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67話『スール、絶対なる監獄王』 その2

 監獄王・スール=ストレング。

 奴の前には、散々戒めようとしていた驕りや過信なんて、簡単に吹き飛んでしまった。

 ソルティの奴、あんなのを殺そうとしてるのか?


 お茶なんかしたくない、という思いが心を占めるが、行かなければ、俺達を待つのは……大臣たちと同様の末路。

 それだけは、何としても避けなければならない。

 でも……


 俺もシィスも、明瞭な答えを出せず逡巡している内に、部屋を片付けるための人員とスールがやってきて、


「お待たせ。準備もできてるわよ。さ、行きましょ」


 彼(彼女?)の独房へと連れていかれてしまう。


「はいはい、座って座って。遠慮しないでくつろいでちょうだい」


 この大監獄の頂点に立つ王の領域を構成する内装は、漠然と予想していた選択肢の1つに近かった。

 とはいえ、実際に立ち入ると、中々に違和感を覚えてしまう。


 一言で表すなら、床に無数の花が咲いている、石造りの広い部屋。

 しかも、それら全てがきちんと花瓶や植木鉢、花壇に入り、なおかつ色や品種を考慮した上で幾何学模様的に配置されていて、病的な印象を受けた。

 寝具などはなく、ただ部屋の中央に、大理石でできた小さめの円卓と、純白の木でできた曲線的な形状の椅子が3つ置かれている。


「凄いでしょ? 留守中、1つでも枯らせたらブッ殺すって、世話係に言ってるのよ」


 その世話係とやらに対して、同情を禁じ得ない。


「どうぞ」


 導かれるまま、むせ返りそうなほど濃密な花の香気で満ちた部屋を進み、椅子に座る。

 天井から降り注ぐ太陽石の光が、まるで春の陽気のように暖かいのを、この時何故か妙にはっきりと感じた。


「お茶、あたしが淹れてあげるわね」


 座るなり、スールが俺とシィスの碗に琥珀色の液体を注ぎ入れる。

 湯気より漂う香りから、紅茶だと判断できた。

 優雅な所作といい、花をあしらった茶器の細微な意匠といい、不覚にもまるで王侯貴族の催しにでも参加しているような気分になってしまう。

 おまけに卓上には、部屋を彩る花々にも負けないくらい色彩豊かな菓子類が並べられている。


「遠慮せず召し上がれ」


 空腹感を消してしまうのはまずい。

 だが、一切手を付けないってのも、それはそれでまずい。


 ……少しずつ手をつけるのが最善か。

 既に紅茶に口をつけているシィスにならって、俺もわずかな量、含む。


 鼻と喉の間にわずかな引っかかりを残しつつも、すっと通り抜けていく清涼感。

 程よい熱さに、格調高い芳香……

 紅茶に疎い俺でもすぐ分かるほど、美味かった。


「いかが? 世界の王侯貴族が愛飲している最高級品の紅茶は」

「凄く美味い」

「こんな美味しいもの、初めて口にしました」

「や~だお嬢ちゃん、眼鏡が曇ってるわよ」

「あ、ほんとですね」


 笑うスールにつられ、俺とシィスもわずかに表情を緩めてしまう。


「ここで質問。あたしは男でしょうか、それとも女でしょうか」


 不覚にも弛緩しかけた雰囲気は、脈絡なく、唐突に突きつけられた際どい質問によって千切れそうなほど引き締められた。

 何つうこと聞いてきやがるんだ!

 ちらりとシィスに視線を送ると、眼鏡を拭う手を止めたまま無表情で固まっていた。


「相談は禁止よ~」


 スールが、恐るべき洞察力で制してくる。

 くそっ、考える時間もかけちゃまずい。


「……男」


 ここは『媚びるな』というソルティの助言に従った。


「……」


 紅茶を持ったままの真顔で、スールの動きが停止した。

 目線は俺でなく紅茶に落とされていて、怒気は感じられないが……


 ……まさか、無視してるのか?

 俺、間違えちまったのか!?


