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9話『ユーリ、種まきの会を託す』 その2

「……あのー、タルテさん?」


 声をかけつつ、恐る恐る横目でタルテの様子を窺ってみる。


「おねえちゃん? どうしたの?」


 タルテは時の流れから切り離されたように、目を見開いて固まっていた。

 ジェリーがくいくい手を引っ張っても、一切反応を見せない。


「あははー、純真なんだね! ごめんごめん。冗談だから真に受けないで。やってるってのは、あたしの手料理ね」

「そ、そうなんですか」


 根負けしたジルトンが謝罪したことで、ようやくタルテも再起動できた。


「つーかさー、あたしに断りなく外国に行っちゃうってどーゆーことよ! 今度一緒にショルジンまで出かけるって約束したじゃん」

「えー、んな約束したっけか」


 って、まだ続くのかよ。

 約束と言われても、本当に覚えてないんだが。


「ほら、ついこの間。夜、二人でお酒飲んだ時」

「あー、ツァイかどっかから大量に新しい酒が来たからって、ガンガンに飲んだっけな」


 タルテに会う何日か前、そんなことがあったっけ。


「そうそう! そん時『俺がジョルシンだろーがウチューのハテだろーが連れてってやるよ!』って言ったじゃん」

「確かに言ったような……って、俺が酔っ払った時に勝手に決めてたのかよ」

「なによう。約束は約束でしょ?」

「ダメだぜ、ちゃんとシラフで両者の明確な承諾がないと。翌朝のゲロと一緒にお流れってことで。ほらほら、手ぇ止めてるとおっちゃんたちに怒られるぜ。俺も手伝うから、さっさと再開しよう」

「もー、バカ!」

「ジェリーとタルテも……って、あの、タルテさん? どうしたんすか」


 思わず敬語になり、体の重心が後ろにかかってしまう。

 タルテが、物凄い顔で俺を見ていたからだ。


「……あんた、お酒は控え目にしなさい。いいわね」


 そして、今までに聞いたことがないくらいドスの効いた声で釘を刺してきた。


「おねえちゃん、こわい……」


 同感だ。




 日が高くなるにつれて、他の参加者たちも三々五々集まってきた。


 タルテの威圧感は中々鎮まらなかったが、仕事自体はきちんとこなしてくれた。

 ジェリーもおじさんおばさん連中に可愛がられつつ、一生懸命頑張ってくれているようだ。


「兄ちゃーん!」

「おう、元気そうだな」


 そして院長先生を先頭に孤児院の人たちもやってきて、その中には先日知り合った歯欠け男子、おかっぱ女子、くせっ毛男子の三人組も混ざっていた。


「きょうはいっぱいごはん食べていいんだよね!」

「もちろん。たくさんおかわりしろよ」

「わーい!」

「ねえねえユーリ兄ちゃん! あそぼ、あそぼ!」

「よしよし、約束通り、今日はとことん付き合ってやるからな」

「あなたたち、遊ぶのはお手伝いとご飯を済ませてからにしましょうね」

「はーい! せんせー!」


 院長先生にたしなめられ、子どもたちはわっと指定の持ち場へ走っていった。


「おはようございます、ユーリ君」

「院長先生。おはようございます。あの子たち、上手くやってますかね」

「ええ、三人とも素直ですし、他の子たちともすぐ打ち解けましたよ」

「そうですか、良かった」


 もっとも、その辺は完全に院長先生の手腕を信頼してるんだが。


「聞きましたよ。しばらく異国へ旅立つそうですね。街や会のことは私たちに任せて、あなたはしっかりやり遂げてきなさい」

「ありがとうございます。すいませんけど、お願いします」


 この人たちがいれば大丈夫だろう。

 と、いつも通り悠然とした振る舞いでにこやかな笑顔を浮かべる院長先生を見て思うのだった。


 で、更にその後、大あくびをかましながらやってきたカッツたちを一発どついて、こき使って、何やかんやと時間は過ぎ、ちょうど真昼頃。

 全員に食事が行き渡り、ようやく全ての準備が整った。

 今日の献立は豚肉入りカレーライスと、卵焼きや目玉焼きといった卵料理。定番だな。


「ユーリ君、食べる前に一言挨拶をしましょう」

「いやー、別に『いただきます』だけでいいですよ。みんな一刻も早く食べたいでしょうし」

「挨拶しなさい」

「……ウッス」


 怒気こそ一切見せないが、有無を言わさない凄みがあるのが院長先生の恐ろしさなんだよな。

 逆らえないので、やるしかない。


 大人の背丈の三倍近くある木製の台に登って広場を見渡すと、かなりの人口密度になっているのが改めてよく分かる。

 そして『早く食わせろ』オーラがあちこちから漂っているのも分かる。

 俺だってそうしたいが、しょうがないだろ。

 身振り手振りで少しの間静かに待つよう頼み、場が静まるのを待つ。

 あっちの世界みたく拡声器がないので、声を響かせるしかないからだ。

 これだけ大勢相手だと、ブルートークも使えないしな。


 静かになったところで、俺はあまりやりたくもない演説を開始した。


「俺も含めて皆さん凄くお腹が空いてると思いますので、手短に行きます。……えー、始めてからまだ季節が一巡もしてないこの"種まきの会"ですが、だいぶ規模が大きくなりました。ここまで続け、育てられたのも、皆さんの惜しみない協力あってだと思ってます。本当にありがとうございます」

