表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
160/300

58話『ユーリ一行、暗殺決行前の過ごし方』 その2

「――何という不遜! 不逞! 初代教主のメイツ様がこの地をお見捨て……お離れになったのも得心ですわ! このような、民の心までもが不毛の地と荒れ果てた……」

「どうどうどう」


 そろそろ止めた方がいいと思ったので、打ち切りにする。

 放っておいたら延々と垂れ流し続けてる文句を誰かが耳にして、また新しい争いの火種になりかねないからな。


「ユーリ様は些かの怒りも感じませんの!? 御覧下さい、わたくし、無念の余り、震えを抑えられませんわ! わたくしやユーリ様のみならず、ローカリ教までもが否定されたようで……!」

「俺だってお前と同じだよ」

「!?」

「ユ、ユーリ様!?」

「ほら、ここを触ってみろ。熱くなってんだろ?」

「そ、そんな……わたくしを、わたくしをこのように正面から抱いて下さるなど……」

「分かってもらえないのもしょうがねえよ。初代様だって手こずったんだ。焦らずやってこうぜ。な」


 言っとくけど、こうやったのは黙って頂くためにやむを得ずだからな。


「……#%&+*@!」

「ほい、タルテ。やるよ」


 あっちとこっち、どっちの世界にもないような訳の分からない言葉を発するミスティラを渡す。

 黙らせるという目的を達した以上、やり続ける必要はないからな。


「……何にやけてるのよ。いやらしいわね」

「ば、馬鹿、俺はいつも通り凛々しいお顔だっての!」

「ユーリ殿、今朝食べた肉饅頭と、どちらが柔らかかった?」

「そりゃ比べるまでもなくこっち……ああああああ!」


 しまった、と思った時点でもう手遅れである。

 タルテからの罵倒大盛りを、加減なしの右平手の付け合わせで食わせてもらったのは言うまでもない。 






 その後は皇帝のいるチュエンシー城を下見をしてみるかって話になった。

 もちろん今の時点で少しでも怪しまれるとまずいので、観光のふりをして、遠目から眺める程度に留めておく。


 当たり前だが、城の守りは凄まじく堅い。

 衛兵は的確に配置されているし、建物自体も強固だ。

 結界や魔法陣の類が張り巡らされているんだろう。


 城に忍び込むとして、すり抜けられる隙なんか存在するのか?

 ブラックゲートを使うにしても、上手く行くだろうか。


「しっかし、凄ぇ城だよな。どんだけ金かかってんだこれ」

「今の皇帝になってから、更に改修を行って豪奢にしたって、シィスさんが言ってたわね」


 その金を少しは民に回してやれよと、意味がないと分かりつつも思ってしまう。

 小さな町よりも遥かに広大な敷地は隙間なく高い城壁で囲まれていて、中の正確な様子を窺うことはできないが、城壁からはみ出している部分には、金銀を用いた装飾が施されているのが見えた。

 あれを削り取るだけで、幾世帯もの家庭がメシを食えるようになるんじゃないか?


