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63話『ユーリ、5層における地獄の日々』 その3

 献立も、あの時の"宴"よりはマシだと思える程度の、非常に粗悪なものだった。

 腐りかけた水、石のように硬くなったパン、野菜クズや得体の知れない謎の肉が入った、水のように薄いスープ……

 そんなものを、5層の囚人たちは、毎日毎回、少しでも多く腹に収めようと、血眼になって奪い合っている。


 奪い合う行為自体を責めるのは酷だ。

 善人だろうと悪人だろうと腹は減るし、生死の際に追い詰められれば本能が剥き出しになるのも摂理だ。

 そして、それを見世物にしている連中にも反吐が出る。

 食事が粗末なのも、基本的には5層の連中を長い間生かすつもりなんかなくて、ただ上層の奴らがある期間眺めて楽しめる娯楽であればいいからだろう。

 俺にこれらの現状を是正するための力がないのが悔しい。


 餓狼の力が使えなければ、こんなもんなのか?


 と、前触れ無しに、空間いっぱいに銅鑼を打ち鳴らすデカい音が響く。

 それを耳にした囚人たちが、一斉に反応を起こす。

 死んだように横たわっていた奴でさえ、軍人のようにシャキっと起き上がる。

 噂をすれば食事開始の時間だ。


 俺も行かねえと。

 なんせ今日は朝、昼と食い損ねてるからな。


 今朝もそうだったが、朝メシはまず食えない。

 逆に夜メシは十中八九確保できるが……


「…………」


 よし。

 今回も無事、確保できた。

 先頭に立つまで行列を並びきり、配給係の看守から皿や盆を受け取り、隅っこの方にそっと座る。


 味も量も栄養価も、満足を得るには程遠いが、今の状況では貴重な食糧だ。

 見栄えが悪くても、素手で食べなきゃいけなくても、悪臭を放っていても、食欲を掻き立てるご馳走である。

 ローカリ教の食前儀式を済ませ、スープを啜る。


 変に酸っぱかったり、土っぽかったりするし、食べ応えもまるでないが、美味いと感じてしまう。

 下手をすれば涙まで流してしまいそうなくらいに。

 がっつきたい所だが、ゆっくり、栄養を余す所なく得るように、よく噛んで食わねえと……


「おい小僧、絶対正義見せてみろよ絶対正義!」


 と、他の囚人が煽り立ててくる。

 ちっ、またかよ。


「あ……あああ……」


 俺から割と近くにいたとある囚人が、四つん這いになってわざとらしいくらい悲痛な呻き声を上げている。

 こいつは先日、俺がしつこく話しかけたせいで折檻されてた奴だ。

 小耳に挟んだ噂だと、ケチな盗みで捕まったという、見るからに気の弱そうな男。


「腹減ってりゃ誰にでも食わすんだろ? やれよ、ほら!」

「今日も飯にありつけなかった、かわいそ~な奴なんだぜ! 助けてやれよ絶対正義様!」


 ゲラゲラ笑いながら、次々に囃し立ててくる。


「……ほれ、食えよ」


 うるせえな、てめえらに言われなくてもそうするっての。

 まだ3分の1ぐらいしか食べてないが、残りの半分くらいなら……


「……は?」

「へっ、本当に騙されやがった。バーカ」


 これまで愚鈍な弱者を演じていた男が豹変したかと思うと、俊敏な動きで俺の分の食べ物を全て掠め取った。


「おいコラ、誰が全部やるっつった……ぐっ」


 取り返そうとした瞬間、背中を強く蹴られる衝撃。


「ケチケチすんじゃねえよ」

「おめえ、それでも絶対正義様かよ?」


 間髪入れず引きずり倒され、たちまち四方八方から暴力が飛んでくる。

 このクソ共が……ふざけやがって……!

 最低でも体力さえ残ってりゃ、こんな奴ら……!


