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64話『ユーリ、地獄の底で再会する』 その3

 メニマと同じような登場をしやがって。

 一体誰だ? 覚えのない声だが……


「久しぶりだな! ユーリ=ウォーニー!」

「……おっ、お前らは!」


 出入口に立っていたのは、まるでどこかの特戦隊よろしく、奇妙な構えを取って立つ3人組。

 声を聴いただけではちっとも分からなかったが、姿を見てようやく何者か、記憶の片隅から引っ張り出せた。


「お笑い芸人の3馬鹿!」

「違う! 我ら3人、誇り高きアシゾン……団」

「いや、語尾が尻すぼみだとこっちまで悲しくなるから、言うならあの時みたくはっきり言えよ」

「ふっ……完全にただの囚人と成り下がった今となっては、その名も虚しく響くだけよ」


 かつてフラセース聖国に入り、ミスティラと知り合って間もない頃、俺達を襲ってきた野盗3人組は、自嘲的な疲れ切ったため息をつきながら揃って首を振った。

 

「わぁ、にはははは! 面白ぉい! 凄い凄い!」

「だろ。フラセースきっての人気芸人だからな」

「だから違うって言ってるでしょ!」

「……個人的には芸人も悪くないと思い始めているのだが」

「ちょっと、何言ってんのよルヴワ!」

「そうだ! 誇りまで捨ててどうするのだ!」


 と思ったら、今度はいきなり漫才をし始める。


「うるせえ、でけえ声出すな。ただでさえ狭くてキンキン響くんだ」

「む」

「にしてもお前ら……随分変わっちまったな」


 戦士然としていた青男ルヴワはともかく、赤女シュクレ白男セイルは小洒落た格好をしてたってのに、完全に見る影もなくなっていた。

 言うまでもなく身体的にも、すっかりやつれてしまって活力を感じない風体になっている。


「あんたに言われたくはないわね」

「ま、お互い様だわな」

「そうだな」


 洒落にもなってないってのに、お互い笑い合ってしまう。


「お前らなんで……まあいいや聞かなくても。大体察しはつくし」

「いや聞きなさいよ!」

「言いかけて打ち切るとは、会話の妙を解さぬ無骨者だな!」


 やっぱこいつら、芸人じゃねえか。


「分かった分かった、聞いてやるから手短にしろよ、俺は疲れてるんだ」

「……お前の手によって捕えられた後、我々は」


 話し始めたのは、青男だった。

 要約すると、これまで犯してきたものよりも重い罪を吹っかけられ、しかも運の悪いことに定員超えでフラセース内の牢獄にも入れず、このミヤベナ大監獄へ送られることになった。

