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67話『スール、絶対なる監獄王』 その3

「ねえユーリちゃん、お嬢ちゃん。"愛"って、何だと思う?」


 落ち着きを取り戻す猶予もなく、またも監獄王の脈絡なき気まぐれな質問が飛んできた。


「発情や相互扶助といった、生存に関連する現象を包括的に、かつ婉曲表現したものだと思います」


 シィスの返答がやけにゆっくりに聞こえたのは、俺に考える時間を与えるためだろうか。


「それは1つの正解ね。ユーリちゃんは?」

「燃料、かな?」


 せっかく気を遣ってもらったのに、この程度の答えしか出せない自分が情けない。


「それも正解ね。というかユーリちゃんったら情熱的~!」

「スールの答えも聞かせてくれよ」

「……ひ・み・つ」


 人差し指を唇にあて、片目をつぶられる。うえっ。


「ただね、あたしがソルテルネに抱いている気持ちは、紛れもない愛よ。あたしは、彼を誰よりも愛している」


 まるで恋に恋する乙女のような顔だ。うえっ。

 でも、嘘をついているようには全く見えなかった。


「それと、ソルテルネと同じくらい、彼の婚約者を愛していたわ。そう、どちらも愛しているから、彼女を犯して、殺したの。それが、あたしの愛の1つの形」


 こいつ、何言ってるんだ?

 さっぱり理解ができない。


「2人ともちゃんと自分なりの答えを持っているのは立派よ。あのバカ大臣たちにも見習ってもらいたかったわ。口先ばっかり達者で、全くまともに答えてくれないんだもの。あんな醜い連中、"作品"にもならないわ」

「作品?」

「最近はもう飽きちゃったからやってないんだけど、生きたまま人の体を改造するのに凝ってた時期があったのよ。楽器とか家具とかにしてね。どうしてか、愛について持論のはっきりしている人や、愛情深い人の方が仕上がりが良くなるのよ」


 胃の中に手を突っ込まれてかき回されるような、吐き気を催す嫌悪感。

 自分達もそうされるのか、と想像したからじゃない。

 微塵の罪悪感も、狂気も滲ませず、人としてやってはいけない禁忌を、日曜大工と同列に語っているからだ。

 

 それと連動して、不意に過去の記憶が蘇る。

 皇帝の暗殺に失敗した後、宮殿の宝物庫で……


「どうしたの? 見てみたいの? ごめんね、作ったものは手元に残さない主義だから、今は部屋に置いてないのよ」

「質問したい」


 胃の中のものが少しずつ登ってくるのを押し戻しつつ、確認すべく尋ねる。


「な~に?」

「その作品、ツァイ帝国の皇帝に献上したことはないか」


 スールは記憶を引っ張り出すように片手を頬に添えた後、ポンと手を叩き、


「ええ、大分前だけど、確かに陛下へ献上したわ」


 明言した。

 じゃあやっぱり、あれをやった犯人は……!


「どうして知ってるのかしら?」


 ここは正直に言ってやるべきだ。


「あんたが献上したその"人"は、俺の仲間の母親なんだよ」

「そうだったの? 面白そうな話ね、詳しく聞かせてくれる?」


 期待なんかしちゃいなかったが、やはり罪悪感なんてもんはないらしい。


「――……それとな、娘本人はこの監獄にいるぜ。あんたがここに収監されてると皇帝から聞かされて、自分の意志で入ったんだ」


 詳細と一緒にアニンの存在も教えてやると、犯人はにっこりと笑った。


「その子はさぞかしあたしを憎んでるでしょうね。楽しみだわ。それに手間も省けていいわね。そしたら……ユーリちゃん悪いけど、1つお願いしていいかしら? 好きな時に1回会ってあげるって、その子に伝えて欲しいの。あたしから会いに行ったら、すぐさま戦いになっちゃうでしょうから。しっかり準備を整えてもらわないと」

「……分かった」

「話変わるけどユーリちゃん。あなたは、あたしを憎まないの? 大切なお仲間のお母様を、あんな風に変えちゃって。しかもあたしみたいな訳が分からない猟奇殺人鬼、あなたの性格的に大嫌いでしょ?」

「……正直、吐き気がするくらい不愉快に思ってる。あんたを真っ当に好きになる奴なんか、この世界にはいねえんじゃねえか?」


 つい抑え切れない感情に任せて、本音を口にした時だった。

 

 部屋全体の温度が急激に低下し、吹雪の中にいるような猛烈な冷気が支配した。

 同時に、酸素が突然全て無くなってしまったかのように、呼吸ができなくなる。


 スールの穏やかな表情も、紅茶を飲む動きも全く変わっていない。

 シィスは俺を不安そうに見ているが、特に何も感じていないようだ。


 ……俺にだけ、向けてるのか?