 もっとも、そんな突っ込み所こそあれど、それが暗殺を正当化する気持ちに結び付きはしないが。


「そういやアニン、お前、城に入ったことあんの?」

「うむ。幼い頃のことで、皇帝や2人の皇子と直接謁見したこともないがな。当時の時点で広大で、贅を尽くした建築だったことは覚えている」


 アニンが今言った通り、皇帝には息子が2人いるってのは空白の皿からも聞いていた。

 そのうち片割れは現在行方知れずになっているそうだが(民には知らされてないらしい)特に捜索はしてないんだとか。

 後継者争いに関係してるんじゃないかとか、色々暗い想像をしてしまう。

 そしてやっぱり空白の皿は、皇子派なんじゃないだろうか。


 図らずとも思考がそっちの方へ流れていくのが、もう癖になっていた。

 ロト曰く、仮に俺達が任務に失敗しても2つの意味で問題はないらしいが……不安なものは不安だ。

 今更考えても何かが変わる訳じゃないけど。


「ユーリ様……」


 タルテやミスティラが、ひどく心配そうにこっちの顔を覗き込んでいた。

 いかんいかん、こいつらまで不安にさせてどうする。


「わたし、どうすれば、あなたたちの助けになれるかしら」

「まずはその暗いツラをやめてくれるとありがてえな。俺もやめっから。さ、そろそろ行こうぜ」


 あの日が来たみたいに憂鬱そうなタルテの肩を叩き、城から離れようとした時だった。

 城から離れた場所の木陰に、人の姿が目についた。


「悪い、ちょっと行っていいか」


 無視できなかった。

 だって、見るからに腹を空かせているようだったから。


 太い木の幹に背中をくっつけ、うなだれていたのは、ジェリーよりも幼い、年端も行かない女の子だった。


「よっ」


 声をかけると、女の子がおずおずと顔を上げる。

 極端に痩せ細っている訳ではないが、生命力を感じない容姿だった。

 また粗末な服装からも、この子が置かれている環境を簡単に連想できてしまった。


 女の子は、俺達を見て怯えていた。

 不謹慎極まりないが、先刻の少年と違ったとても"らしい"反応に、安堵さえしてしまう。


「俺達、この前炊き出しやってたんだけどさ、食べたか?」


 恐怖心を与えないようにしゃがみ込み、意識して笑顔を作り、声を柔らかくして尋ねると、女の子は首を振る。


「そっか。残念だったな。でも心配ないぞ。ほら、食いな。腹減ってんだろ」


 砂糖をまぶした揚げパンを差し出す。

 本当はおやつ用に市場で買ったんだけど、ここで惜しむほど俺はケチじゃない。

 他には干し肉とかローカリ教の非常食も持っていたが、こっちの方が口に合うだろう。


「遠慮しなくていいんだぞ。美味いぞー」


 女の子は、戸惑っていた。

 予想通りの反応だったので、少しでも動いた瞬間、手を取って半強制的に袋を掴ませた。


「食ってみな。水もあるから、口の中がパサパサになる心配はないぞ」


 ついでに水筒も渡す。


「…………ぅっ」


 少しの間、クッキーの袋と水筒を交互に見比べていたが、空腹には抗えないらしい。

 破る勢いで袋を開けて中身を取り出し、ザリザリとかじり、水で流し込む。


「全部やるから、そんな慌てなくていいぞ」


 その後、女の子が無言で飲み食いを続けるのを、俺達は飼育小屋のウサギを観察するように無言で見守っていた。 

 そして半分以上食べ進めた頃、女の子が前触れなしに立ち上がる。


「あ……えっと……えっと……」


 か細い声をもつれさせ、目を左右に泳がせ、何かを言おうとする。

 俺達は辛抱強く待っていたが……


「嗚呼、どちらへ行かれますの!」


 女の子は結局はっきり言わないまま、小走りで貧民街のある方角へと行ってしまった。


 でも、俺は見逃さなかった。

 走り出す直前、確かに、あの子は笑顔を見せて、小さく首を縦に振ってくれた。

 実際に当座の飢えを凌げて、しかも喜んでくれた。それだけで充分だ。


 でも……胸が温かくはなったけど……

 心の奥にあるやるせなさを拭えはしなかった。


 あの子の行動に起因するものじゃない。

 もっと俺の中の、深い部分に根差しているものだ。


 この国で改めて現実を思い知らされてから、再び活性化された気がする。

 いくら救ってもキリがないのではという嘆き。

 意味がないのではという、自分への疑い。


 いや、疑うな。迷うな。

 やり続けろ。救い続けろ。

 さもないと、俺は生きている意味がない。


 そうだ、例え皇帝を暗殺しようとしまいと、関係ない。

 俺の命ある限り――


「こんな時でも施しとは、ユーリ殿らしいな」


 気付いてか気付かずか、己の思考の深海に沈み込みそうになったのを、アニンが引き揚げてくれた。


「助けられるなら助けときてえだろ。10回や20回の失敗で簡単にめげちまったら、絶対正義のヒーローにゃなれないからな」

「流石はユーリ様ですわ! いかなる困難にも挫けず、己が道を貫く……やはり貴方様こそ、ローカリ教の教主に相応しき御方。今からでも遅くはありません、わたくしと……」

「あー、お褒めの言葉だけありがたく受け取っとくよ、ありがとな。……ん、どうしたタルテ」

「ううん、なんでもないわ。後でまた、おやつを買い直しましょう」

「おう、そうだな」


 空白の皿から皇帝暗殺の決行を告げられたのは、この日の夜だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