 両手両足を拘束されて強制的に這いつくばった体勢を取らされる。

 ろくな抵抗もできねえとは……ムカつくぜ……


「ほんと面白れえのな、こんなヘタクソな芝居にも引っかかるのかよ」


 頭の上から降りかかる侮蔑の言葉。

 俺の食べ物を掠め取った男の声だった。


「ほれ、全部取られたってのもかわいそ~だから、俺から恵んでやるよ。これでも飲んで、元気出しな」


 言葉のしばらく後、温かい液体が頭頂部に当たり、どんどん下に伝っていく感覚が生じる。

 この臭気……野郎!

 顔を上げて怒鳴りつけたかったが、大惨事になるので我慢せざるを得なかった。


「つーか何度も同じことを繰り返すって、学習能力がねえのかよこいつ」

「猿なんじゃね?」

「違えねえ、はははは」


 うるせえ、本当は最初から分かってたんだよ。

 と言った所で、負け惜しみと一笑に付されるのがオチだろうな。


 自分でもとんでもない大馬鹿だと思う。

 でも、何度騙されても、馬鹿にされても、ウソだと分かっていても、やめられない。

 やめる訳にはいかない。

 だって、騙した奴が飢えているのは、ウソじゃないから。

 結局俺から食糧を奪い取った男も、別の囚人に全て食糧を没収されていた。


 絶対正義まで捨ててしまったら、俺が俺で無くなってしまう。

 それは死ぬことよりも怖く、辛い。

 死んでも魂は消えないだろうが、信念の放棄は魂そのものも捨ててしまいそうだから。


 それに、恐らくまだ大丈夫だという保険もある。

 俺が誰かに分け与えることはあっても、俺に食べ物を分けてくれる奴はいないのは現在進行形で証明されているが、妙な点があった。


 俺にだけ取られているであろう措置が他にもあって、例えば何日も飲み食いできず本当にやばくなりかけた時、食べ物が差し入れられるということがこれまでに何度かあった。

 しかも届くのは1層で出たような栄養価の高い食べ物や、新鮮な野菜、果物などで、ここ5層ではまずお目にかかれないようなものばかりだ。


 おおよその察しはつく。

 恐らく、あのブタ大臣だ。

 ここに落ちる直前聞いたように、簡単に俺を死なせまいとしてるんだろう。

 つくづく悪趣味極まりないクズ野郎だ。


 だけど、これは好機とも取れる。

 生かさず殺さずの現状を、逆転の目に使うんだ。

 耐え続けていれば必ず機会は訪れる。

 俺を生かしといたことを後悔させてやる。

 まるで魔法を詠唱するように、毎日習慣として言い聞かせることで、何とか意志を保っていた。






 散々な目に遭わされたが、とにかく多少なりとも食うことはできた。

 体を洗えねえのが難だが、さっさと寝て、少しでも体力を戻しとかねえと。

 寄ってくる蝿の羽音にも大分慣れ……


「う……げぇぇぇっ!」

「お、おい」


 突然、俺の近くで寝ていた囚人が嘔吐し始めた。

 先程とは違って、これは演技じゃない。

 こいつは前々からずっと具合が悪くて、ここ最近はもう労働さえできないからずっとほったらかしになってた奴だ。


 誰でも分かることだが、こんな環境じゃ当然病気も流行る。

 近くにいた囚人が突然高熱で苦しみ出したり、嘔吐や下痢を垂れ流す姿を、何人も見てきた。


 にも関わらず、"本当の意味で"清掃をしようなんて物好きは存在せず、まともに体を洗える場所もない。

 温泉どころか、風呂さえない。

 一応、7回寝起きするごとに1度体を洗う機会は存在するが、その内容はというと、洞穴の上の方から水が撒かれるだけという、家畜以下の扱いだ。

 しかも水質も怪しいもんで、だいたいの場合生活排水っぽくて、あまり洗う意味が感じられなかったりする。

 それでも身を清めたいという本能が働くのか、"風呂"は毎回盛況だった。


 また、基本的に5層の囚人は外に出られる機会というものが、極一部の催しを除いて存在しない。

 そのせいで太陽光を浴びられないだけじゃなく、食事の時間や就寝時間などでしか大まかな時間を知る術がないため、体内時計や精神に狂いが生じてもおかしくも何ともない。

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