10話『ユーリとタルテ、やらかす』 その1
食事が終わり、片付けを済ませた後は、孤児院の子どもたちとたっぷり遊んでやる時間だ。
タルテとジェリーも仲間に加わったが、アニンやカッツは別件があり、ジルトンは一旦大食堂に戻るということで一時離脱。
「また"さっかー"やろーよ! みんなでずっと練習してたんだよ!」
「よーし、どれだけ成長したか見てやろう。かかってきなさい」
俺が孤児院と関わりを持ち出して間もない頃、ちょっとしたノリで前の世界で人気だった遊びを教えてみたんだが、これが予想外に大受けした。
今ではほとんどの子が夢中になるほどに。
当然専用の道具なんかないから、最低限の道具をありあわせで適当に揃えた。
編み籠を球状に改造して動物の革を張り、中に詰め物をしてボール代わりにし、ゴールネットは使えなくなった投網を漁師から譲ってもらって作った。
「ねえ、"さっかー"ってなに?」
「わたしも聞いたことがないんだけど」
「だよな。ちゃんと説明してやるよ。簡単だから安心しな」
決まり事も、ゴールキーパー以外は手を使ってはいけない、乱暴はいけないなどと最低限に設定してある。
オフサイドの概念などを説明しても混乱するだけだろうからな。
いやーしかし、子どもだけに留まらずこのまま順当に普及して行けば、この世界におけるサッカーの創始者として歴史に名を残してしまうかもしれない。
それはそれで美味しい。
余談だが、球技はもとより、こっちの世界には缶蹴りやドロケイのような遊びもないみたいだ(俺が知らないだけで、他の地域にはあるのかもしれないが)
「……ねえ、これってあんたが考えた遊びなの? 決まり事といい道具といい、なんていうか、個人の発明にしては洗練されすぎてる気がするんだけど」
「ま、まあ細かいことはいいじゃんか。さっそく遊んでみようぜ」
一通りの説明を聞いたタルテが、お手製ボールやゴールを一瞥しつつ突っ込んできた。
鋭いな、こいつ。
タルテの追及を適当にかわし、俺達はサッカーに興じた。
さんさんと降り注ぐ日光の下、そりゃあもうたっぷりと遊んだ。
ジェリーと孤児院の子たち、帰る家の有無の差で軋轢が生じないか少し不安だったが、杞憂だったようだ。
すぐに打ち解け、笑顔で仲良く球を蹴り合っていた。
で、意外だったことが一つ。
「はい、こっちこっち! わたしの前の方に出して! 速い球でいいわよ! ……それっ!」
「ああっ! すみっこに蹴られたらとれないよー、おねえちゃーん!」
サッカーをするのは初めてだというのに、タルテがやたらと上手かった。
技術も理解度も、他の子たちより年上だってのを差し引いて考えても図抜けていた。
「ユーリ、"さっかー"って面白いわね」
「やるじゃんかタルテ。なでしこの称号をやるよ」
「何よ、それ」
この分だと、技術面ではあっさり追い抜かれてしまうかもしれない。
いかんいかん、俺も練習しといた方がいいかも。
そんな懸念を抱きつつも時間はあっという間に過ぎ、日没が迫ってきた。
「今日はたのしかったね!」
「またあそぼうねー!」
「おうよ」
「姉ちゃん、今度は負けないからな!」
「受けて立つわ。わたしがまた戻ってくるまで、たくさん練習しとくのよ」
名残惜しさは残るが、また帰ってきた時、存分に遊んでやろう。
院長先生たちに連れられて孤児院の子たちが引き上げていき、入れ替わりにアニンやカッツ、ジルトンたちが戻ってきた。
「おーっす、昼ぶり」
「私も子ども達と遊んでやりたかったのだが、すまぬな」
そして、再び準備が始まる。
「孤児院の人たちは帰っていったのに、まだ何かあるの?」
「ああ、夜もちょこっと集まって、飲み食いすることになってんだ」
今度は外部の参加はご遠慮願っている、内輪限定の集まりだが、この"第二部"がある意味本番と言ってもいい。
酒が解禁されるからだ(別に飲むのは強制ではない)
昼間、ガンガンに動きまくった後の一杯は最高だよな……なんて言うとオヤジ臭いだろうか。
……そういえば、タルテから酒を控え目にしろとか言われた記憶がうっすらあるが、まあいいか。
内輪限定というと排他的に思えるかもしれないが、人間酒が入ると色々とタガが外れて揉め事が起きがちになるからな。
日中の活動に影響が出てしまうのはよろしくない。
「って訳で、買って飲み食いするから、メシの準備はしなくてもいいからな。何だったら、ジェリーと一緒に先帰ってるか?」
「ううん、せっかくだから、参加してみてもいいかしら」
「ジェリーも、お酒のまないけど、いたい」