「女性です」


 横からすっとシィスが答えを差し込むと、パッと表情が明るくなり、


「正解! う~ん、流石の眼力ねお嬢ちゃん! その眼鏡は伊達じゃない、って言ったところかしら? あ、あたし今上手いこと言わなかった!? きゃはははは!」

「咄嗟に思いついた発想力、素晴らしいと思います」

「でしょ? でしょ?」


 自分で自分の冗談に笑い始める。

 ていうかシィス、よく話を合わせられるな。


「あ~ごめんね! 別に正解を聞きたい訳じゃなかったのよ。ところでユーリちゃん、あまりお菓子食べてないんじゃない? 甘いものは嫌い?」

「いや、そんなことはないけど」

「だったら遠慮しないで食べて食べて!」


 別の意味で遠慮してたってのに、細かい所に気付きやがって。

 と言いつつ、手が勝手に焼き菓子を掴み、バターが香るそれを口に運んで咀嚼していた。


「美味い……」


 緊張で味なんか分からないんじゃないかと思ったが、非常に美味かった。


「そうでしょ? それ、あたし自ら足を運んで頂いてきたタリアンの最高級品なのよ。あとね、そこの果物がたくさん乗っかったやつは……」


 "頂いてきた"という部分に突っ込んではいけないと思った。


「さっきはいきなり性別のことなんか聞いて、ビックリしちゃったでしょ?」

「そうだな」


 今も心臓がドキドキしている。別の意味で。


「どうしてこんな質問をしたのかっていうとね、あたし、王って呼ばれてるじゃない?」

「ああ」


 すぐ話があちこちに飛ぶ奴だな。


「そういう風に呼ばれるの、あまり納得行ってないのよね~。あまり王様っぽく思われてないこと自体はいいのよ。フラフラ出歩いてばっかりだし、統治なんて人に任せっきりで全然やってないし、一番上の立場にいるのも、単に一番強いからだし。

 問題はそこじゃなくて、王様じゃなくて女王様って呼んで欲しいのよね~。まあ今更だし、訂正するのもめんどくさいから、いいけど。

 でも、こんな美しい存在を捕まえて王様は、ねえ?」


 いやいや、確かに美形の部類ではあるし、体型も下手な女よりは綺麗だし、声もあまり違和感ないし、気持ち悪さはごく薄いけど、完全に女と言い張るのは無理があるだろ。

 つーかよく喋る奴だな。

 ただ、話の結論に重点を置いてない所とかは既に充分女っぽいけど。


 ……ん?

 そういえば今気付いたけど、こいつも首輪がついてないな。王の権限か?


「首輪? 外しちゃった」


 細い指で喉元をなぞる仕草を見て、また視線を読まれちまったかと反省する。


「だってあれ、ダサいんだもの。どの服装にも合わせ辛いし。そもそもあたし、魔法も技も使えないから、つける意味がないわ」


 意外だった。

 そして初耳だった。

 ソルティはそこまで教えてはくれなかったから。


「そうそうユーリちゃん、あなた、不思議な力を使えるんですって? 隠さないで教えてちょうだいな」


 来たか。

 大臣共じゃなく、王の口からというのは予想外だったが。

 できれば教えたくはなかったが、聞かれれば話すつもりでいた。


「俺の力は……――」

「――……ウッソ~!? 本当に!? ねえねえ、ちょっと使って見せてよ」


 これも想定内だったから、脳内に用意した台本を読み上げるだけだった。


「じゃあ、ブルートークを試してみるか。頭の中で、俺と会話する想像をしてみてくれ」


 ――聞こえるか?

 ――あら、本当だわ。すっご~い!


 他愛ないやり取りを1つしただけだってのに、脳の隅々まで舌を這わされたようなおぞましさを覚えた。

 ただ、これは決して無駄にはならないはずだ。

 こうして回線を繋いでおけば、今後何かの役に立つかもしれない。


「ねえねえ、他の力も使って見せて! そうね、あれがいいわ。クリアフォースだっけ? ちょっとあたしにブチかましてちょうだいな」


 こっちの意向なんぞ聞く耳を持たないのか、席を立ち、手招きして誘ってくる。

 まあ、やれってお達しだから、やるけどさ。

 懸念があるとすれば、万が一これでスールを殺してしまって、ソルティが振り上げている復讐の鎚の振り下ろし所を奪ってしまった場合だ。

 そうなっても恨むなよと、心の中でソルティに呟いてから、俺も立ち上がった。


「手加減しちゃダメよ」

「分かってるけど、お茶菓子が腹に入ってるから、全力は出せないぞ」

「あっ、そっか。まあいいわ。出来る限りの本気でやってちょうだい」


 お望み通りにしてやるよ。

 殺す気で、わざと間を空けてからの不規則な拍子で、不可視の力の塊を頭上から叩きつけた。


 衝撃音。

 力の余波が、部屋に存在する物体を振動させる。


「……えっ」


 思わず、驚きの声を漏らしてしまう。

 スールは頭上で手を交差させ、簡単に耐えてしまったからだ。

 完璧に攻撃する瞬間を把握してないと出来ない芸当だ。

 それだけじゃない、生身のまま無傷で耐えるなんて……


「うん、いい感じね。ちゃんと殺すつもりで来たし」


 防御姿勢を解いたスールは目を細め、


「ありがとね」


 再び着席し、紅茶を口に含み出す。

 それだけかよ。

 自尊心を少し傷付けられた気分だ。

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