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62話『ユーリ、5層で出会ったもの』 その4

「……フ、フハハハハハ!」


 突然、不快感を無理矢理塗り潰すようにブタがバカ笑いをし始めた。


「貴様、この私から大臣の座を奪おうと考えているのだろう。分かるぞ。その反抗的な態度、何十人となく眺めてきたわ」


 やはり場所柄、そういう輩は多いらしい。


「貴様如きに出来ると思っているのか。このミヤベナ大監獄の歴史上、簒奪を成し遂げた例が幾つあると思っている。ウォルドーの次男坊から聞いておらぬのか。ん?」


 ニヤニヤと、薄気味の悪い粘っこい笑いを浮かべて言う。

 ちっ、ソルティとの話も筒抜けって訳かよ。

 ちなみにソルティからは『王はおろか、大臣を殺そうなどとは考えるな』なんて言われてたが、もう後の祭りって奴だ。


「これも聞いているぞ。貴様、貴賤や善悪を問わず他者の飢えを救うことを趣味としているらしいな。ク……グハハハハ! 青臭い! いや、実に幼稚極まりない夢だ! お前達もそう思うだろう!?」


 ぐるりと見回すと、ブタを取り巻く連中がどっと笑い出し、口々に俺を罵ってきた。

 だが、怒りが更に燃え上がることは特になかった。

 理由は単純だ。

 別にこいつらに分かってもらおうなんて初めから思ってないし、それに、


「はっ、今更んなこと言われて揺らぐかよ」


 馬鹿にされるのは初めてじゃないし、とうの昔に想定済みだ。


「それと、趣味じゃねえ。生涯の目標、絶対正義だ。覚えとけブタ共。安心しろよ、俺の信念はてめえらにも適用されっから、何かあっても生きていられるだけのエサはくれてやるよ。腐ってねえやつをな」


 そう言い返した所で嘲笑の雨が止みはしなかったけど、それはそれで好都合だ。

 俺の思考は、既に次の段階へ進んでいた。

 油断している隙に……


「お待ち下さい。こんなガキ、ナトゥ様がお相手するまでもありません。この俺が地獄を見せてやりますよ」


 と、ブタの取り巻きの1人、護衛と思われるいかにもって感じの大柄で強面な男が、指を鳴らしながらずいと前に出てきた。


「私の歓心を買いたいか。ふん、まあいい。好きにしろ」

「ありがとうございます。おいクソガキ、この俺がおめえのお母ちゃんよりも優しく寝かしつけてやるからよ」

「雑魚はすっこんでろ。こっちの方は優しく寝かしつけてやれるほどゆとりはねえぞ」

「威勢がいいじゃねえか。遊び甲斐があるぜ。俺はな、監獄に入る前……」


 雑魚がペラペラ話す武勇伝は完全に右から左だった。

 見た所、実際大した相手ではなさそうだ。

 悪くて腕っ節もそこそこなんだろうが、侮りを抜きにしても殺気や威圧感に"厚み"を感じない。

 他の奴らも似たり寄ったりな雰囲気で、極端な話、乱闘になっても餓狼の力抜きで何とかなるだろう。


 とはいえ、好き好んで大勢とやり合うこともない。

 一気に大将首を取って終わらせてやる!

 卑怯だの何だのと、お上品な理由付けはいらねえ。


 そうと決断してからの俺の体は、極めて迅速かつ正確に、脳からの指令を実行してくれた。

 アホ共が油断している隙を縫い、ブタとの距離を詰める。

 その勢いで脂肪の詰まった腹を蹴りでぶち抜き、間髪入れずツラに2、3発叩き込み、締め上げて周りが手を出せないように牽制した後、骨を……


「待て待て」


 殺れる、という自信は、ごく初期の段階で砕かれてしまった。

 身を低くして雑魚の横をすり抜け、ブタまでの一直線上には何も障害物がないはずだったのに、突然誰かが割って入ってきて邪魔されちまったんだ。


「どっ……!」


 どけ、と怒鳴って吹き飛ばそうとしたのに、声も体も中途半端な所で止められてしまった。

 だって、俺を邪魔したのは……


「……ソルティ!?」


 長い金髪と眠たそうな垂れ目が特徴の、あの飄々とした雰囲気を漂わせた男だったから。


「やめろ」


 ソルティの声と視線は、俺にではなくその後ろに向けられていた。


「……ッ!」


 飛びのいてその場を離れる。

 意味に気付くのにちょっと時間を要してしまい、唇を噛んでしまう。

 くそっ、俺もとんだ間抜けだ。背後からの不意打ちに無警戒になっちまってたとは。

 俺を襲おうとしていた男は、不満なツラを隠そうともしていなかったが、制止命令自体は素直に聞き入れていた。


 いや、というか、どうしてソルティがこんな場所にいる?

