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11話『シィスが海へ跳ぶ』 その2

 俺達の船室は、四人で一部屋だ。

 空間のほとんどが寝る場所で占拠されており、はっきり言って狭い。

 本当はもっと格の高い客室にも泊まれたんだが、タルテが「勿体無い」と却下したのだ。

 まあ俺もアニンも、ファミレではああいう家に住んでたくらいだから別に気にならないし、ジェリーも「くっついて仲良よくできるね」なんて健気なことを言ってくれている。

 ちなみに風呂や便所は個室別ではなく共同だが、ちゃんと用意されているだけありがたい。

 船に風呂があるなんて、正直あんま期待してなかったからな。


 船室でしばらく雑談したり、昼寝したり、他の乗客に軽く挨拶したりして過ごしていると、ようやくお待ちかね、晩飯の時間がやってきた。

 やはり一日の食事で最も重要なのは晩飯。そう思わないか?


「今日の献立は何だろな、っと」

「なによ、その歌。おかしいわね」


 メシは食堂でまとまって食うことになっている。

 つまり、準備したり片付けたりする必要はない。何てラクチンなんだ!

 タルテに「食べたらすぐにちゃんと片付けなさいよ」なんて口うるさく言われることもないってことだ!


 食堂はさほど広くはなく、既にあらかた席が埋まっているが、当然座れないなんて事態が発生することはない。

 待つ必要もなく、空席を探すだけでいい。


「今日はコロッケ定食か。お、付け合わせも色々あんじゃん」

「あそこが空いているな」


 アニンが指差した先には、ちょうど四人分の空席があった。


「あっ、帽子をとってくれたおねえちゃんだ」


 そして空席の隣には、あの緑髪に眼鏡の女性が座って箸を動かしていた。


「ども」

「あ、こんばんは」

「さっきはありがとうございました」

「い、いえ! とんでもないです!」

「隣、いいすか」

「はい、どうぞどうぞ!」


 女性はやたらと恐縮した態度で承諾してくれた。

 食事に手をつける前に、軽く俺達の自己紹介をすると、


「シィスと申します」


 そんな名前が返ってきた。


「先程は取り乱してしまって失礼しました。つい動揺してしまってですね、その、事が済んだ途端、ぶわっと緊張と恐怖が込み上げてきて、決して悪気があった訳ではないんです」

「ははは、シィス殿は面白いな。食べながらゆっくり話そうではないか。もっとお主のことを知りたくなった」


 正直、少し変わった人だなーと思っちまったんだが、アニンはあまり気にしていないようだった。

 ま、悪人じゃなさそうだし、問題ないけどな。俺だって傍から見れば変人に思われることもあるし。


 アツアツのクリームコロッケやホクホクのかぼちゃコロッケをパンと一緒にかじり、コーンポタージュで流し込みながら、俺達はシィスとの会話に興じた。


「皆さんはどちらまで行かれるのですか」

「この子の実家がタリアンのトラトリアの里ってとこにあるから、送ってく途中なんだ」

「トラトリア、ですか」


 シィスがちらりと眼鏡越しにジェリーを見て、小さく笑いかけると、ジェリーの方も屈託ない笑顔を返した。


「シィス殿の目的も伺っていいだろうか」

「私ですか? えっと、はい、フラセースにあるローカリ教の本部まで行こうと思いまして」

「ほう」

「ローカリ教って確か、食い物を困ってる人達に分けてる宗教だっけか」

「はい、そうです。本部に知人がおりまして、会いに行こうと」

「そういえばユーリ」


 俺とアニンはそこまで聞いて納得したが、タルテにはまだ足りない部分があったようだ。


「今他人事みたく言ってたけど、あんたはローカリ教には入ってないの? よく考えてみたら、似たような活動をしてるわよね」

「俺か? 入ってねえけど。そういうのガラじゃあねえし」

「え、そうなの? 影響を受けてたりは?」

「特にないなあ」


 だって、俺が絶対正義のヒーローを志したのは……


「……もしかして、イヤなこと聞いちゃった?」

「いや、ちょっと前のことを思い出してたんだ。気にすんな。もちろんローカリ教の活動自体は否定しねえし、いいと思うぜ。色んな方向から人助けしていった方が、結果的に効率がよくなるだろうしな」


