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69話『アニンとソルテルネ、仇に挑む』 その1

 さて、やっと空白の皿から課せられた任務も終わった。

 目の前に並べられたソバコンワの鎧の部品を眺めていて浮かんでくるのは、達成感でも安堵感でもなかった。

 ここまで辿り着くのに、色々なものを失ってしまった気がする。

 感情が薄くなってしまっているのはそのせいだろうか。


 まあいいか。まずは脱出する手筈を整えるのが先決だ。

 確か皇帝は、申し出ればいつでも出獄の手配をしてくれるって言ってたな。

 5層に落ちてた時は外部まで声が届かなくて使えなかったが、今の身分ならすぐにでも伝わるだろう。


 あと1つの懸念材料は、アニンに仇のことを伝えるかどうかだが、よくよく考えてみれば迷うまでもなかった。

 あいつが、目的を果たさないまま監獄から出るなんて話に納得する訳がない。

 それに、伝えなければスールが急襲してくる危険性だってある。

 つまり、伝えるしかないって訳だ。


 俺がしてやるべきは、目的を果たさせてやる手助けをするのもそうだが、何よりあいつを絶対に死なせないことだ。

 俺も腹を括らねえとな。


 シィスとも再度相談した結果、少し時間を空けてから伝えることにした。

 時間を空けたのは、シィスが何やら準備をしたいからだそうだ。


 シィスと決めた通り、少し時間を空けた後、俺はアニンにスールと会った事実を伝えに行った。


「……そうか」


 アニンは、しばし黙っていたことを怒りもせず、責めもせず、神妙に聞いてから、


「私を死なせまいと、伝えるか否か逡巡していたのだろう。気を遣わせてしまったな」


 意外なほど冷静に、俺の方を気にかける振る舞いまで取ってみせた。


「相手がどうであれ、私は戦うぞ。その為にこの監獄まで来たのだ」

「そう言うと思ったぜ。止めねえよ。だけど、絶対死ぬなよ」

「承知している」

「あとな、ソルティにも伝えるからな。あいつにとってもスールは仇だからな」

「うむ、異存無い」


 心情的な問題だけじゃなく、勝率を少しでも高めるためだ。

 1対1より2対1の方が有利になるからな。


「――アニン=ドルフと共に戦う件、委細承知した。奴も条件を飲むだろう」


 ソルティの方も、不満を示すことなく快諾した。


「ただしユー坊、お前さんの助太刀は一切無用だ。シィスにも伝えておいてくれ」

「皆まで言うなって。アニンからも釘刺されてる。……で、勝算はあるのかよ」

「無い」

「は?」

「結局、最後の所は策よりも溜め込んだ執念。男の戦というものは、そんなものではないか? 」


 本気で言ってるのか本音を隠すためか、こいつの人を食ったようなツラだと余計に判断がつかない。


「だが、共闘相手と打ち合わせはしておきたいな。会わせてくれ」


 何というか、すっかり俺とシィスは使いっ走りというか、連絡係だな。






 そしてとうとう、戦いの時はやってきた。

 場所はソルティが指定した、大監獄の中央に位置する広大な中庭。

 普段は1~3層の囚人用に開放されていて、運動や賭け事などの社交場として利用されているが、今は完全に仇討ちの場として貸切状態になっていた。


 空は快晴で、空気は張り詰め、時折吹き抜ける風は肌寒い。

 円形に広がる、荒れた芝生の中央に立つのは俺とシィス、そして今回の主役――アニンとソルティ。

 スールはまだ来ていなかった。


 果たして勝ち目はあるのか。

 不安は消えないが、事ここに至ってはもう信じるほかない。

 詳細を教えてはもらえなかったが、準備期間のうちに2人で何やら打ち合わせはしてたみたいだし、上手く行くことを祈ろう。


 アニンの服装は、懐かしのビキニアーマーに変わっていた。

 意匠が若干異なっていて、色も赤ではなく黒だが。

 馴染んでいるのに近い装備の方が気合いが入るんだろうか。ってかあれもわざわざ調達したのか。


 調達といえば、腰には新しい剣が下げられていた。

 柄の白と鞘の赤の対照性が鮮やかで美しい造形だ。


「あの剣って何なんだ」

「元4層管轄大臣・エビキュアが所有していた魔具、聖剣ドミーフィザです。所持者に生命の加護を授ける効力があります」

