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66話『ユーリは会う、友と、仲間と……』 その3

 シィスの仕事は迅速だった。

 頼んだ当日の夜に再び現れて、翌日にソルティと会う約束を取り付けてくれたのだから。

 全く、感服と言うほかない。




 指定された場所は、3層の広場だった。

 監獄に入り立ての頃、首輪を爆発させた囚人を目撃し――ソルティと初めて会った場所だ。


「申し訳ありません、あの場所でないと会わないと譲らなかったので……」

「いいよ、すぐ手配してくれただけでも感謝してる。ありがとな」

「私は緊急時に備え、他の囚人の群れに紛れて待機していますので」

「頼む」


 大臣の身分なら、1層の囚人のようにどの階層でも自由に移動することができる。

 もうすっかり評判が広まったのか、移動中にすれ違ったりした他の囚人たちからは露骨に道を譲られたり、頭を下げられたりした。

 中には覚えのあるツラ――俺が5層で虐げられてた時、わざわざ見に来てた奴もいたが、積極的に報復してやろうとは思っていない。

 今はそれよりも、あいつに会うのが先だ。


 約束よりも早めに向かったにも関わらず、ソルテルネ=ウォルドーは、俺より先に到着していた。

 木製の簡素な椅子に足を組んで悠然と腰かけ、あの眠たそうなツラで俺のことを見ている。


 様々な感情が浮かび上がる。

 裏切られた怒り、自業自得だという嫌悪感……

 そして、受けた仕打ちを許してしまいたくなるような不可思議さ。

 様々な対応を事前に想定していたにも関わらず、少なからず俺の心は揺れ動いていた。


「5層でダシャミエには会えたか?」


 最初の一言が、まるで悪びれた様子もなく、形の良い唇から放たれた。


「事情通のあんたなら聞かなくても分かってんだろ。ケツと一緒に頭も緩くなったか」


 腹に力を入れ、言い返すと、更に相手の表情が緩む。


「言うようになったな。目つきも変わったし、身に纏う空気が随分と逞しくなった」

「お陰様でな」

「許せ、とは言わないぞ。詫びもせん。俺は何一つ、間違ったことをしていないと確信している」


 見えない世界にある、感情の水面が静かに沸騰し始めるのを感じる。

 が、無理矢理巨大な氷をブチ込んで冷やす。

 平静さを失ったら負けだ。


「必死に冷静になろうとはしているが、気が済まぬ、納得が行かぬといった顔だな」

「相変わらず占い師みてえによく言い当てていらっしゃる」

「では占い師らしく、道標も示してやろう。提案だ。俺を殴っていいぞ」

「は?」

「恨みつらみを拳に乗せ、顔でも腹でも、好きな所を殴るがいい。罠も何もない、掛け値なしに友情に基づいた提案だ」


 椅子から立ち上がり、両手を広げるソルティ。

 こいつのような洞察力を持ち合わせてはいない俺に、真意は分からない。

 だが、方針は一瞬にして決めていた。


「殴らねえよ。貸しを作ったままにしといた方が使えそうだからな。あっさりチャラにしてたまるか。つーか何勝手に話進めてんだ」


 一息に即答してやると、ソルティは一瞬気の抜けた顔を見せた。

 それを見て、正しさを確信する。


「そうか、まあお前さんの好きにするが……っ」


 言い終える前に、高い鼻を凹ませる勢いで、加減なく思いっきりぶん殴ってやった。

 たたらを踏んで鼻を押さえる様を見て、少し溜飲が下がるのを感じる。


 念の為周辺の気配を探ってみると、息を潜めてこっちの動向を窺っている空気をあちこちから感じたが、囚人も看守も割って入ってきそうな様子はなかった。


 問題は今ぶん殴ったこいつだな。

 一見自然な反応のようだが……


「嘘臭えんだよ。演技しねえで済むようにもう一発行っとくか?」


 声を低くして言うと、ソルティがすっと体を起こし、流れ出る鼻血を拭ってにやりと笑った。


「怒るな。より痛がった方がお前さんが喜ぶと思ってな」

「はっ、痛がるより、気持ちよさそうにしてた方がお似合いだぜ! あの元大臣のブタを悦ばすのにもやってたんだろ!?」

「……ふ、諸君、ご想像の通りだ! フラセースきっての大貴族、ウォルドー家が第2子、この俺、ソルテルネ=ウォルドーは、かつて5層を統括していた大臣・ナトゥに近侍し、男娼となっていた! 偽り無き真実だと、改めて宣言しておこう!」

