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68話『ダシャミエ、闇の深淵で眠る男』

 スールとのお茶会を終えた後、大臣達の全滅が囚人たちに知れ渡るよりも早く、俺達はすぐさまアニンやソルティと接触を図り、5層にある"自由への道"へと赴いた。

 シィスとも相談した結果、まずはダシャミエとの接触が最優先だということで、2人に先刻の出来事を伝えるのはひとまず保留にした。

 シィス的には任務を済ませたいからそう主張したんだろうが、スールと戦闘になった時のことを考えれば俺も賛成だ。


「友の頼みだ、喜んで手を貸そう」


 事実を隠しつつ事情を話すと、ソルティは二つ返事で協力してくれた。






 "自由への道"は、相変わらず静かに暗黒色の水を湛えていた。

 できるならここへはもう来たくなかったんだが、今はアニンたちがいてくれるからマシか。

 ちなみに今も死人が出た場合、ここを使って処理している。


「死の臭いに満ちた場所だな」

「分かるのか? 俺には無味無臭にしか感じられねえけど。犬並みの嗅覚してんな」

「読み取れぬとは、まだまだだなユーリ殿」

「まあまあ。それでソルテルネ氏、どのようにこの中へ? 念の為、解毒剤は調達してありますが」

「至って単純、俺の魔法を使うだけさ」


 そう言うや否や、ソルティは魔力を高め始めた。


「――頼りなくも確かに在るは未踏を征く意志、道無き道を撫で征く"跡無き渡"」


 ソルティが用いたのは、水を弾いたり、水上を浮遊して移動できる初級の水系統魔法だった。

 以前ティパスト川を渡る時、渡し守のおっちゃんも使ってたっけ。


 しかしソルティの魔力は、おっちゃんとは比較にならなかった。

 墨のように真っ黒い水を巻き上げ、かつ俺達には一滴も当たらないよう、さながら"母胎繭"にも似た防壁がたちまち完成した。


「初級魔法をここまで使いこなすとは。見事だな、ソルテルネ殿」

「お褒めにあずかり光栄だ。このまま水を弾き続けながら少しずつ降りていく。決して俺のそばを離れるなよ」


(あまり寄り添いたくはないが)言いつけ通りソルティに近付き、俺達は水を掘るように掻き分けて"自由への道"の底へと潜っていく。


 魔法の性質上仕方ないのは分かってるが、どうも足元がフワフワして……

 ソルティを信用してない訳じゃないが、やはり一抹の不安は残る。


「心配するな。俺の魔力は容易く途切れはせん」


 魔法を発動させ続けながら、ソルティが涼しげに言う。


 潜り始めてすぐ周囲が完全な暗闇に包まれたのも相まって、まるで宇宙空間へ放り出されたような気分だ。

 灯りとして太陽石を持ってきて本当に良かった。


「エピアの檻を思わせるな」

「確かに似てるな」


 暗闇と静寂が支配している所、生命の気配がない所なんかも似ている。

 ただこっちには光と熱を放つ大悪魔はいないが。

 そのため、幻想的な雰囲気がないって点では違ってるか。


「あちらの方が良い場所だと思うぞ。この水は猛毒だからな」

「え、マジかよ」

「飲んでしまえばばたちまち苦しんで死に、浸かり続ければ少しずつ静かに溶けて骨も残らない。当時飲まないで正解だったなユー坊」

「……」


 さっきシィスが解毒剤を用意したって言ったのは、万が一水を体内に取り込んでしまった場合を想定してか。


「む、何かあるな」

「あれ、もう底か? 意外と浅いんだな」


 誰よりも早く何かに気付いたアニンが、底の方を指差したが、俺の視力では……


「ええ、底に人型のものがありますね。甲冑、でしょうか?」


 俺の……視力、では……


「なんだユー坊、見えないのか」

「うるせえな。あんたには見えてんのかよ」

「おっと、俺は魔法に集中しているんだ。みだりに話しかけないで頂きたい」


 この野郎……

 と、俺の目にも段々と、水底に何かがいるのが見えてきた。


 焦点を合わせた位置に、闇から滲み出すようにうっすら浮かんできたのは、シィスの言う通り金属の塊――甲冑だった。

 あれが恐らく……


「さて、どうする。ここで声をかけるか、それともこのまま底まで降りるか。敵意は感じられないから、攻撃はしてこないだろうが」


 一時停止させて、ソルティが尋ねてきた。


「呼んでみっか。おーい! あんた、ダシャミエかー!?」