「なーにかしこまってんだ! らしくねえぞ主催者ー!」


 カッツが野次を飛ばすと、どっと笑いが起こる。

 やかましいわ。


「一部の人にはもう話してますが、やらなきゃいけないことがあって、俺はしばらくファミレを離れます。……ですが、いずれは旅に出ようと思ってたので、今回はむしろちょうどいい機会だと思ってます」


 ここで一度ジェリーに視線を向け、笑いかけてやる。

 大丈夫、ジェリーは何も悪くないんだからな。


「そこで、今日まで力を貸してくれた皆さんに、一つお願いがあります。……押しつけるような形になって申し訳ないんですが、俺がいない間も、この会を続けていってもらえないでしょうか」

「おーう! 任しとけー!」


 再びカッツの割り込み。

 そして、拍手。


「安心して行ってこーい!」

「帰ってくる時は美味い土産をたくさん持ってこいよー!」

「ユーリ兄ちゃん、がんばってー!」

「みんな……ありがとな! そして、ありがとな! 行ってきます!」


 傭兵仲間、市場や大食堂、孤児院の人たち……みんな本当にいい連中だ。

 これで心置きなく出発できる。

 拍手に混じって『何で二回言うのよ』というタルテの呟きが聞こえた気がしたが、まあいいだろう。


 ともあれ、俺の名演説に院長先生も満足し、ようやく食事開始の合図が出せるようになった。

 ささっと『いただきます』の号令をかけ、台を飛び下りてカレーを貪る。うん、うめえ。


「すごいわね」


 五口目をスプーンですくった時、タルテが声をかけてきた。


「何がよ」

「これだけ多くの人を集めて、信頼されて。さすがは絶対正義の"ひーろー"さんね」

「急にどうしたよ。褒めても俺の分のメシはあげないぞ」

「そういうつもりで言ったんじゃあないわよ」


 そんな雑談を交わしてると、別の新しい客――孤児院の男の子が、申し訳なさそうな顔を浮かべてやってきた。


「どうした?」

「ごめんなさい、せっかく作ってもらったんですけど、ぼく、卵が食べられないんです」

「あ、無理しなくていいぞ。友達にでもあげな」

「はい、ごめんなさい」

「……少し意外だったわ」


 男の子の背中を見送りつつ、またタルテがしみじみ呟く。


「今度は何だよ」

「てっきり、説得して食べさせるかと思ってたのに」

「ある程度の好き嫌いは仕方ないだろ。ましてや子どもだし。それに、もしかしたらアレルギーかもしれねえからな」

「あれるぎー?」

「平たく言えば、好き嫌いに関係なく体に合わないってこと。詳しい原理とかは俺にも分からん」


 医者じゃあないからな。

 さて、食事を再開するか。


「やっほー、おつかれー」


 ……と思ったら、今度はジルトンがやってきた。


「おう、そっちもな。配膳とか大変だったろ」

「大食堂の忙しさに比べたらぜーんぜん。そんなことより、頑張った主催者さんに、あたしがごほうびあげる。食べさせたげるから、はい、あーんして」

「いや唐突で脈絡なさすぎだろ!」

「なによう、今さら照れてんの? あたしたちの仲じゃない」

「そうだよ、照れっ照れだからやめてくれ」

「いつもやってんのに、何言ってんのよう」

「ぐっ……」


 やってるっつーか、押し付けてきてんじゃあねーか。

 しかも周りが囃し立てるから、尚更断りづらくなるし。


 とは言えなかった。

 別にジルトンに気を遣ったんじゃなく(そんな繊細な性質でもないし)すぐ隣から放たれている、肌をビリビリと震わせる気配が、思考を声にすることを拒んでいるのだ。

 ……大げさなようだが、誇張なしにマジだからな。


「どうぞ、ジルトンさんと仲良くしてれば? ジェリー、アニンお姉ちゃんのところに行きましょうか」

「え、あ、あの」


 氷のような冷たい態度のまま、タルテはジェリーを連れて離れた卓へと移動してしまった。


「んふふ、あたしの勝ちー。はい、ほら、あーん」

「……お前なあ」

「あの子のご機嫌取りなら、船の上でいくらでもできるじゃん。これくらいいいでしょ? あたしは旅についてけないんだし。……少しくらい、許してよね」


 急にしおらしく振る舞いやがって。

 半ば演技だと分かってても、強く出られなくなっちまう。

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