2話『ユーリとタルテは鍋をつつく』 その1
「で、どうして俺のうどんが無くなっちゃってるのかな?」
俺の分の食べ物が忽然と消失したショックもそこそこに、容疑者に尋問を行うことにする。
前歯の欠けた男の子、おかっぱの女の子、くせっ毛の男の子と、順々に顔を見つめていくと、
「……えっと、のびちゃうともったいないから……たべちゃったの。ごめんなさい」
おかっぱの子が耐え切れなくなったようにポツリと漏らした。
「ごめんなさい」
「もっと食べたかったからつい……」
残る二人の男の子も、口々に自白していく。
「……なるほどな。てことは、みんなで食ったのか?」
男の子はこくりと頷き、
「ちゃんと三人で同じくらいにしたよ」
と答えた。
「そっか、ならいいや。ちゃんと腹一杯になったか?」
「うんっ!」
声を揃える三人。いいお返事だ。そしていい笑顔だ。
「ねえユーリ兄ちゃん、そのお姉ちゃん、ナンパしてきたの?」
「人聞きの悪いこと言うなよ。つーかどこでそんな言葉を覚えてきたんだ」
ませた質問をかましてきたくせっ毛を嗜めていると、
「おいユーリ、さっきは派手にやらかしたみたいじゃねえか! そっちの可愛い姉ちゃんに一目惚れしたのか?」
今度は横の席にいたおっちゃん(一応顔見知り)が話に割り込んできた。
「はいはい。昼間から酔っ払ってんじゃないの?」
適当にあしらうが、
「ははは、こいつ照れてやがら!」
「腕は立つけどあっちは立たせるのに一苦労、ってか!?」
別の所から次々と新手が湧いてきてキリがない。
「こっちは子ども連れなんだぜ、そういう会話は慎んでもらいたいね」
実際は暗喩が分からないであろう子どもらより、タルテの方が気になっていた。
こういう話は苦手なんだろう、狼狽の色がありありと浮かんでいる。
「やれやれ。これだけ騒がしくなると、落ち着いてメシも食い直せねえな。一回出て別のとこで食うか。お前ら、行こうぜ」
「はーい!」
「ごちそうさまでしたー!」
「おう、さっきの揉め事は俺らが適当に始末しといてやるから心配すんな」
出ようとした時、酔っ払いのおっちゃんがそう言ってくれた。
「頼んます」
「……いいの?」
「心配すんな。この辺じゃあれくらいの乱闘は日常茶飯事だからな。誰もお咎めなし、って奴だ」
今の俺にとって一番の心配は揉め事どうこうでなく、あくまで空腹だ。
……腹減った。
大食堂を出た俺達は、そのまま孤児院へと直行した。
メシ食う前に、こいつらをちゃんと送り届けといた方がいいだろう。色々な意味で。
大食堂からそれほど離れていない場所に建っているため、空きっ腹への影響もさほどない。
南西に歩いていくと、すぐに煤けた石造りの建物が見えてくる。
ここの院長は無類のお人よし、もとい懐の深い人で、
『もし親のいない子を見つけたら、どんどん連れてきなさい』
と言われている。
別に率先して孤児を見つけている訳じゃないが、絶対正義のヒーローという活動を行っている以上、どうしてもそういった子を見つけてしまう確率は一般市民よりも高くなってしまう。
この子らを含めると通算七人目になってしまったが、院長らは快く身元を引き受けてくれた。
「そんじゃあな」
「ユーリにいちゃん、いっちゃうの?」
「心配すんな、また近い内に会えるからさ。そん時はたくさん遊ぼうな」
涙目になったおかっぱの子の頭を撫でてやる。
こんな風に純粋に別れを惜しんでくれると、ついこっちの涙腺も緩くなっちまいそうになる。
「それよかお前ら、あんま院長さんたちに迷惑かけんなよ」
「あら、子どもなんて迷惑かけるのが当たり前よ。きっとあなたもそうだったんじゃないかしら?」
年齢不詳の女院長さんはそう言って、余裕たっぷりの微笑みを見せる。
「まあ……現在進行形で迷惑かけてるかも知れないです」
「でしょう? あなたたち、今日からここが新しいお家よ。さあ、みんなとご挨拶しましょう。いらっしゃい」