 大声で呼びかけてみたが、聞こえてないのか、意図的に無視してるのか、一切反応はなかった。


「男嫌いなのかもしれんぞ」

「では、私が呼んでみましょうか? ……ダシャミエさぁぁぁん!!!」

「おま、意外とデカい声出せるんだな……」


 だが、鼓膜が痛くなるようなシィスの渾身の叫びでも、相手は微動だにしなかった。

 ソルティは無言でため息をついた後、ゆっくりと底への降下運転を再開した。


 水底は砂が堆積していて、魔法の防護膜と接触すると、軽い煙となって舞い上がった。

 さて、シカトぶっこいて下さったダシャミエさんは、一体どんなご尊顔を……


「……おいおい、ちょっと待て」


 俺達はようやく、ダシャミエが完全無視を決め込んでいた理由を理解した。

 太陽石の灯りに照らし出されたのは――


「もう死んでるって、そんなのアリかよ」


 甲冑を着込んだ白骨だった。


「本当にダシャミエ本人なのだろうか」

「って言われてもな、俺は骨格から生前の顔を割り出すなんて真似はできねえからな。おいソルティ、あんたは分からねえか」

「俺にも分からん。潜る前に1、2度話した程度だからな。ただ、その時はこのような甲冑を身につけてはいなかったぞ」


 謎は深まるばかりだ。

 拷問でも受けさせられてたのか、それとも死んでからここへ放り込まれたのか。

 そもそも、何で全部を溶かす水の中で骨だけ残って……


「見て下さい、あそこに石板があります」


 と、シィスが声を発する。


「どれどれ」


 指差した先――遺体の後ろ側に回り、砂に半分埋もれていた石板を拾う。

 太陽石で照らして目を凝らしてみると、何か文字が書いてあるのが見えた。


「何と刻まれているのだ?」

「待て待て。ええっと……『我が名はダシャミエ、真の名はクンターン=キンダック。ツァイ帝国皇帝、カオヤ=キンダックが一子なり』……え?」


 驚いたのは、白骨死体の正体がダシャミエだと正式に判明したからじゃない。


「なるほど」

「ダシャミエ氏こそが、行方不明扱いになっていた、ツァイ帝国のもう1人の皇子・クンターン様だったのですね」

「続けるぞ。『我、ツァイ皇家に根付きし暗黙の掟に従わんが為、偉大なる父を超えんが為、兄・ジャージアと力を合わせ、皇帝を討つ。

 長幼の序の理に従いし我が役目は、この死せる力満ちし場にて、身に纏いし魔具"ソバコンワの鎧"に力を注ぎ続けること。また、我が命尽きるまで魔力を束ね続けること。以上の目的成りし時、皇帝を討つ、すなわち父への孝を果たせし準備整わん。

 近き日か遠き日か、我が前へ訪れし名も知らぬ者よ。ソバコンワの鎧を我が兄の下へ届けよ。そして我が身はこのまま、暗黒の水底へ打ち捨てよ。クンターン=キンダック』」

「随分表現が砕けていないかユー坊」

「分かりやすくしてやったんだよ、感謝しろ。つーか文句つけるなら素っ気ない原文書いた皇子様に言えよ」


 とりあえず、別にダシャミエ(クンターン)が死んでても問題はなかったってことと、皇帝を討つための何らかの準備は既に整っているってことは分かって安心する。


「このソバコンワの鎧ってどんな魔具なんだろうな。誰か知ってるか?」


 闇とほとんど同化するかのように漆黒に塗り潰された、やけに曲線的な形をした鎧に目をやりながら3人に聞いてみたが、一様に"分からない""知らない"という答えが返ってくる。


 それと気になるのは、"魔力を束ねる"という行為。

 瞑想でもして魔力を高めてたのか、あるいは何らかの詠唱をしていたとか。

 後者だったら、ミスティラの父親が発動させようとした"楽園の燦"みたく、命ある限り延々と詠唱を続け、死を以て完成とする種類の魔法でも使ったんだろうか。


 ま、考えても分かりはしねえし、放っとこう。

 頼まれたことをやるだけだ。


「さっさと鎧を引っぺがしてここを出ようぜ」

「そうだな」

「どうやって外せばいいんだこれ。ていうか呪われたりしねえだろうな」

「大丈夫ですよ。多分」

「うおっ、重てえ! 部品の1つ1つが重てえ! おいソルティ、あんたも手伝えよ」

「馬鹿を言うな。俺は魔法の維持で手一杯なんだぜ」


 ちっ、こうなるんだったら、芸人3人組なりクィンチなり連れてくるんだった。

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