58話『ユーリ一行、暗殺決行前の過ごし方』 その3
「――以上が、計画の大要となります」
ロトの屋敷の地下室で、骸骨みたいなライクのおっさんから受けた説明は、大体こんな感じだった。
・実行は7日後
・帝都の外に繋がっている皇帝専用の隠し通路を利用して、一気に宮殿の奥深くまで忍び込む
・手段は物理的な暗殺
どうして極秘事項なはずである、皇帝専用の隠し通路を知ってるんだという謎が浮かんだが、追及はしなかった。
「次に、牢記して頂きたい事項がございます。陛下の"貴腐血統"についてですが……」
「キフケットウ?」
「私が話す」
ロトが、説明を引き継いだ。
「貴腐血統とは、この世界で最も貴いと同時に、卑しく腐り果てたキンダックの血脈。この血を身に巡らせし者は、祝福と呪詛を同時に受けるに等しい。
魔法や気、毒さえも寄せ付けず、仮に傷を負ったとしても即座に完治させてしまうのだ。それだけに留まらず、外部に流れ出た血は、己以外の全てを蝕み爛れさせる猛毒となる」
「おいおい、何だそりゃ。反則じゃねえか」
「違反には違反。そこで役立つのが、其方の"餓狼の力"だ」
「……なるほどね」
確かに餓狼の力は魔法とも気とも違う。
だから俺に目を付けたって訳か。
おまけに防御や回復、移動もお手の物だもんな。
我ながら便利すぎると思ってるけど、それゆえにこんな面倒事に巻き込まれちゃ世話はない。
「貴腐血統……そのような血が存在していたとは、初めて知りましたわ」
「他国においても知る者は極一部と、本来は秘匿されるべき存在ですからな」
「万民に遍く知れ渡ろうと、一切の難事も無いのだがな」
ライクのおっさんとは対照的に、事も無げに言うロトの表情は、相変わらず着けている仮面のおかげで、全く読み取れなかった。
「説明は以上だ。決行までの間はこれまで通り過ごすが良い。不自由があれば気兼ねなくライクや他の人間へ申せ」
御主人からのありがた~いお言葉を頂いた後、俺達は解散して各自の部屋へと戻った。
用意された個室も豪華で、1人で使うのは勿体無いなと、入る度に少しセコいことを考えてしまう。
「あーあ」
ふかふかの寝台に腰かけると、思わず声を漏らしてしまう。
いずれは必ず訪れると分かってたけど、具体的に日時を指定されると、緊張が増す。
生活面では自由だが、精神的には不自由極まりないってんだ。
攻撃手段は任せるって言われたけど……どうすっかな。
アニンは「自分でやる」って言ってたけど、俺も手を出さざるを得ない場面ってのは高確率で訪れるはずだ。
まず考えられるのは、ある程度距離を置いて、かつ見えない物陰からレッドブルームかクリアフォースを食らわせることだ。
ロト曰く、貴腐血統は決して不死身を約束するものではなく、再生力を上回る攻撃を加えれば殺害は可能らしい。
遠距離からのレッドブルームやクリアフォースなら、一方的な攻撃ができる。
となると、俺が遠くに身を潜めて、アニンが接近戦を……
「入るぞ」
漠然と絵図を描きかけていると、唐突に扉が開いて、アニンがぬっと姿を現した。
「ビックリした。戸を叩くぐらいしろよな」
「すまぬ」
悪びれもせず言った後、つかつかとこっちへ近付いてきて、俺の隣に腰を落とした。
その衝撃で体が小さく縦に跳ねたが、今更そんなことでイラついたりはしない。
「どうしたよ」
「2人きりでしたいことがあってな」
酒盛りか?