「……かっ……!」


 ……重力が……急に数倍に……

 花が……全部枯れて……!

 これが……こいつの殺気……!?


 逃げたい……!

 逃げられねえ……!

 ダメだ、押し潰され……!


「合格よ、ユーリちゃん」


 王の一言で、猛烈な圧力が一瞬の内に完全消滅し、楽になった。


「感度がいいわね。もし何も感じていなかったら、バラバラに分解しながらブッ殺してたわ。ちょっとイラっとはしちゃったけど、怒ってないから安心して」


 どうやら知らない間に、相当危険な綱渡りをさせられてたらしい。

 そしてこの時、俺達を取り巻く花は一輪たりとも枯れていなかったことにも気付いた。


「驚かせちゃってごめんね~。あなたはあたしを嫌って憎んでいても、あたしはあなたが好きよ。愛じゃなくて好感だけどね。だからまだ殺さないわ。その代わりに何か1つ、あたしの好きなユーリちゃんのお願い、聞いてあげるわよ」


 だが、全くの無為ではなく、思わぬ賞品を得られた。

 とはいえ、何を頼むべきか。

 ……あ、そうだ。せっかくだから、未だ手がかりのないあれを……


「この監獄にいるらしい、ダシャミエっていう囚人のことを何か知ってたら、教えて欲しい」

「あら、そんなことでいいの? 欲がないわね~」


 一体俺が何を頼むと思ったのか、きょとんとされる。


「いいわよ、教えてあげる。彼だったら多分、"自由への道"の底にいるわ」

「あそこに……?」


 考えもしなかった場所に、今度は俺がきょとんとしてしまう。


「分からなくても無理ないわよね~。ていうか、何が楽しくてずっと潜水してるのかしら」


 焼き菓子を食べ終えた後、スールは呆れたように軽く首を振る。


「底へ降りるのは、ソルテルネの力を借りなさい。彼ならきっと何とかしてくれるはずよ……あっ、いっけない! 忘れてたわ!」


 今度は突如、ガタっと椅子を揺らして立ち上がった。


「ごめんね、あたし、用事があってまた少し外へ出なきゃいけないの。残りの紅茶とお菓子は2人で全部召し上がれ。えっと、あと……空いた大臣の席は、あなたたちが好きに埋めていいわ。それと……」


 スールは少し間を空けてから、


「ソルテルネにもよろしく言っておいてね。また近い内に会いましょう、って」


 そう言付けを依頼して、部屋を出ていった。

 どこまでも身勝手というか、唐突というか、脈絡がないというか、慌ただしいというか……


 直後、すぐ近くでガチャンという音が鳴る。


「ご、ごめんなさい!」


 シィスが、紅茶の碗を取り落とした音だった。


「いや、落っことした気持ちはよく分かるぜ。実は俺も今ブルっちまって、便所が近くなっちまってる」

「正直、あの方には関わらず任務を済ませたかったのですが……」

「確かにな」


 あの時垣間見せた殺気……間違いなく、キンダック皇帝以上だ。

 俺の餓狼の力が全力で使える状態でも歯が立たないんじゃないだろうかと、引け目を感じさせるには充分すぎるくらいだった。

 そもそも、あんな奴を倒せる生物がこの世界に存在するのか?

 今まで見てきた、戦ってきた誰よりも強大で禍々しかった。


「ですが、ダシャミエ氏の居場所を知ることができたのは幸運でしたね」

「ああ。それと、アニンの母親の仇もな」


 ただ、すぐにでも真実を告げるべきかどうか。

 今のあいつに伝えても、素っ裸で死地に送り込むようなもんだぞ。

 どうするのが最善か、その辺のことも考えとかなきゃな。

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