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61話『ソルテルネ、意外なる2層囚人』 その3

「――とまあ、あいつの魅力を語るにはまだ時間が足りないが、大まかにはこれくらいだな。分かってもらえただろうか」

「ああ、良く分かったよ。あんたの婚約者は世界一いい女で、あんたは兄弟揃って女のために命を賭けられる男なんだな」

「聡くて助かるぞ」


 と答えつつも、ソルティの目蓋はやや遠慮がちに伏せられていた。


「……ラレットだけでなく、兄貴や親父殿もそうだったが、ウォルドー家は愛する者と添い遂げられない星の巡りなのかも知れないな」


 一家揃ってとは気の毒すぎて、かける言葉を見つけられずにいた。


「同情は結構。課せられし定めを乗り越えてこそウォルドー家は、人は強くなっていくのだからな。勘当の身とはいえ、男の誇りや家の教えを捨てたつもりは無い」

「同情したくねえから黙ってたんだけどな」

「このような状況でもはっきり言うんだな。好感が持てるぞ。非礼を詫びよう、すまなかった」

「いや、いいけどさ」

「ときにユー坊。今更だが、面白い格好をしているな」

「ん、ああ、これか」


 あ、そうだった。

 ここまで着替える暇もなくて、空白の皿にもらった忍び装束(仮)を着たまんまだった。


「ツァイの皇帝を暗殺する為にあつらえたのか? それにしても、大国の長を手にかけようとするとは、お前さんも中々に豪気だな」

「やりたくてやったんじゃあねえよ。ってか何で知ってんだよ」

「覚えておくといい。看守連中と仲良くしておくと、色々有用な情報が入ってくるんだぜ」

「じゃあ俺に声をかけてきたのも……」

「上層の新規入所者には常に目を光らせるようにしているんだ。これでも寂しがり屋なんでね、"友"が欲しくてな」


 額面通り受け止められるほど純情じゃあない。


「利用価値があるかないか、調べるためか?」

「一方的に利用するつもりはないぞ。相応の見返りは支払っているつもりだ」


 否定せず、片目をつぶってソルティがニヤリと笑う。ったく……

 にしても、大貴族の御子息とは思えない立ち回り方だな。


「誇りで飯は食えんからな。それに、目的の為ならば、ウォルドーの名など安いものだ。捨てはせずとも、時と場合によって使い分けねばな」


 悪びれもせずそう断言するソルティの目には、強い意志の光が宿っていた。


「自分で言うのも何だが、監獄内では割と顔が利く方だ。全ての場所で通用する訳ではないが、困ったら俺の名前を出すといい。それと、知りたいことがあったら遠慮なく言ってくれ」


 お、思わぬ所から情報網ができたかこりゃ?

 じゃあ使ってみるか。


「顔が広くて物知りなソルテルネさんに、是非ともお伺いしたいことがあるんですけど」

「む、早速か。何だ」

「この首輪、魔力と気にしか反応しねえの?」

「他の力には反応しないかどうかを知りたいのか。答えは"分からない"だ」


 つ、使えねぇ……


「使えない奴だ、と思ったな?」

「正解」

「手厳しいな。まあ聞け。"爆発しない首輪"に取り換える方法はあるぞ」

「ああ、さっきやらかした奴が騒いでたのは嘘じゃなかったのか」

「うむ。だが交換は至難だぞ。監獄の根幹に関わる枷だからな。1層囚人とはいえ、容易に交換できるものではない」

「具体的にはどうすりゃ外せんだよ」

「"模範囚"になることだ。長期に渡って、監獄にとって有益な囚人で在り続ければいい。手っ取り早いのは、治安維持への貢献だな。期間は囚人によるが……少なくとも5年はかかるぞ。ちなみに所属階層は無関係だ。1層だから期間が短くなる訳でもない」