「なっ……」


 周りに聞こえるようにわざと大きな声で言ってやったら、動揺されるどころか、開き直られた。

 しかも、わずかな羞恥心さえ感じさせず。

 周りがざわつくのも意に介さず、ソルティは泰然と構え、笑みを零し、


「残念だったなユー坊。だが成長したな。それに聞いたぞ。魔法のような不思議な力を、首輪を反応させずに使えるそうじゃないか。そのような切り札を隠し持っていたとは、水臭い奴め」


 あまつさえ気安く肩をバシバシ叩いてきた。

 くそっ、また上を行かれた気がする。

 突っ込み所があるとしたら、未だ整った容姿にそぐわない鼻血を流し続けていることぐらいか。

 治療してやるほどお人好しじゃないが。


 と、ソルティが一瞬だけ真顔を見せて、すぐに戻した。


「そのような挑発にも、好奇や軽蔑にも慣れている。目的の為なら、我が身や誇り、必要とあらば友であろうと投げ売りできるぞ。あいつの仇を討ち、無念を晴らすためならば」


 俺は、こいつの覚悟を甘く見過ぎていたようだ。


「さて、盛り上がってきた所で、俺の部屋に行こうか」

「は? この状況でそんなこと言うか普通」

「だからこそだ。ここではし辛い内緒話をしようではないか。心配するな、裏切りも襲いもせん」


 こいつはまた……


「シィスを潜ませているんだろう? いざとなったら彼女に助けてもらえばいい。さあ、行こうではないか」


 確かに。

 まあ、今の俺には餓狼の力があるし構わないか。

 一応警戒して空腹にもしてあるし。


「ついてってやるよ。男娼の大貴族様」






 2層にあるソルティの独房は、相変わらず殺風景だった。


「さあ座れ座れ。シィス、君もだ。遠慮するな」

「いいえ、私は遠慮しておきます」


 部屋の隅で直立して待機していたシィスが固辞する。

 こうして姿を見せてるのに、まるで調度品の一部になったかのように存在感を消しているのが凄い。


「まあ、無理強いはせんがな」


 呟きながら、あの時と同じように、酒と……うえ、やっぱその珍味は出るのかよ。


「どうだ」

「いらねえ」


 信用云々に関係なく、その野獣の肉の棒は食いたくねえ。


「シィスは? 食うか?」

「……」


 無表情のまま、無言で首を振る。

 悪い、気持ち悪さのあまりつい話を振っちまった。


 1度ならず2度までも拒まれたソルティだったが、気分を害した様子もなく、1人珍味をかじり、酒を流し込み始める。

 おっと、あいつに流れを掌握されちまってるな。


「聞かせろ。何で俺を5層に突き落としときながら、助ける真似をした。生かして苦しませろってブタ野郎の指示があったからか」

「いや、俺の意志だ。お前さんを、友だと思っているからな」

「……舐めてんのか」

「真面目に言っている。噛み砕いて説明しようか。今の俺が最優先にしているのは保身だ。何故ならば、俺は何を犠牲にしても、必ず婚約者の仇を討たねばならんからな。その為には利用できるものは全て利用するし、傷付けも裏切りも、殺しもする。

 "処分の宴"の時は、あの状況でお前さんにもナトゥにも死なれては困るから、俺はあのような行動を取った。そして、可能な限りは友を死なせたくもないから、お前さんを助けた。総括すれば単に優先順位の問題、それだけだ」


 極めて真摯に、あのまっすぐな濁りのない青い瞳を向けて、ソルティは言った。

 ちっ、まただ。

 到底嘘を言っているようには思えない振る舞いをされると、疑い切れなくなっちまう。


「考えすぎる必要は無い。別にお前さんが、俺のことをどう思うのかを強制したり操縦するつもりはない。嫌っても憎んでも構わん。ただ俺はお前さんを友と思い続けているし、必要な手助けも可能な限りするからな」


 杯の中の酒を飲み干し、ソルティは微かに笑って言った。

 俺にはあんたがよく分からねえよ。弟の方とはあまりに違いすぎて。


「という訳で本題に入ろうか。ここに場所を移したのにも理由があるのだぞ。まずは友に忠告をしておきたくてな」


 そう前置きして、続ける。


「とある筋から得た情報だ。直に使者を通して、正式に告達されるだろうが……他の4人の大臣が、先日訴えた食糧問題の回答も兼ねて、お前さんを会食の席に招待しようとしている」