三人組は早くも心を開いたようで、満面の笑顔で院長さんにしがみついている。
「それじゃあ俺達、これから用があるんで、これで失礼します」
「あら、彼女とお出かけ? いいわね」
「い、いえ! そういうんじゃありません!」
何でお前が躍起になって否定すんだよ、タルテ。
しかも顔赤いし。
……まあいいや。
「行こうぜ」
「え、ええ」
院長さんと子どもたちに一礼して手を振り、俺達は孤児院を後にした。
「……ねえ、さっきの子たちとはどこで知り合ったの?」
孤児院から少し離れた所で、すっかり普通の調子に戻ったタルテがそんなことを尋ねてきた。
「港だよ。船でこの国まで連れてこられた直後に人買いから逃げてきたらしくてな。たまたま通りがかって助けたんだ」
「そうなの」
「どうしたんだよ、急にそんな質問して」
「ううん、大したことじゃないんだけど……あんたって、色々と優しいところあるなって思って」
「あ、ああ……まあ、そんな特別なことでもねえだろ」
「照れてるの?」
「照れてねえよ」
タルテはくすくすと笑うばかりだ。
「ついでに言ってもいい? ……あんたがあいつらをぶっ飛ばした時、正直、すっきりしたのも事実だわ。ありがと、ユーリ」
「な、なあに、いいってことよ」
……意外と可愛い所もあるじゃんか、こいつ。
「つーかよ、いい加減腹減ったよな。早いとこ何か食おうぜ」
「……そのことだけど」
タルテの顔が、再び曇り始めた。
「やっぱりわたし、戻った方がいいんじゃ……あいつら、きっと報復しに来るわ」
「心配すんな。その時は俺が返り討ちにしてやるから」
「でも、食堂の人たちとか……」
なんだ、気が強そうに見えるのに、意外と悲観的な性格なのか?
奴隷という境遇を考えれば、無理ないかもしれないが。
「分かった分かった。とにかくまずはメシだ。腹も膨れりゃ少しは考えも前向きになるからな。食ってから考えようぜ」
ここは半ば強引に押し切った方がいいだろう。
「とりあえず俺ん家でも行くか。少しばかり散らかってるけど、落ち着いてメシ食えるのは保証できるぞ」
そう誘ってみたら、タルテが明らかに警戒した顔で俺を見てきた。
おお、誤解してる誤解してる。
別にナンパしてるんじゃなく、ヒーローとしての務めだからな。
重要だからここ強調しておくぞ。
「同居人の女がいつ帰ってくるかも分からないから、安心してくれ。不義理があったら即座に俺はそいつにぶっちめられる」
「……恋人?」
「そんなんじゃない。ただの仕事する時の相棒みたいなもんだよ」
「ふうん……」
意味深な呟きを発した後、しばらく少し俯いていたが、
「お邪魔させてもらえるかしら」
どうやら本人の中でも納得できたようだ。
「よっしゃ、行こうぜ……っと」
ふと、突然に日光が遮られ、周囲が影に覆われた。
「お、インスタルトか。今日も気持ちよさそうにプカプカ浮いてやがるぜ」
青空を仰ぐと、浮遊する巨大な岩がちょうど太陽を遮っていた。
世界中の空をあてどなく漂う謎の浮遊島・インスタルト。
誰が名付けたのかは知らないが、俺が物心ついた時には既にそう呼ばれていた。
あの上には遺跡があるとかないとか、世界を創った神が住んでるとか住んでないとか、そんな噂がある。
噂、というのは、誰も立ち入ったことがないから確かめようがないのだ。
もちろん俺も入ったことはない。
"力"を使ってもあそこまでは届かないからだ。
そりゃあれだけ高い場所に浮かんでりゃな。
じゃあ何で島って分かるのかと聞かれても、俺には分からない。
「おっと、悪い。行こうぜ」
別に責めている意味合いは感じなかったが、タルテの視線が俺にじっと注がれていたのに気付く。
今は未知の場所よりも、住み慣れた我が家に行くのが先決だ。
太陽が再び顔を出したことで明るさの戻った道を、俺達は歩き出した。