 更にここでもあれよあれよと追い立てられ、虐げられ、気が付いたら最下層である5層まで落ちてしまった。

 既に俺も嫌ってほど味わってるが、5層での毎日は過酷そのもので、"処分の宴"に回されないように生きるのが精一杯だったようだ。


「……僕達2人はまだいい」


 ここまで話した所で、白男が唇を噛み締め、悔しげに声を絞り出した。

 その真意に何となく気付いてしまい、赤女をついちらっと見てしまう。


「……っ」


 誰が見ても不自然だと分かるほど、目を泳がせた後、そらされる。

 そして青男が無言で体を動かしてぬっと割って入り、俺の視線を遮った。


「あー、もういいや。話がクソ長くて飽きちまったぜ。にしてもお前ら3人揃ってよく生きてたよな。お前らみたいなのでも会えて嬉しいぜ。地獄に仏ってやつだ」

「ホトケ? ホットケーキの略称か?」


 白男が真剣な顔で尋ねてくるもんだから、説明するよりも先に吹き出しちまった。


「何がおかしいのだ」

「い、いや別に……くくくく」

「奇妙な男だな」

「おかしいといえばあんた、他の監房でも有名になってるわよ。1層の立場を捨てて大臣に逆らった大馬鹿だって」


 赤女が、ざらついた声でそんなことを言う。

 派手な服も化粧も無くなってすっかり地味になっちまったが、その分素材は割と悪くないのが際立っている。

 それが必ずしも、こういう場所で幸運に働く訳じゃないが。


「馬鹿って言うなよ。これでも結構傷付いてるんだぜ。色んな意味で」

「そうだよぉ、ユリちゃんは馬鹿なんかじゃないよぉ」


 メニマだけでなく、今までこいつらと出会えなかったのは、監房が違っていたからか。

 5層の監房は俺がいた所1つだけじゃなく幾つもあって、簡単に行き来もできないみたいだからな。


「何なんだこの娘は」

「俺の恩人だ。深く気にすんな、つーか追及すんな」

「今度はこちらが尋ねる番だ。正義感の強そうなお前が、何故ここにいる」

「あ? もうブタに喧嘩売ったって噂と一緒に広まってんだろ」

「お前から直接聞きたいのだ」


 めんどくせえな、とは思わなかった。

 だって、複数の人とまともに話すのは久しぶりだから。


「……って訳だ」


 経緯を全部話し終えると、3人組もメニマも、唖然としていた。


「ツァイの皇帝を暗殺しようとしたとは……」

「あたし達よりも極悪人じゃないの」

「ユリちゃぁん……怖い」

「ば、だ、だからやりたくてやったんじゃねえっての! 話聞いてたのかよ!」

「冗談だ」


 笑う3人+1人。

 こいつら……


「で、何しに来たんだよ。まさか知り合いだからって面会許可が下りた訳じゃねえだろ」


 そもそもここは隔離部屋だし、見張りがいたはずだが……


「ふっ、知れたこと」

「我々3人」

「誇り高きアシゾン団!」


 一句一句の間に、奇妙な挙動を挟む芸人たち。


「あんたに」

「かつて受けた借りを」

「返しに来たのだ!」


 そして、動きの締めにそれぞれ取り出したのは……水や食糧だった。


「お、お前ら……!」

「まさかこのような場所で返すことになるとは思わなかったがな」

「さあ、食うがいい」

「わぁ、芸人さんたち、いい人たちなんだねぇ」

「か、勘違いしないでよね! 借りを返しただけなんだから!」


 様式通りの言葉を吐く赤女。

 ご丁寧なことに、両腕を組んで顔を背ける仕草まで取っている。


「いいのかよ。下手したらお前らまで仲間外れにされて虐められちまうぞ」

「見くびるな。我ら誇り高きアシゾン団、その程度の迫害を恐れるとでも思っているのか!」

「さっき、毎日生き延びるのに精一杯って言ってたじゃねえか」

「だ、黙れ! 食べるのか、食べないのか、はっきりしたまえ!」

「食べる」


 やばい、また泣きそうだ。

 飢餓状態に突然手を差し伸べられた予期せぬ幸運よりも、人の優しさに触れた幸福の方が沁みる。

 これじゃあ、あの時と完全に立場が逆転してるじゃあねえか。


「……いただきます」

「うむ、僕達に死ぬほど感謝するがいい」


 この時ばかりは、ローカリ教の食前儀式を、いつもより長めに行ってしまった。


「……う、美味え!」


 石のように硬いパン、腐りかけた謎の肉、しなしなになった野菜クズ……