「今更かよ。随分遅えな」

「表向きの理由は、お前さんを新たなる大臣として正式に認め、迎え入れるためだろうが……後は言わなくても、今のお前さんなら分かるな」

「ああ。でも相手が上位の大臣様だろうと関係ねえよ」


 油断はしていないが、気後れするのもダメだと思った。


「ふむ、ではここでかつてお前さんを5層へ落としたことに対する詫びを、形を伴う実利で返すとしようか」


 と、ソルティが懐から、切手ぐらいの大きさの紙片を2枚取り出した。


「これは、俺達にはめられている首輪をただの装飾品へと変えてしまう、夢のような札だ。……何だユー坊、嬉しそうじゃないな。もっと分かりやすく反応すると思ったのだが」

「だって、なあ」


 正直、今更感が強い。

 別に餓狼の力には関係ないし……


「甘いなユー坊。お前さんはこの首輪に秘められた機能の全てを知らない。射程距離こそ存在するが、この首輪は、囚人が魔力や気を放たずとも爆破することができるのだぞ」

「え、マジかよ」

「考えてもみろ。魔法も、技も、お前さんのように不思議な力も持たないが、生身そのものが凶悪な力である囚人がいたら、どうなると思う?」


 ぐうの音も出ない指摘だった。


「頼むぜ、友よ」

「うるせえな」

「まあいい。爆破権限が与えられているのは、監獄長や上位の看守だけでなく……」

「大臣共もって訳か」

「正確には4層までの大臣が、な」

「あんたはどうなんだ」

「疑り深くなったな。そんなもの俺は持っちゃいないさ。あったらとうの昔に有効利用している」


 確かにそうだ。


「今言った通り、緊急起爆を避けられるのだ、お前さんも持っていて損はないぞ。シィスには既に手渡してある」

「本当か」

「はい。効果は保証できます」


 含みのない首肯が返ってくる。


「折角だ。証明してやろう。よく見ているがいい」


 言うが早く、ソルティは杯を手にしたまま、意識を集中し始めた。

 この波動は……魔力!?


「――決して分かちがたき絆、活きたいと願う性、増殖と結合、混成の名は"水命の交わり"」


 微塵の恐怖も見せず滔々と詠唱を紡ぎ、"水命の交わり"――液体を回復薬というか、生命力みたいなものに変える水系統の魔法を使っても、ソルティの首輪は爆発しなかった。

 詠唱を始めた瞬間、思わず体を強張らせちまったが、杞憂だったようだ。


「いい酒だというのに、媒体にしてしまうとは、俺も中々に洒落ていると思わないか」


 おどけながら、ソルティが先程俺が殴りつけた鼻に酒をかける。

 すると、みるみるうちに治癒していく。


「どうだ」

「……もらっとくぜ」


 遠隔爆破を、ホワイトフィールドで確実に遮断できるとも限らない。

 ここは受け取った方がいいだろう。


「そうではない。いい男が戻っただろうと尋ねたのだ。もっとも、俺の容姿があの程度で損なわれはしないがな」

「黙っとけ。長いまつ毛を全部むしり取るぞ」


 そう切り返すと、ソルティは肩をすくめ、紙片を渡してきた。


「どこに貼っても効果を得られるが、目立たない位置の方が良かろう」


 言われた通り、首輪と同じ色をした金紙と銀紙を、あまり目立たない場所に貼り付ける。

 軽く押し付けただけで、瞬間接着剤でも塗られていたかのように、ぴったり吸い付いて離れなくなった。


「お前さんの仲間、アニンだったか。彼女にも渡すがいい」


 ソルティが更にもう1組紙片を取り出す。


「もう持ってないのか」

「他にも使いたい囚人がいるのか。残念だがこれが最後だ。滅多に手に入るものではないのでな、これだけの数を集めるにも相当苦労したんだぜ」

「そうか……」


 せめてメニマにだけでも渡しておきたかったんだが。


「一応、礼は言っとく」

「気を付けろよ。残り4人の大臣はナトゥ以上の曲者だぞ。力を過信しないことだ」

「分かってる」


 モヤモヤが残りはしたものの、利害が一致する限りは敵にならないってことが判明したのは収穫だな。

 だったらこっちも、そのつもりで応対するまでだ。

 友と思ってたいというなら、思わせといてやる。


 そして、上層の大臣4人から正式な告達が来たのは、ソルティの言った通り、少し経ってからのことだった。

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