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65話『ユーリ、取り戻し、奪い取り、失う』 その3

 力を取り戻してからは、拍子抜けするくらい簡単に事は進んだ。


「お、おい、そりゃあ……」

「何だてめえ、様子が……ぐわっ!」

「ぎゃあああっ!」


 餌代わりに、トチップスのジジイの死体を引きずりながら、近寄ってくる囚人を片っ端からぶっ飛ばし、


「ここのクソ大臣はどこにいやがる」

「し、知らねえ……」

「じゃあすっこんでろ」

「ぶえっ!」


 聞き出し、


「てめえは知ってるか」

「た、多分、北東区画の……」

「案内しろ」

「こ、この野郎調子に乗りやがって、食らいやがれ! ……あれ? 届かねえ? 弾かれた?」

「何反抗的な態度取ってんだ」

「おごっ!」


 飛んでくる反撃はホワイトフィールドで遮断し、仮に傷を負ってもグリーンライトで即座に完全回復し、


「ひ、ひええ……」

「ビビってねえでさっさと案内しろ。今の奴みたく粗大ゴミになりてえか」


 脅しをかけていたら、あっさりとブタ大臣のいる空間へと到着できた。

 ちなみにメニマは先刻既に探し出し、保護してある。


 "下女の間"と呼ばれている空洞に踏み入ったあの瞬間は、思い出すだけで虫唾が走る。

 下衆なクソ野郎に組み敷かれていたメニマや、他の女達……

 命は取らなかったが、2度とふざけたことができないように、その場にいたクズ共のタマを1人残らず、1つも逃さず取ってやった。


 そして何より、一番我慢ならなかったのは、まるでずれた命乞いをしてきた奴だ。


「あ、あの若旦那。女をご所望なら、もっといいのが……」

「舐めたこと言ってんじゃねえッ!」


 怒りのあまり、闇の隙間に蠢いてる害虫もろともすり潰してやった。


「悪い、待たせたなメニマ」

「ユリちゃん……あたしのこと、ほんとに助けにきてくれたのぉ?」

「約束しただろ」

「えへへぇ……嬉しいなぁ……ありがとうねぇ」

「礼を言うのは早いぜ。まだ結果を出せてないからな。そのうち解放するからさ、もうちょっとだけ辛抱してくれ」


 本当は傍にいさせておきたかったけど……これから俺がすることを、あいつには見せたくなかった。

 俺は確実に、あのブタ野郎を苦しませて殺すから。

 もう既に人を殺す所を見せてしまって、手遅れだと分かっていてもだ。


 まあ、アシゾン団の3人に任せておけば大丈夫だろう。

 クィンチも……一応、信じて大丈夫なはずだ。


「――き、貴様! 何故ここに!?」


 おっと、そうだった。

 今起こってるこっちの出来事に集中しねえと。


 にしても……メニマの時とは別の意味で気持ち悪くなる。

 こいつの居場所だけ洞穴じゃなく、豪奢な部屋になってる所も、部屋の中に池のような風呂をこしらえてる所も、そこやデカい寝台に全裸の男女を性別年齢関係なく侍らせている所も……こいつの所にだけ、新鮮で栄養価の高い食い物や飲み物が大量に置いてある所も!


「ええい、誰かいないのか! トチップスはどうした!」

「直接聞いて来いよ。聞けたらな」

「何を……ぐわああああっ!」


 レッドブルームで全身に火がついたブタが絶叫するのとほぼ同時に、俺は風呂に向かって歩き出す。

 侍らせた男女が逃げ惑い、悲鳴の上がる中、ブタは予想通り、のたうちまわりながら風呂に転がり込んで火を消した。


「ひっ……ひっ……」


 致命傷になってないのは、別にこいつの耐久力が高いからじゃない。


「おーおー、ブタを焼くとマジで臭えな」

「バ、バカ……な、なぜ……」

「ヒューヒュー呼吸音がうるせえよ。鳴くならブーブー、だろ」


 風呂から這い上がろうとして縁にかけた手指を思いっきり踏み潰し、焦げて一層醜くなったツラを抑え、湯の中に沈める。


「便器ども。お前らが証人だ。下剋上、よく見とけ」


 必要以上に口汚く、残忍になっているのは、周りにいる奴らにより印象深く自分の存在を焼き付けるため……

 いや、違うな。怨恨の方が圧倒的に強い。


「俺がお前にやらされた命令の中で、一番嫌だったのがこれだったんだけどよ、今は正直、凄えいい気分だわ」


 体力や筋力の落ちた俺と、全身に火傷を負った豚の押し合いは、俺の方に軍配が上がった。

 顔を上げようとする抵抗が段々と弱まり、吐き出される気泡も減ってきた所で引き上げると、この世にこれ以上醜いものはないんじゃないかってツラが現れ、激しく咳き込みながら穴という穴から水や汁を垂れ流し出す。