「そうか。もちろん歓迎するぜ」
「……それに、あんたを見張ってた方がいいかもしれないから」
おいおい、信用してくれよな。
準備は至って簡素だ。
大きな焚き火を卓と椅子で囲み、新たに補充した酒と飲み物と料理を並べるだけ。
「昼は俺がやったんだから、今度はアニンが乾杯の音頭を取れよ」
「む、承知した」
アニンは要請に応え、杯を持って立ち上がり、低めのよく通る声を張り上げた。
「諸君! 我々がいない間、昼夜双方の種まきの会の存続と、ファミレの安寧を頼む! 以上! 乾杯ッ!」
「カンパーイ!」
実に簡素かつ気風のよい言葉でまとめあげ、第二部が始まった。
俺も昼は院長先生がいなかったらこうしてたんだけどなー。
ま、今さらいいか。楽しもう。
ちなみに俺は、一杯目はビール派だ。
あっちの世界じゃ許されない年齢だが、こっちの世界なら法的にも別に大丈夫なのである。
「っはぁ~~! やっぱいいねぇ!」
爽やかな喉越し。主張しすぎないほのかな酒っぽさ。水石(魔力を帯びた石)で杯もろともバッチリ冷やしてあるし、完璧だ。
「ちょっと、そんなゴクゴク行って平気なの?」
「ビールなんて水みたいなもんだ。イケるイケる」
止めろってのが無理な話だ。
「タルテも、冷たいうちに飲んじゃえよ。ビールは初めてなんだろ」
「え、ええ……」
タルテは少しだけためらいを見せた後、杯に口をつけてわずかに傾けた。
「……泡しか入らないんだけど」
「もっとグイっと行かないと」
「…………ん、苦いけど、そこがいいわね。確かに冷たさがいい感じだわ」
こくんと小さく喉を動かした後、タルテは口元を緩ませた。
「初飲酒おめでとう」
「どうも」
タルテは俺と同い年だから、その点は問題ない。
「ジェリーはもうちょっと大きくなってからな」
流石にジェリーに飲ますのは色々とまずいので、代わりにジュースを用意している。
「うん。このジュースもおいしいよ」
本当に素直でいい子だ。
「お、なんだなんだ? 早速イチャイチャしてんのか」
ビールよりも強めの酒を呷って、既に出来上がりかかっているカッツや他の傭兵仲間が早速絡んできやがった。
「そ、そんなんじゃないです! わたしたち、別に……」
「照れてる照れてる。かわいいなぁ~」
口笛を吹かれ、拍手され、タルテは耳まで真っ赤にして照れる。
まだ全然飲んでいないってのに。
適当に流せばいいのに、反応するから喜ばせちまうんだよ。
「ほんとですから! そりゃあ、彼に助けてもらったのは嬉しかったですけど」
「そ~お? じゃあ、あたしがもらってもいい?」
「うお」
頭の真後ろから声がすると共に、首から胸元へ両腕が伸びて交差する。
「ジ、ジルトンさん!?」
「ああっジルちゃん、どうしてユーリなんかとくっつくんだよぉ」
「ねえユーリ、あたし、酔っちゃったぁ」
「ウソつけ、お前が底なしなのは知ってんだよ」
こいつが酔い潰れたのを見たことがないし、話を聞いたこともない。
「つーか離れろ。顔近えよ」
腕を外そうとしても『いやぁん』なんて言って、蛇女のようにしつこい束縛を一向に緩める気配を見せない。
「そ、そうですよ! 小さな子だっているんですよ!?」
「あらぁ、大丈夫よ。アニンがいるから」
首を動かしてジェリーの方を見ると、ちゃんとアニンが移動させ、注意をそらしていてくれていた。
こういう気配りは上手いのな。
「やきもちなんか焼いちゃってぇ。羨ましいの?」
「べ、別に、そういう気持ちはないです! ぜんぜん!」
「だったらいいじゃない。そこでビールちびちびやりながら見てなさぁい」
煽るなよ。
ほら、タルテの顔つきがみるみるうちに険悪になってく。
「ねぇユーリ、あっちでいいことしなぁい? もちろん、二人っきりで」
「しねえよ」
雰囲気もへったくれもなさすぎんだろ。
「も~、相変わらず真面目さんなんだから」
大げさなため息をついた後、ジルトンがやっと拘束を解いてくれ、横の椅子に腰を下ろした。
「ほらほら、タルテちゃんたら怖い顔しないで、楽しく飲みましょ、ね?」
タルテは眉間のしわを消さないまま、無言で俺から少し隙間を空けて座る。
「いいなあ、お前ばっかおいしい思いしちゃってよ」
そう見えるか?
両手に花にも見えるかも知れないが、花は花でも鋭いトゲ付きのバラが二輪だぞ。
「だったら代わってやるよ。俺、アニンやジェリーたちとも話してくる。また後でな」
こういう時は離脱するに限る。
お望み通り傭兵仲間に譲ってやり、俺はささっと、少しだけ離れた所にいたアニンとジェリーの所へと移動した。