 でも、1層で食べたどんな飲食物よりも美味くて、感動的だった。

 久しぶりに栄養を摂取できた喜びに、心だけじゃなく体、細胞も震えている。


 またも涙を抑えられなかったが、そこまで恥ずかしくはなかったし、隠さなくてもいいと思った。

 3人も、メニマも、何も言わず、ただ俺を見守っていてくれていた。


「……あ、悪い。お前らも食ってくれよ」

「我々はいい。娘、お前は食べるがいい」

「え、いいのぉ?」

「ああ、一緒に食おうぜ」

「わぁい、やったぁ! 実はあたしも普段、あんまり食べられなくてさぁ……ん~、このパン美味しいねぇ。食べ応えがあるよぉ」


 こんな地の底の底、地獄で、温かい団欒を楽しめるとは。

 俺の人生、まだ捨てたもんじゃないな。






 物理的に考えればまだ足りる量じゃなかったけど、精神的な充足感のおかげで、俺の腹は大いに満たされた。

 やっぱり食べること、人との繋がりは大切だと改めて実感する。


 シュクレ、セイル、ルヴワ、メニマからの施しのおかげで、大分体力と気力も回復できた。

 俺は、まだやれる。


「ご馳走様でした」

「ごちそうさまでしたぁ」

「うむ、これで借りは返したぞ。よって我々は再び対等に戻ったのだ。いいな」

「ああ、分かったよ。それはともかく質問したいんだけど、この監獄から出る方法、それか5層から這い上がれる方法、知らねえか?」

「あんた、まだ諦めてないの? 懲りないわね。まあ、あんたらしいっちゃらしいけど」

「俺の知る限り、方法は3つだ。1つは、大金を監獄側に納めること」

「うへぇ、地獄の沙汰も金次第ってかよ」

「カネシダイ? 鯛の新種か?」

「悪いけどこの流れでボケはいらねえんだよ白男」

「ボケてなどいない! それと僕は白男ではない!」

「2つ目は、監獄側や監獄大臣、監獄王と強力な繋がりを持つこと」

「おいおい、どっちも絶望的じゃあねえか」


 金なんかねえし、支配者層との関係も最悪だし。


「ユリちゃん、しょんぼりしないでぇ。笑顔、笑顔。ね?」

「3つ目はもっと絶望的よ。力で監獄を支配し、権利を勝ち取ること。あんた、あの、あたしの顔に火をつけた"力"を使ってもダメだったんでしょ? どうしようもないわね」

「根に持つね、姉ちゃん。あの後綺麗さっぱり美人に戻してやったろ? ……それと、餓狼の力は使ってねえよ。怖くて未だ試してねえ」

「ふうん。ま、とにかく方法があるとしたら、これくらいよ。更にガッカリさせて悪いけど、条件を満たして外に出た囚人はごくごく少数だし、脱獄できた人間は……ゼロに等しいと考えていいわ」

「かーっ、マジかよ」


 思わず頭を抱えてしまう。


「とにかく生き延び続け、機を窺うことだ。僕達の知る君は、そんな簡単に折れる男ではない。そうだろう?」

「……まあな」


 今度こそ、挫けはしない。

 必ずメニマを助けるんだ。


「ああ、そうだ」


 ふと、白男がこめかみに指を当て、何かを思い出した仕草を取る。


「ここ5層の囚人で、我々の他にも君の存在を知っていた人物がいたな」

「え、誰だよ」

「確か……」


 白男が口にしたのは、これまた懐かしい……いや、正直感じたくもないんだけど、悔しいけど懐かしく感じてしまう響きだった。


「知り合いか?」

「ああ、まあ一応」

「会いたいのならば、我々が手引きするぞ」


 二つ返事で「おう、是非とも」とは言える相手じゃなかったが、正直この心細い状況下ではとにかく誰でもいいから知ってる人間と繋がっておきたいと感じているのも事実だ。


「……た、頼むわ。でも大丈夫なのかよ」

「見くびるな、我々は誇り高き野盗・アシゾン団なのだぞ。今こうして君の元へ忍び込めたように、囚人1人連れてくるなど造作もない」


 誇りも野盗も関係ない気がするが……頼ってみるか。


「分かった。よろしく頼むわ、シュクレ、セイル、ルヴワ」

「我らアシゾン団」

「海より深い慈悲と」

「山より高い誇りを胸に」

「引き受けた!」

「わぁ、カッコいいねぇ! すごいねぇユリちゃん!」


 ……大丈夫だろうか。3人も、メニマも。

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