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62話『ユーリ、5層で出会ったもの』 その2

「先刻も申し上げましたが、これより向かう先にて御参加頂くのは、"宴"にございます」


 宴、という言葉だけを聞くだけで、胸がムカムカしてくるというか、嫌な予感がする。

 だが、ダシャミエを探すためには避けては通れない道だ。

 いいか、何を見ても、心は動かしても、絶対に行動に移すな。


「ユーリ様の為に極上の美酒美食美女、全てを取り揃えた特等席を御用意しております。必ずや退屈はさせません」


 嫌な予感がますます強まる。


「そりゃ楽しみだ」


 改めて覚悟を固め直してから、答えた。

 虚勢だと、もうとっくにバレちまってるだろうけど、構わない。


「御探しの男も参加しているかも知れませんぞ」


 少しだけ声音を上げて、ジジイが言った。






 暗く、重く、淀みが充満した、曲がりくねった道を更にしばらく歩いていくと、前方に光が見えてきた。

 同時に、何か奇妙な音が微かな風に乗って流れてくる。

 人の声? 唸り声? 悲鳴?

 後は……太鼓みたいな音か?

 色々混ざっててよく分からない。


 この先にあるものを想像して、じわりと、背中に冷たい汗が滲む。


「既に始まっているようですな」


 節をつけて歌うようなジジイの語調が、人間性を改めて雄弁に物語っていた。

 さあ、何が出るか。


 ジジイが滲ませた醜悪さも、俺の精神的動揺も関係なく、これまでと変わらない歩行速度で進み、辿り着いた先は、大きな空洞だった。

 やや扁平な円柱形に近い空間で、やけに天井が低いと思ったら、俺達の今いる場所は平らな岩が張り出した高台になっているようで、この空間を見下ろせる構造になっている。

 高台はぐるりと外周部を囲んでいて、更には庇のような返しがついていて、下からはよじ登れない構造になっていた。


 下卑た笑い声や、わざとらしい嬌声がする。

 ジジイがさっき言った通り、高台には宴席が設けられていて、確かに美酒、美食、美女、全てが"こちら側"には揃っていて、囚人とは思えない身なりの連中が愉悦に浸っている。

 が、そんなものに注意を向けられている時間は、ほんの少しだった。


 ……本当の"宴"は、こちら側ではなく、あちら側を指しているんだろう。

 下部で繰り広げられていたのは、悪趣味、極悪という言葉で表現しても足りないくらいの狂態だった。


「皆様、我も忘れて愉しまれていらっしゃる。御覧下さいませ、あちらが"救済の宴"に御座います」


 簡単に説明すると、こうだ。

 ゴツゴツした固い岩肌の上で、何十人もの全裸の男女が、見境なく互いを貪り合っている。

 それだけじゃなく、噛み付いたり、首を絞めたり、それ以前に性別の見境がついていなかったり……どいつもこいつも、完全に理性が飛んでしまっている。

 もう人間じゃない。

 獣……いや、それ以下だ。

 だって、快楽に溺れてるだけじゃなく、互いが互いを完全にモノ扱い、殺しても構わない勢いでやってやがる。


「僭越ながら御説明を」


 こっちの沈黙を勝手に肯定と解釈したのか、ジジイが蝿の羽音より耳障りな声で喋り始める。


「あれらは近い内、"処分"される予定の者共。とはいえ、一応は人。僅かな慰みも無きまま逝くは余りに不憫と、訪れる処分の前に一時の悦楽を与えようという、ナトゥ様からのせめてもの慈悲にございます」


 慈悲、だと?

