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60話『ミヤベナ大監獄、混沌と秩序の領域』 その2

 この2つの首輪の説明を初めて聞いた時もそうだったが、改めて俺の中に疑問が浮かぶ。

 餓狼の力は大丈夫なんだろうか、という、ごく自然な疑問だ。


 空白の皿からは、流石にそこまでは調査できなかったから、何とかして使用の可否を確かめろと、非常に投げやりなお言葉を頂いている。

 餓狼の力の源泉は魔力でも気でもないから、恐らく大丈夫だとは思う。

 なので試してみたいが、危険がデカすぎる。

 万が一の時のことを想像すると、どうしても二の足を踏んでしまう。

 無駄死にはしたくない。


 せめて勝算の高い根拠が欲しい。

 それが得られるまでは保留にしておくか。

 初っ端から暴れて変に目を付けられるのも良くないし、それにある程度の話を聞いているだけで体験はしておらず、監獄の実情を右も左も分かってない状態に近い。

 慎重に、慎重にだ。


 心中ビビっている内に、続けて左手に腕輪をつけられる。

 こっちは確か……監獄内での所属階層を表すものだ。


 これで晴れて囚人・ユーリ=ウォーニーの出来上がりってか。

 ……笑えねえ。

 前世にいた場所が、警察の抑止力が強く広まっていた国家だったからか、罰や投獄というものに対して過敏になりがちになっている自覚があるんだよな。


「来い」


 前後をぴったりと看守につかれ、移動を命じられる。

 やはり枷ははめられなかった。

 俺を引率した人間はこの後どうすんだと考えかけたが、まあ再び魔力を充填してから魔法陣で帰るんだろうなと勝手に結論付ける。






 やはり転移魔法陣のある場所は、単に手を入れていなかっただけらしい。

 少し歩くとすぐに外装が切り替わり、監獄へと入り込んだのが分かった。


 想像していたよりも清潔で、静かな場所だった。

 おまけに思ったより厳重な雰囲気でもない。

 俺達が鳴らす足音ばかりが、やけに大きく響く。


 ……というか、囚人の姿を一切見かけないんだが。

 もしかして、わざわざ専用の通路を通っていたりするんだろうか。


 その線は充分考えられる。

 ここまでそれなりの距離を歩いてきたが、まるで迷路のような道だった。

 あっちこっち曲がったり昇り降りしたり、複数の鍵を使って扉を開けたり……

 出来る限り道筋を覚えようと思ってたが、俺の頭ではすぐ限界が訪れた。

 きっと脱獄させないために、わざと分かりにくくしてるんだろう。


 というか、枷はおろか、目隠しもさせず移動させていいんだろうか。

 この辺も気になるっていうか、態度こそ高圧的だけど、どこか配慮されている気さえするんだよな。

 これも皇帝の御意向って奴か?

 ま、優しく扱われるに越したことはないから、いいんだけどさ。


 ……。


 黙って歩きっ放しのも何だから、ちょっと聞いてみるか。


「すんません、質問なんですけど。この首輪、魔力と気にしか反応しないんすか?」


 無視された。

 教えられないってことか。そりゃそうか。


 そのまま無言でしばらく進み、また階段を昇り、扉を開けると、ガラリと室内の雰囲気が変化した。

 まるで高級宿のような廊下だった。

 床には汚れ1つない赤い絨毯が敷かれ、絵画や石像、花瓶なんかも各所に配置されている。

 ただ俺はタルテじゃないから、これらをどこの誰が作ったのかはちっとも分からない。


 あと、今までは無かった窓もあって、外の様子が窺えるようになっていた。

 もちろん見てみたいから、歩く途中、視線を送ってみる。


 いつの間にかかなり高い階層まで来ていたようだ。

 吹き抜けの広場になっている地上が小さく見える。


 そして、この時ようやく、他の囚人の姿を外に認めることができた。

 皆同じ薄茶っぽい色の囚人服を着ているようだ。

 殺伐とした空気は感じず、どこか秩序だってはいるが、思い思いに過ごしているように見える。

 事前情報から推察するに、恐らくあれは3層辺りの囚人たちなんだろうな。


 廊下を少し進んでいくと、彫刻の施された扉が見えてきて、そこの前で先頭を歩いていた看守が立ち止まり、扉を開けた。


「入れ」


 威圧的な物言いと対照的に、部屋の中は随分な歓待ぶりだった。

 一通りの調度品が並び、床には廊下のより更にふかふかな、幾何学模様をあしらった絨毯が敷かれ、奥の方には風呂場まであって……皇帝の部屋とまでは行かなくても、奢侈という言葉をそのまま具現化したような造りだ。

