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60話『ミヤベナ大監獄、混沌と秩序の領域』 その4

 廊下は相変わらず静まり返っていた。

 ぽつりぽつりと規則的に灯りがついていて真っ暗ではなく、更なる高級感さえ感じさせるが……緊張する。

 まるで猛獣の巣穴に全裸で侵入している気分だ。

 あと、大包丁がなくて背中がスースーするのも心もとない。


 他の1層の囚人も見当たらない。

 全員部屋に引きこもっているのか、それとも出払っているのか。


 引っ越しの時の如く、隣人に挨拶でもしてみようかと思ったが、やめておく。

 それと激情や恐怖につられて、反射的に餓狼の力を使わないよう注意しねえと。


 しっかしこういう時、もう完全に力に依存してるなってのを改めて思い知らされるな。

 自慢じゃないが、素の俺は、その辺のチンピラ相手にゃ負けないけど、そこまで強くはないと自覚している。

 だから1層という立場を、上手に利用しなくてはならない。


 ちょっと下の層でも様子見してみるか。

 1層の囚人のみが所持できる鍵を使って、階段室へ繋がる扉を開け、下へと降りていく。


 2層まで来たら、流石に囚人たちの姿をちらほらと見受けられるようになった。

 2層囚人までは私服の着用が認められているため、それぞれバラバラの格好をしている。

 ただし、武器の類は所持していないようだ。


 この層も監房は檻付きではなく扉で、中での生活を外から覗き見できないようになっている。

 また、1層のような高級感のある外装ではないが、壁や床の薄灰が灯りで暖色の化粧を施されていて、清潔で落ち着く印象を受けた。


「……」

「……」



 通路を歩いていると何人もの囚人とすれ違う訳だが、その度に頭を下げられ、大げさなくらいに通路の中央も譲られて、妙な気分になる。

 凶悪な面構えをした奴も、胡散臭い笑顔を張り付けっ放しの奴も、一様に同じ行動を取る。

 挙動も共通していて、まず視線を俺の手首に向けていた。

 ……1層囚人って、そんなに偉いのか。


 投獄時点での各層への割り振りだが、権力者の"意向"や、違反行為による降格などの例外を除いて、基本的には罪の重さで決まるらしい。

 つまり、より罪の重い方が、高い層へと入れられる。


 普通逆じゃないかと思うが、監獄の支配体制、制度の関係上、そうも行かないらしい。

 何故なら、ここミヤベナ大監獄もツァイ帝国と同様、弱肉強食が強く根差しているからだ。

 すなわち、"力"がある奴ほど、上へ行く。


 とはいえこの大監獄はツァイのみの管轄ではなく、世界の主要国家が共同で運営する形を取っているらしい。

 そのため立地も、どこの領海にも属さないように定められているとのことだ。


 さて、ぐるりと見回ってみたら、もう1つ下の層へ……


「……ッ!」

「んな…………か……!」


 ん?

 遠くの方がざわついてるな。

 何かあったのか?


 当然、他の連中の耳にもこの声が届いていて、見に行こうとする者とそのまま無視する者で綺麗に分かれていた。

 俺は当然前者だ。得られる情報は多い方がいい。


 移動する囚人の流れに従って通路を進んでいくと、パッと視界が広がって明るくなり、吹き抜けになっている大広間へ出た。

 天井と床の位置や高低差からして、2~3層にまたがった空間と推察される。

 天井からは太陽石が吊り下げられており、外周部には回廊や階段も設置されていて、2~3層の間を上下左右、自由に移動できるようになっていた。


 憩いの場を想定して作られているのか、地面側は中央に噴水が設けられていて、その周囲には椅子や卓が設置され、また隅の方には酒瓶を陳列した棚なんかもある。

 酒場の役割も果たしているってことか。

 ここもやっぱり、監獄というより商業施設に近い。


 で、声の発信源は、噴水の脇にいる奴だった。

 見るからに頭の足りなさそう……もとい凶暴そうな、上半身裸の大柄な男が、広間全体を揺るがすようなバカデカい声でギャーギャー喚いている。

 あの腕輪は……3層の奴か。


「なんだテメェら怖気づいてんのか! 俺ァ全然怖かねェぞ! バカ野郎共が!」


 どうしたどうした、喧嘩か?

 相当悪酔いしてるのか、ツルツルに剃り上げた頭のてっぺんまで真っ赤にさせて、自分以外の人間全てが敵だと言わんばかりに感情を昂らせている。

 呂律も若干怪しげというか、巻き舌になっている。

 ……元からか?


「オラ、テメェの首輪を外してやろうか!? 犬っころみてェでムカつくだろ!?」


 絡まれた近くの男は、バカバカしいと言わんばかりに大げさに肩をすくめるだけで、まともに取り合おうとしない。

 他の連中も同様だった。誰も止めようとしない。

 喚き散らす男を恐れているというより、あからさまに侮蔑、見下している意味合いで関わり合いにならないようにしているのが分かった。


 それと、普通ならばこういう時真っ先に男を取り押さえ、事態を収拾させるべき看守が1人も現れもしない。

 やっぱりどこかおかしいぞ、ここ。


「ハッ、腰抜けが! 怖くて声も出ねえか! アホくせぇ! こんなもん俺達を縛るコケ脅しに決まってんだろ! それに俺ァ見たんだぞ! 首輪をつけたまま魔法や技を使っても爆発しなかった所をよ!」


 ん? そりゃ本当だろうか。

 ああでも酔っ払いの戯言かも……


「だから俺様が今からそいつを証明してやる! その後に今笑ってるテメェら! 全員ぶっ殺してやるからな! 覚悟しとけよこの野郎ォァ!」


 上から全体の様子を俯瞰していたからか、分かっちまった。

 男が本格的に事を起こそうとした瞬間、この場にいた他の囚人たちが押しなべて、粘ついた笑み、暗い歓喜のような感情を滲ませたのを。

 まるで知性を持つ蜘蛛が、獲物が罠にかかったのを喜ぶような……


 おいやばくねえかと思った時には既に、男は行動を開始していた。

 それと同時に、首についていた首輪が光を放ち――爆発を起こす。


 男は何らかの魔法を詠唱するつもりだったんだろうが、喉から辛うじて発せたのはもはや言語の体をなさない奇妙な短い音だけで、後は爆ぜる音に飲み込まれてしまった。

 いや、それどころじゃなく、頭部と胴体がお別れしてしまっていた。

 巨体は崩れ落ち、飛び散った血や肉片が周囲を汚し、吹っ飛んだ頭部が噴水をかすめ、床に転がる。


 ワァッ!


 上がったのは悲鳴ではなく、歓声。


「ははっ、バーカ、簡単に引っかかりやがった」

「久々に見たな、爆発させた奴」


 せせら笑いながら貶す奴らはまだまともだと見ていいだろう。


「歯、全部取った方がやりやすくね?」

「女ならともかく、んな奴の口の中なんか触りたかねェよ」

「それもそうか。んじゃこのまま勝負な、先に頭割った方が負けだ」

「乗った。"黒草"3つ賭けるぜ」


 あろうことか、分離した頭を蹴り合ってサッカーのように遊ぶ奴らまで現れ出したのにはたまげた。というか引いた。


 世界中から集められた犯罪者が収監されているミヤベナ大監獄。

 やっぱりここはロクな場所じゃない。

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