「凄えな、そりゃ」

「使用するには魔具自身に認められる必要があるのですが……あの様子なら大丈夫みたいですね」

「お前もやり手だよな。いくら死んでるからっつっても、大臣の所有物を拝借しちまうなんてよ」

「そうでしょうか」


 しれっと答えるシィスについ苦笑してしまう。

 あの聖剣が、愛剣を失って"技"を使えない不利をどれだけ補ってくれるかが重要だな。


 と、俺達を取り巻いて見ている囚人がざわつきはじめる。

 来たか。図らずも俺達は動きを同期させて、気配のした方角に目を向ける。


「ごっめ~ん、寝坊しちゃった~」


 気の抜けた声と共に小走りでやってきたのは、あのツァイ特有の赤い詰襟ワンピースに身を包んだオカ……女(一応な)この大監獄の頂点に立つ、スール=ストレング。

 武器や道具の類は一切所持しておらず、丸腰だった。


「"外"での用事が長引いちゃって。待った?」


 まるで逢引きの時のような振る舞いだが、俺を含め誰も何も言わず、緊張感を解きもしなかった。


「待たせ過ぎだ」


 唯一、ソルティだけは、普段の脱力した調子を崩してはいなかった。


「久しぶりね、ソルテルネ。最後に会ったのはいつだったかしら?」

「俺が監獄入りした当日以来だ」

「マメね。そういう所が好きよ。それにその綺麗なお顔も相変わらず素敵だわ」


 スールが、整った顔を心から嬉しそうにほころばせ、声を弾ませる。


「お前も相変わらず美しいな」


 ソルティから怒気や復讐心は感じられない。

 いつも通りの飄々とした空気を、一切崩していない。


「お世辞はやめてちょうだい」

「本音さ。お前は美しすぎて……醜い」


 ソルティが右手を差し出し、静かに魔力を高め始める。

 ……もうやる気か!


「力は外なる天からの授かり物、才は内なる地からの授かり物、象るは狭間なる人からの生み出し物――"四方ノ虚装・翠玉"」

「"四方ノ虚装"……場に存在する魔力を集め、武器として具現化する魔法ですね。"翠玉"ということは、風系統ですか」


 シィスが眼鏡に手をあてて解説する。

 そして説明の通り、開いた右手の上に、翡翠色の輝きを放つ刺突剣が出現した。


「この時を待ったぞ。今こそ……あいつの無念を、汚れを雪いでみせる。言葉は不要、苦痛の呻きを上げ、苦しんで死ね、スール=ストレング」

「あらあら、まだあの子の幻影に囚われちゃって。でも、そういう所も凄く愛おしいわ」


 白い頬に薄桃を差しながら、無防備すぎるくらいにぷいっと体をアニンの方へ向ける。


「それと、あなたがユーリちゃんの言っていたアニンちゃんね。改めて自己紹介しておくわ。あたしが、あなたのお母様を、バラバラの、グチャグチャに改造して、キンダック皇帝陛下に献上した張本人よ」

「……」


 アニンは腰に下げた剣を抜くのみで、何も答えなかった。


「あら~、無粋ね~。それとも、もう話を聞けないほどカンカンなのかしら?」

「外道の言葉は理解出来ぬ」


 静かな声の薄皮一枚隔てた下で、全てを焼き尽くすほどの復讐心が煮えたぎっているのが分かった。


「このアニン=ドルフが、貴様を屠る」

「素敵な殺気ね。やっぱり敵討ちというものは、化粧のように人を美しく飾り立ててくれるのね」


 スールは全く意に介さず、今度は俺達の方を見てきた。


「ユーリちゃん、眼鏡のお嬢ちゃん。いつでも2人の手助けに入って構わないわよ。遠慮しないでどんどん卑怯な手も使ってね」

「2人とも、この前言ったように、助太刀は無用だぞ」

「ソルテルネ殿の言う通りだ」

「分かってるよ。手は出さねえ」


 とは言ったが、もし殺されそうになったら、罵倒されようと恨まれようと助けに入るつもりでいた。

 当然、事前に食を断って、力を使える状態にはしてある。

 とりあえず考えているのは、ブルートークで絶え間なく呼びかけて、相手の集中を削ぐという手だ。

 "手"は出していないから、約束を破ったことにもならないしな。


 とりあえずは、邪魔にならないよう離れとくか。

 シィスを促して3人から距離を取り、ホワイトフィールドを張って成り行きを見守ることにした。

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