と思ったが、酒を持っていない。何だろう。
「叶えてもらいたい事がある。私と性交してくれぬか」
「成功? そりゃまあ、な。失敗するよかその方が、今後身柄が安全な確率は高いだろうし」
「そちらの成功ではない」
がしっと、肩に腕を回される。
「ユーリ殿の硬く、熱くなったモノを、私の柔らかく、湿った場所に出し入れして欲しいのだ」
後半の方を耳元で囁くように言われ、背筋がゾクゾクっとしてしまう。
……どっちの意味でかって? 聞くな。
「は? 冗談はやめろよな」
「至って大真面目だ。失敗しても問題はないと言われたが、今回ばかりは最悪の場合、命を落とすかも知れぬからな。一度くらいは男女の悦びとやらを知っておきたいと思ったのだ」
二の句が継げなくなってしまう。
本当に真面目に言っているように聞こえたからだ。
他に誰もいない機を図ったのも、そういうことだろう。
「ああ、済まぬ。こういうことは雰囲気が大事なのだったな。どうも私はそういった演出が不得手でならぬ」
言葉を探していた俺を見て、照れたように頬を掻く。
こういう時、急にしおらしく振る舞ってみせるのはずるいだろ。
やばい、変にドキドキしてきた。
「あのさ、今ふと疑問に思ったんだけどさ。皇帝の貴腐血統だっけ? あんな血が流れてると、その、子作りの時とかどうするんだろうな。下手したら相手が死ぬだろ」
我ながら情けないとは思うが、話題逸らしに必死になっていた。
「さてな。私にはとんと分からぬ」
随分淡白な反応だな。
いつもなら嬉々としてこういう話題に乗ってくるはずなのに。
「確実なのは、我々の間に斯様な心配は無用ということだ」
「わ、おま、何すんだよ」
「見ての通りだ。衣服を脱ごうとしている。上手く雰囲気を作れぬのなら、私らしく強引に行った方が良いと思ってな」
「待て待て待て! そりゃ待て待て待て!」
こいつ、強硬策に出る気だ!
「……駄目か?」
「うっ……」
服を脱ぎかけたままの状態で(ビキニアーマーだから通常時の時点でかなり露出度高いんだけど)悲しそうな顔をされる。
普段は絶対そんなツラ見せねえくせに。
いや、だからこそ、このようにここぞという時にやられると、破壊力抜群だった。
……こいつ、結構女らしい顔立ちしてたんだな。
「やはり、タルテ殿でないと駄目か?」
「どうしてここであいつの名前が出てくるんだよ」
「こちらへ一番に気持ちが向かずとも、私は構わぬぞ。力ある者が多くの異性を獲得し、繁殖や金銭に利するのは当然だからな。無論、今夜の出来事を皆に他言するつもりも無い」
こっちの質問を無視し、話を進めてくるアニン。
「俺はそういう考え方ができねえんだよ」
それに……何よりもこいつを変に異性として意識しちまうのが、個人的に嫌だった。
女としてというより、いや、普段から女だとは思ってるんだけど、もう限りなく男友達に近い空気感になっちまってるんだよな。
話しやすくて、対等の立場で頼りにできて……
「ならば、私だけを愛してくれ。今だけでもいい。偽りでもいい。一度でも情交を結べたならば、此度の任で私の命脈尽きようとも、悔いなく逝ける」
どうする? どうすれば、こいつを傷付けず……
……あ、そうだ。
「あのな、お前は前提からして誤解してるんだ。死なねえよ。お前も、俺も。ましてやジェリーにまた会いに行くって約束もあるんだぜ」
「……ユーリ殿らしい答えだな。私の、女としての自尊心を傷付けまいと考えたのであろう」
「違えっての」
ふっと、アニンが表情を緩めた。
のを認識した瞬間、前触れなしに寝台へ突き飛ばされた。
「痛ってぇな、何すんだよ」
覆い被さられるのを警戒したんだけど、それ以上は何もしてこなかった。
ただ緩んだ表情のまま、自身の服装を正し、
「仕方ない、か。そもそも私に、頼む資格などないのだからな」
自分に言い聞かせるように呟く。
自己完結すんなよと言いたかったが、言えなかった。
「失礼する」
これまでの所業とは同一人物とは思えないほど繊細な仕草で、音や振動を出さず、アニンが隣に横たわってきた。
翡翠色の瞳が近距離で、こっちを覗き込んでくる。
動きを縛る魔眼を使われたように、俺は動けなかった。