 別件があって、5層には来られないんじゃないのか?

 なのにどうして……

 今まで気付かなかったけど、客として招かれてたってことだよな。

 まさか、俺のことを……


「俺はお前さんを助けに来た訳じゃない」


 は?

 どういうことだ?

 今度は明らかに、俺に向けられた発言だった。


「まだ気付かんのか、愚鈍な奴め」


 ブタがソルティの隣にのそっと立ち、頼んでもない補足をしてきた。

 つーかお前ら距離近すぎねえか。


「こ奴に命じたのだ。貴様の情報を集めるように、そして、貴様がここへ来るようにしろとな」

「ま、そういう事だよ、ユー坊。詫びはしないぞ」


 言葉の通り、悪びれた様子は全くない。

 そもそもこの男にそういう概念が存在するのか疑わしい。


 それ以前に、こうせざるを得なかった事情がある可能性だって充分考えられる。

 例えば、監獄王打倒のために大臣のこいつに取り入っているとか。

 俺に危害を加えず、阻止に留めたのも根拠だ。

 などと考えられる程度にはまだ冷静でいられた。


「……げっ」


 だけどつい、率直な感情を漏らしてしまった。

 だって、ブタが痴漢の如くソルティの体を触り始めるんだもんよ。

 手つきが妙にねっとりしてるし、ソルティの方も満更じゃないみたいだし、こんなの見せられていい気分でなんかいられるか。

 俺にそういう趣味はねえんだ。


 こっちの不快感に気付いたのか、ブタが鼻を鳴らし、指輪のめり込んだ太い指と手をソルティの両肩に置いて、


「ついでだ。ソルテルネよ、お前の手でこいつに引導を渡せ。この地獄の底に突き落としてやれ。友誼を結んだ男に組み伏せられれば貴様も本望だろう」


 そんなことを言ってきた。


「はーい。……ユー坊、大臣になりたければ、俺を倒してからにしろ」


 やや芝居がかった仕草で髪をかき上げる姿にこそ緊張感がないが、放たれ始めた闘気が雄弁に物語っていた。

 この男は……本気だ!

 本気で、ブタの命令を聞き入れて俺を倒そうとしている。


「さっさと片付けて私の部屋へ行くぞ。こやつのせいで興が醒めた分の口直しをせねばな」


 あんなことしてるだけあってソルティのことを信頼してるんだろう、ブタは体だけに留まらず気も緩めていた。

 よし……


「甘いぞ」

「……!」


 なるべく静かに、気取られずブタを屠殺しようとしたが、これもソルティに読まれてしまっていた。

 一歩踏み出した時点で、手を差し出されて遮られてしまう。


 まずいなこりゃ。

 ソルティの強さは全くの未知数だが、只者ではないってのは分かる。

 どんなに少なく見積もっても、弟と同等の実力はあるだろう。


 どうする。戦うか。

 他の雑魚共はともかく、餓狼の力抜きでソルティに勝てるか?

 いや、事情があったとして、坊ちゃんの兄貴と、酒を交わしながら色々なことを話し合い、教えてくれたこの男と、俺は戦えるのか?

 ほんの短い付き合いだけど、もう友達……


「考え始めた時点でお前さんの負けだ」

「しまっ……!」


 喉の下、懐の方からソルティの声が聞こえたのを認識した瞬間、みぞおちと顎に鈍い衝撃が走る。

 視界が明滅した後、急激に狭まっていく。


 やべえ、これは……

 すぐ考え込んじまう悪い癖が……こんな時にも……

 立ってられ…………意識、が……


「ふははは、本気でもないこやつの動きにまともに反応さえ出来ぬとは、口程にも無い。さて、この不遜な野良犬を、地の底でたっぷりと……」


 意識が闇に落ちる直前、ことさらハッキリと入ってきたのは、クソ豚大臣の癇に障る笑い声だった。

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