 そこを前触れ無しにまた沈める。

 抵抗しなくなってきたら引き上げる。

 少しだけ間を取って、沈める。

 引き上げる。

 沈める。

 上げ……

 沈め……


 俺の凶行を止める奴は、誰もいなかった。

 理由が恐怖にせよ、ブタの人望の無さにせよ、それで正解だったと思う。

 邪魔していたら、きっとそいつも殺していた。


「……っ……ひゅっ……」

「弄ばれて殺された連中の苦しみを思い知れ、なんて言わねえ。……でもな」


 完全に虫の息になった所で、ブタの両手両足が炭になるまでじっくりと焼き……


「てめえは、苦しんで死ね」


 風呂の中に蹴り落とした。

 この瞬間、俺は5層における支配権を奪い取った。






 実質的な5層の監獄大臣になりはしたものの、特にそれに伴う式典などは行われなかった。

 元・ブタの取り巻きに尋ねてみた所、5層の監獄大臣の立場は相当弱いらしく、あのブタも他の4人の大臣からは大分舐められていたらしい。

 悪趣味が加速していたのは、鬱憤が溜まっていたのも影響してたんだろうか。

 全く同情に値しないが。


 別に舐められるかどうか自体には興味がない。

 俺がすることの邪魔をしなければ、それでいい。

 だから、基本無干渉の立場を取る監獄側に取り立てて逆らうつもりもない。


 結構権力に任せて好き勝手にやったし、暴れてもみたが、上層の大臣からも、監獄王からも、看守たちからも特に咎められはしなかった。

 俺がやったことと言えば、"処分の宴"の即刻中止、食糧の配分をなるべく平等になるようにした、医療や衛生面の改善ぐらいだ。

 あと上層に対して、配給される食糧の品質をもう少しまともにした上で絶対量を増やしてくれと、使者を通して打診してみたが、検討するから待てと言われたきり返信はない。


 同様に、大臣の力を使ってソルティを呼び出そうとしたが、奴は2層の囚人のため権力が及ばなかったため、ダメだった。

 現時点ではあいつの方から現れもしていない。


 施策がどれも順調に進んでいるとは言い難いが、完璧でなくともいいと考えている。

 仮に全ての改善が上手く行ったところで、どうせそれがずっと続きはしないだろう。

 そこまで人の道徳や倫理を信じちゃいない。

 世の中の人間が皆、ローカリ教の信徒のようになりはしない。なれはしない。


 それと、時々監獄側から通達される、囚人の死刑執行命令は反対せず行っている。

 その辺りは俺の対象外だ。是非を問えはしない。

 ただ、俺がやらされたような、俺がブタに対してやったような、悪趣味極まりないやり方さえ失くせればいい。


 急進的な俺のやり方に不満をたれる囚人は当然存在した。

 そういう連中は……力でねじ伏せ、必要に応じて見せしめに殺しもした。

 仕方がない。

 綺麗事が通用しないのは痛感しているし、手を汚さずにいようとも思っていない。


 "暴君"と陰で呼ばれているのも知っているが、むしろ好都合な評判だ。

 どうせ以前は人切りなんて呼ばれてた身だ。大して違いはない。

 恐れや媚び、隠し切れていない怨恨といった感情ばかりを向けられるのにもすっかり慣れたが、アシゾン団の3人やメニマは、これまでと変わらず俺と接してくれてたのは、少なからず救いになっていた。

 クィンチ? ……まあ、あいつはな。


「ユ、ユーリ様、失礼します。ご機嫌はいかがですか?」

「だからやめろってのクィンチ、お前に媚びられると調子が狂うんだよ」


 そして今日もご機嫌伺いにやってきてるし。

 つっても、自業自得か。

 君臨して、力で支配して、自分のやり方を押し付ける……これも絶対正義みたいなもんか。

 笑っちまうな。


 ま、いいか。

 俺にはお似合いだ。


「クィンチ、頼んでた件はどうなってる?」

「あ、はい。ダシャミエの件でしょうか。すみません、まだ見つかったという報告は……」

「そうか。続けて探してみてくれ。……ほれ、このリンゴ持ってけ。腹減ってんだろ」

「ど、どうも」

「見つかったら、またこの前みたく好きなだけご馳走を食わせてやるからな」

「あ、ありがとうございます」


 と、囚人が駆け込んできた。


「大臣! 失礼致します!」

「どうした」

「第3監房で暴動が……」

「分かった。今行く」


 まったく……空虚、だな。

 この大臣専用の空間も、延々と続くいたちごっこも、俺の信念も。

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