 胸倉掴んで怒鳴り散らしそうになったが、強烈に催した目眩と嘔吐感のせいでできなかった。

 眼下の行為が、俺が潜在的に抱いている性行為への悪印象と重なったのが原因だ。


「続いて、あちらを御覧下さいませ」


 ジジイは全く悪びれた素振りも見せず、説明を続ける。

 そう、性衝動に飲まれた集団は宴を構成する一要素に過ぎなかった。


 別の一角では、痩せ細った全裸の男達が素手で戦って、いや、殺し合いをしていた。

 当然、規則なんてものは存在しないらしい。

 何でもありの殺し合いだ。

 噛み付き、引っかき、締め上げ、剥き出しの急所を蹴り上げ、踏み潰し……

 獣の断末魔のような声が響くたび、上部で酒と飯と女を喰らいながら見下ろしている連中から歓声が上がる。

 耳を塞ぎたくなる。目を背けたくなる。

 酷い。酷すぎる。


「あの者共は、姦淫や食事よりも暴力を好む性のようで、望み通り存分に殺し合いをさせております。また、生き残った唯1名のみを処分から免除すると事前に伝えております。当然、遵守されるはずなどありませんがな。各自で勝手に処分を行ってくれて、一石二鳥でもありますな。ククク……」


 黙れクソ野郎共、という言葉が、喉元までせり上がってくる。


「そして3つ目があちらです。"既に御存知"でしょうが、ここ5層は食糧の配給が不充分な上、偏りが生じているため、食事にありつけない囚人も珍しくありません」


 そして……最後に見せられた光景が、個人的には最も辛い、自分の存在理由が揺さぶられるほどの怒りを覚える内容だった。


「最早説明の必要も御座いませんでしょうが、念の為。あれは処分の前に満腹感を味わわせようという計らいに御座います」


 確かに、岩肌の上へ無造作に置かれた木製の広い卓の上には、山盛りの食事が用意されている。

 肉、パン、野菜、果物……種類も豊富だ。


 しかし、その全部が、未調理な上に……


「腐っておりますがな」


 食卓は、地獄絵図だった。

 ここからでも見えるほど、夥しい数の黒い粒が飛び交っているのを気にも留めず、通常は廃棄されるはずの色や形をした食物を、下の人々は素手で貪っている。

 きっと、何日も飲み食いさせてもらえなかったんだろう。

 彼らもやはり全員、衣服を身につけておらず、獅子や胴体が古木のようになっていて、頭だけがやけに大きく見える。


「そのような食物でも喜んで口にするのですから、飢餓というものは本当に恐ろしい病ですな。遥かな昔、"餓死に至る病"なるものが蔓延したという記録が世界各地に残されておりますが、当時も同様の光景が各地で繰り広げられていたのかも知れません。ともあれ、食物の廃棄を代行してくれる為、彼らの存在は監獄側としても助かるというもの」


 心にもないことを抜かしやがって……!


 当然、弱った体で腐ったものを食べて無事でいられるはずがない。

 食事をしている全ての人間が、体のあちこちから汚物を垂れ流している。

 しかし、それでも、顔をぐしゃぐしゃに歪めながらも、彼らは全く食事を止めようとしない。


 おかしいぞ。

 いくら餓えているからといって、あんなに躊躇いなく、しかも食中毒を起こしながらも夢中で食えるもんなのか?


 ……もしかして、あの中央に設置されてる巨釜が原因か?

 あの、100人は余裕で入りそうなブツで一体何を煮てやがるのか、ここからではよく見えないが、恐らく精神に変調をきたすものを混ぜ込んでいるはずだ。

 きっと、あの濛々と沸き上がり、空間に広がっている湯気を吸い込んでおかしくなっちまってるんだ。

 結界でも張ってあるのか、不思議と高台のこちら側に湯気ははやってこないのも根拠だ。

 それと、巨釜から少し離れた所にある複数の大きな打楽器で規則的な音を延々と鳴らし続け、更に導入しやすくしてるんだな。


「無粋な説明はこの位にしておきましょう。ささ、ユーリ様も是非とも悦楽に身をお委ね下さいませ。席を用意して御座います」


 色んな意味で委ねる気にはなれなかった。

 鈍った頭と悪化した体調に鞭打ち、以前ロトから見せられた人相書きと一致する顔を探す。

 さっさと見つけ出して、声をかけておさらばだ。

 こんな場所に長居していたら、頭がおかしくなりそうだ。


 …………。


 ……。

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