69話『アニンとソルテルネ、仇に挑む』その3
「――束ね束ねて幾星霜」
と、距離を開けていたソルティが、詠唱のようなものを紡ぎ始めた。
「あら~、知らないわね。新しい魔法? あたしを悦ばせる為に新しく覚えてくれたのかしら?」
「――満ち満ちて大渦中」
ソルティは無視して、詠唱を続ける。
しかし、剣以外から魔力の波動を全く感じない。
何をするつもりなんだ。
「いいわよ、あたしの愛で全部受け止めてあげる。全力でブチかましてちょうだい」
「――反転、混沌、転覆、再発」
「さあ、来てソルテルネ」
「――震えて振るえ、一億一束の"革命の怒鎚"!」
詠唱の完成、と共に、下ろしていたソルティの刺突剣が忽然と消失した。
何故消えたと思っている間に、スールの姿も消失した。
え、え? 何がどうなった?
どこへ消えたと思っていると、ソルティが空を見上げる。
つられて俺達も見上げると、太陽に差し掛かろうとしている浮遊島・インスタルトが……いやそっちじゃない、段々と小さくなっていく黒点が見えた。
まさかあれが、スール?
ソルティに問うよりも早く、黒点は透明な青空に吸い込まれて見えなくなってしまった。
空を見上げたまま流れる沈黙と、吹き抜ける冷たい風。
いつまで待っても、何も落ちてこない。
ブルートークでスールに呼びかけてみたが、反応もない。
「……終わったな」
停止しそうになった時の流れを再び動かしたのは、ソルティの一声。
「え? あれでもう終わっちまったのか?」
随分静かであっさりした決着の付け方だったが……
「今のあれ、あんたの使った魔法の仕業か?」
「ああ。"革命の怒鎚"は、風の魔力や風圧などの"力"を溜め込み、一気に開放する魔法だ。対象は吹き飛ばされながら全身を無数の風の刃で切り刻まれる。並の魔法や既知の魔法では傷付けるどころか、命中さえままならんからな、吹っ飛ばしつつ始末するのが最適と考えて新たに習得した」
「あんなとんでもねえ威力を出せるもんなのかよ」
「事前準備の賜物だな。監獄内で最も風の魔力の強い場であるここを戦場に選び、事前に見えにくいよう魔法陣を描いておき、風石と魔力増幅の宝石を身につけて増幅させた魔力を全部"四方ノ虚装"で作った剣に集積させて放ったんだ。この剣が一番威力を伝えやすく、命中させやすいのも実験済だ」
「か、簡単そうにおっしゃってますが、あれだけの魔力、調整や制御を一歩間違えたら暴発ものですよ!? しかもあれだけ剣を空振りさせてたのも、"力"を上乗せするためですよね?」
「みだりに俺を攻撃しようとしない、奴の"愛"に甘えさせてもらったまでさ。相手が奴でなければ、暴発させてここら一帯を吹き飛ばしてしまっていただろうな」
「……あんたのことだ、その甘えとやらも計算済みなんだろ」
「バレてしまったか。奴が最も無防備に攻撃を受け止めてくれる時機は、戦いに飽きる直前だと踏んでいた。
アニンの武器が破壊されたのは、いい目安になった」
ここでソルティが小さく息を吐いて、真剣な顔でアニンのことを見た。
「利用したことを詫びはしないが……俺が手柄を頂いてしまったことは詫びよう。すまんなアニン」
「いや……正直釈然とはせぬが、先に告げた通り、時の運だ。気になされるな。そもそもソルテルネ殿がいなければ、勝利さえ叶わなかっただろう」
砕かれた聖剣から視線を外し、アニンが言うが、その顔は晴れやかとは言い難かった。
「相手がいくら人間離れした化物でも、あんな勢いで吹っ飛ばされながらズタズタに切り裂かれりゃ、生きちゃいないだろうな。広範囲に死体がバラバラに撒き散らされちゃあ、達成感は今一つ感じられないだろうけど」
「達成感? そのようなもの、どのような仕留め方をしようと、初めから有りはしないさ。アニン、君もそうだろう?」
「そうだな。だが、仕果せはした。それで充分だ。ここまで付き合ってくれたこと、感謝するぞ、ユーリ殿」
「俺は特に貢献できてねえよ」
そう答えながら、俺は何とも言えない安堵感を覚えていた。
生きてて良かったな、アニン。