 独房とはとても思えない。

 くそっ、ファミレで俺が寝泊まりしてた家より広くて豪華じゃあねえか。


「鍵と目録はあの卓上に置いてある。後は好きにしろ」


 それだけ言い残して、看守たちは退出していった。

 しんとした、だだっ広い部屋に独り取り残されたのを自覚すると、何故か少しホッとしてしまう。

 連動して、今まで忘れていた疲労感が波濤のように押し寄せてくる。


 あそこにある、滅茶苦茶寝心地の良さそうな寝台で爆睡したいのは山々だが、その前に確認すべきことがある。


「……よし」


 他に誰かいないか、盗撮盗聴の道具が設置されてないか、確認完了。


 やばい。

 わざと「よし」なんて声に出してみたのに全く意味がない。

 眠気がもう限界だ。

 ちょっと寝とくか……




 …………


 ……




 仮眠程度にしておくつもりだったのに結局、寝台に飛び込むなり思いっきり爆睡しちまった。

 寝る前は早朝っぽかったってのに、今はもうほとんど日が沈み、部屋の中が暗い。

 火石を加工して作った照明を付けて部屋を明るくしてから、考え事を再開する。

 しっかり眠れたことで、目蓋こそまだ重いが、頭の中はスッキリした。


 さて、まずは現状確認。

 誰も起こしに来ず、ずっと眠りこけててもお咎め無しだったってことは、1層の囚人は別に規則正しく生活しなくてもいいって訳だ。


 お次は……外でも見てみるか。


「……はぇ~」


 壁の一辺についた大きな窓からは大海が一望できた。

 というか海しかなかった。

 魔物どころか小舟一つ見えやしない。

 僅かな残照によって血錆びた色に染まった一面の海は、脱出や救援など望めない絶海の孤島にいるという非情な現実を余計に際立たせていた。

 確かどの国からも遠く離れていて、おまけに潮流もとんでもないことになってて、転移魔法陣でないと行き来できないって言ってたっけ。

 大昔の人間は何を考えて、こんな所に魔法陣なんか設置したんだろうか。


 ま、今はそんなことどうでもいい。

 知るべきは……本来の仕事、接触すべき相手の居場所を知ることだ。


 皇帝の暗殺決行直前にロト、というかジャージアから言われたことを思い出す。


「――皇帝を討てなかった場合は、作戦を切り替える。討ち損ねた場合、其方らはミヤベナ大監獄へ送られるだろう」

「確証はあんのかよ。その場で即殺される可能性だって充分あんだろ」

「無い、と断言する。皇帝は強者や己に挑む者を好み、賓客のようにもてなそうとするからな」

「何だそりゃ。俺の理解を超えてんだけど」

「異国人の其方には分からぬ価値観であろうな。キンダック皇帝こそツァイを貫く弱肉強食の体現者、説明するならばただそれだけだ」


 あの時は何言ってんだこいつぐらいにしか思わなかったが、実際に対峙してみて、理解はできないが体感はできてしまった。


「理解せずとも良い。指令を違えなければな。……大監獄へ赴いたならば、この人物と接触し、我が名を告げるのだ」

「へ? あんたの名前を言うだけでいいのか」

「そうだ。名は、ダシャミエ。よく覚えておくのだ」


 名前を知らされるのと一緒に人相書きを見せられたけど、中々の男前だったな。


「大監獄の何処にいるのか、未だ"先発隊"からの連絡は無い。故に、まずは捜索から始めるのだ。事を急く必要はない。慎重に行動し、確実に任務を達成せよ」

「ていうかよ、俺らの処遇はどうなんだよ。監獄で一生を終えるなんて絶対嫌だからな」

「案ずるな。出獄の方法が無い訳ではない。それに監獄と言っても心配は要らぬ。我が館に滞在している現在と同様、快適に過ごせるであろう。では次に――」

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