけ好かねえな。


「弟はもう死んでたから、遺言通りソバコンワの鎧だけ持ってきた。あと……」


 必要な報告を全て済ませても、


「そうか」


 お兄様は淡々としていらっしゃられた。


「御苦労だった。其方らの任務はこの時を以て完了だ。ライク、呪水を解除する"鍵"を。サモン君は報酬を」


 後ろに控えていた2人が一礼し、部屋に下がっていき、ロトの傍に残っているのがパッカさんだけになる。


「任務を終えて間もない者達をもてなしもせずにこのようなことを言うのも心苦しいが、鍵と報酬を受け取り次第、直ちにこの帝都から出てもらおう」

「言われなくてもそうしてやるよ」


 鼻を鳴らしながら嫌味たっぷりに答えてやったが、ロトは意に介さず階段を降りて、俺達が運んできた弟の遺品を直々に受け取った。


「……うむ、確かにあれの波動が遺っている」

「ロト様、お言いつけ通りお持ち致しました」


 さほどの時間もかけず、再びライクとサモンさんが現れ、俺達は無色透明の水が入った小瓶を5つと、大きな布袋を2人から受け取った。

 何の味もしない水を一飲みしてから袋を開けてみると、中には目が眩みそうになるほど大量の貴金属が入っていた。

 予想以上というか、これ一般人が持つ許容量を遥かに超えてるだろ。


「どれも本物のようですわね」

「では、お引き取り願おうか。邸の地下に通路がある。そこを通って行くがいい」


 ここまで来ると、ロトはどこか焦っているというか、事を急いでいるようにさえ見受けられた。


「シィス君、其方もこの時を以て契約満了だ。今まで大儀であった」

「はい」

「いや、待て。最後にもう1つ、私個人、ジャージア=キンダックとして其方へ個人的に依頼したい。彼らを無事に、帝都の外まで送り届けてもらいたい」

「お引き受けしましょう」


 シィスの答えに頷いた後、ロトが仮面を外す。

 任務前に見せられた、ダシャミエの人相書きそっくりの顔が、そこにはあった。


「随分男前じゃねえか。勿体ぶって隠しやがって」

「行け。恐らくもう会うこともないだろう」

「はいはい、行きますよ」


 奴のツラがどうであれ、別に俺にはもう関係ねえ。

 とっととおさらばだ。

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