「マジかよ。こちとらそんなに待てねえぞ」

「お前さんに如何様な事情があるかは知らんが、待てないのならば諦めた方が賢明だな」


 仕方ねえ、とりあえず首輪は保留だ。

 次、もう1つの重要事項を聞いとくか。


「もう1個いいか。あんた、ダシャミエって男の名前を聞いたことねえか。何でもいい、知ってたら教えてくれ」

「ダシャミエ……以前、他にも同じことを聞いてきた奴がいたな」


 多分それは"先発隊"だろう。


「確実な情報ではないが、今は5層にいるという噂を聞いたことがある」


 顎を撫でながら言うソルティの言葉は、どことなく歯切れが悪い気がした。


「5層に?」


 その後、幾つかソルティの持っている情報を聞き出したが、決定的なことは知れなかった。


 罪状は、不明。

 判明したのは、ツァイの出身だということと、取り立てて模範的でも悪辣でもなく、特別強くも弱くもない、至って普通? の囚人ということ。

 じゃあ何でそんな奴が5層にいるんだと問い質してみたが、良く分からんとの答えが戻ってきた。

 豪語してた割に大したことねえ情報通ぶりじゃねえか、と言いたくなっちまったが、黙っておく。


「なあ、過去の連中といい、何故そうまでダシャミエに会いたがる? 俺の知る限り、奴が特別な人間だとは思えないのだが」

「俺にも分かんねえよ」

「要領を得んな。まあ、言いたくないのならばいいさ」


 お、追及してこないか。助かった……


「それよりも別に、どうしても知りたいことがある。ユー坊は今、惚れている女はいないのか?」


 助かってなかった。

 こいつはいきなり何言い出すんだ。


「いねえよ」

「嘘は感心しないな。俺でなくても容易く見抜けるぞ。照れるような歳でもあるまい」

「うるせぇな」


 修学旅行の夜じゃあるまいし、何でいちいちこんな話をしなきゃいけねえんだ。


「好奇心だけではないぞ。お前さんの為を思って尋ねてもいるんだ」


 冗談で言っているとは思えないくらい、真剣な顔。

 ついさっきソルティの"話"を聞いちまったせいで、それの意図するところを、すぐ理解できちまった。

 ……万が一、そうなった時のことを想像するだけで、意識が遠のきそうになり、深く暗い絶望感がじわじわと湧き起こってくる。


 俺はきっと、こいつのように耐えられないだろう。

 怒りや憎しみよりも、絶望や悲しみに押し潰されてしまうだろう。


「聞かせろよ」

「……誰にも言うなよ」

「ウォルドー家の名に誓って、唇に固く封をしよう。で、どんな女なんだ?」


 本人に告白する訳でもないのに、とてつもない恥ずかしさと緊張が全身を支配する。

 真正面から向けられる、興味津々といった風に爛々とした眼差しが、怖くてしょうがない。

 まるで火を恐れる野生動物だ。

 つくづく情けない奴だな、俺は。


「どんなって……目つきはキツいし、口うるさいけど、優しい所がちょっと、いや結構あったりもして、他には料理がすっげえ上手くて……」

「ああ、もういいぞ。体中を蚊に食われたようになった」

「自分は散々のろけといてこれかよ」


 わざとらしく体中を掻く仕草をするのを見て、やっぱ言うんじゃなかったという激しい後悔が押し寄せてくる。


「お前さんと一緒にするなよ。俺達は結ばれる一歩手前までは進んでいたからな。……そう、一歩手前までは、な」


 あ、墓穴掘ったか?


「まあ、俺の話はいい。それよりユー坊、その調子では、お目当ての彼女と手を繋いだこともないな?」

「うるせえな」


 耳を引っ張られたことや、風呂で体を洗ってもらったことはあるぞ。

 なんて口が裂けても言えなかった。


「はははは、初々しい奴め。この大監獄には似合わぬな」


 と、突然に顔を引き締めて、


「これも新しい友への忠告だ。下層、4層や5層は、先刻目にしたものよりも更にドス黒い悪徳に満ちている。ダシャミエを探しに降りるのならば、万が一に備えて覚悟はしておけ。いかなる悪意を目の当たりにしようと、晒されようと、決して心折れるなよ。その純真な部分、大事にしろ」


 そんなことを言ってきた。


「最後の方は納得しがたいけど、分かってる。色々ありがとな」

「礼には及ばん。俺達はもう友なのだからな。協力しあってこの魔境を生き抜き、互いの目的を果たそうではないか」


 差し出された手を握り返すと、ソルティはニカっと笑った。

 こういう顔はやっぱり弟と似ている気がする。


「早速5層へ降りてみよう、などと考えていないか?」

「いや、流石にそんな無謀じゃねえわ。もうちょっと5層の情報も集めときてえし」


 そう言ったのは別に、ソルティの瞳の奥に値踏みじみたものを感じたからじゃなく、俺が慎重策を採用したかったからだ。


「……うむ、賢明だな」


 でも、俺は見逃さなかった。

 こいつの表情から一瞬、冷徹な計算じみた無機質さが滲み出たのを。


「豪胆と蛮勇を履き違えるような男だったら、見損なっていた所だ。今日はもう遅い。5層へ降りるのは翌日以降、英気を養い、心の準備を整えてからの方がいいだろう。今宵はお前さんのことをもっと詳しく聞かせてくれ。こんなに変わった、もとい面白い、罪人ではない囚人は久しぶりだ。ああそうだな、1層のお前さんの部屋へ移動しようぜ。目録という特権を存分に利用しようではないか」

「さっきあらぬ噂を立てられたくないとか言ってたじゃねえか」

「友よ、些事に囚われていては大義を失うぞ」


 卓を回り込んでこっちに近付き、馴れ馴れしい笑顔を作って肩を回してくる。

 ソルテルネ=ウォルドー……よく分かんねえ奴だな。

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