 ちなみにローカリ教の存在はファミレに住む前、実家にいた時から知っていた。

 最初に聞いた時点で記憶はもう戻っていたが、その時の感想は、そんな教団もあるんだなと感心した程度だ。

 ローカリ教がワホンにはほとんど浸透していないこととも関係はないだろう。


「あの、似たような活動というのは?」

「それを話す前にだ、まずは今夜の新たな出会いを祝おうではないか」


 アニンが話を一度打ち切ったのは、食後の酒が運ばれてきたからだ。


「ユーリ殿とタルテ殿もそろそろ一杯どうだ」

「おっ、そうだな」

「ダメっ! あんたもう夕べのこと忘れたの!? 頭ニワトリなの!?」

「分かった分かった。……あ、すいません、飲み物変えてもらっていいすか」


 この分だとどうやら、少なくとも海の上にいる間は飲めなさそうだ。

 ま、別にそこまで酒が好きな訳じゃないからいいけど。


「ではシィス殿、いかがか」

「すみません、私も控えるようにしてるんです」


 シィスにもやんわり断られて、そうか、とアニンは残念そうな顔をし、杯を傾けた。


「ときにシィス殿、先程は見事な身のこなしだったが、どこで学ばれたのかな」

「あ、はい、実家が武術の道場を運営しておりまして、そこで無理矢理仕込まれました」

「ほう、道理で。いつか手合わせ願いたいものだな」

「と、とんでもない! 私なんかとても相手になりませんよ! ただすばしっこいだけですから! いやほんとに! そもそもお前は根性がないって両親に何度も言われましたし、実際その通りで……」

「はははは、やはり面白いなシィス殿は」


 なんて笑いながらアニンの奴、シィスに向かって平手打ちをかまそうとしやがった。

 ……と俺が認識できたのは、頬を打たれるギリギリの所でシィスが手首を掴んで阻止した光景を捉えた時点であった。

 つまりアニンは、殺気も前触れも見せず、唐突に加減なしで叩こうとしたってことだ。


 シィスは目を見開いてアニンの掌を見つめていたが、みるみる顔が青ざめていき、


「す、すすすすみません! 私、何かアニンさんの気分を害する真似をしてしまいましたか!?」


 何故か謝罪し始めた。危うく被害者になりかけた身だってのに。

 つーかよく反応できたな。


「いや、謝るのは私の方だ。ちと悪ふざけが過ぎた。許してくれ、この通りだ」


 アニンの方も深々と頭を下げ、丁寧に非礼を詫びた。


「おいおい頼むぜ」

「ああ、びっくりしたわ」

「アニンおねえちゃん、いじわるしちゃダメだよ」

「本当にすまなかった。以後は慎もう」


 そのまま少しの間、両者間で謝罪合戦が行われたが、すぐに収まって歓談が再開する。


 にしても、おふざけとはいえ、アニンが実際に手を出したのは珍しいな。

 どんなに酒をかっ食らっても機嫌よく笑ってるばかりで、暴力沙汰とは無縁だってのに。

 初めて見たかもしれない。




 それからも色々と話の種は尽きなかったが、食堂でくつろいでいた他の客が全員いなくなったので、俺達も船室へ引き上げることにした。

 船旅はまだまだ続くから、少し物足りないくらいがちょうどいいだろう。


「それでは、また後で」


 廊下でシィスと別れ、部屋に戻る。

 また後で、というのは、女性陣はこの後風呂に入りに行くからだ。


「ぬわあああん食ったもおおおん」


 寝台に寝転がった途端、眠気が襲いかかってきた。

 ついつい変な喋り方になってしまう。


「寝るならちゃんと歯を磨いてからにしなさいよ」

「へいへい」

「そうだ、ユーリ殿」

「おお」

「……シィス殿について、どう思った?」


 アニンの声色が思いのほか真面目っぽかったので、つい体を起こしてしまった。

 ちなみに顔つきも結構マジっぽかった。


「真面目っぽく見えてあたふたしやすい所がいいんじゃね」

「えええっ!?」

「……ふむ。私は、戦士としてどうかを尋ねたつもりだったのだが」


 は?


「な、何だよ、そうならそうって付け加えとけよな。またそういういじり方をしてくんのかって思っちまったじゃあねえか」

「おや、それは失礼した」


 ったく、紛らわしい。とんだ恥かいちまった。

 さっきの平手打ち未遂もそうだけど、こいつ時々真面目な面してボケてくるからなあ。


「つーか、何でタルテが驚くんだよ」

「べ、別に。アニンにまんまと引っかかっちゃったのよ。ホントに、それだけだからね」

「ジェリーは、あのおねえちゃん、悪い人じゃないと思うよ。帽子もとってくれたし」

「ジェリーがそう思うならそうなのだろうな。うむ、言う通りだ」


 俺もジェリーの意見に賛成だ。

 自分の腕を謙遜しがちなだけで、少なくとも悪人ではない。それで充分だろう。


 三人が風呂へ入りに部屋を出て行くと、薄暗い空間が急にしんと静まり返った。

 耳を澄ますと、船が海を切り裂いて進む音が聴こえてくる。

 おまけに微かな揺れ。

 寝るなってのが無理な話だ。


 鎧戸を開けて夜の海を眺めるのもいいが、それは明日以降に取っておこう。

 つーわけで、おやすみ。

 と、心の中でタルテたちに告げ、一眠りすることにした。





 事件が起こったのは、しばらく日が経過した後だった。

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