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58話『ユーリ一行、暗殺決行前の過ごし方』 その1

 "血詰めの呪詛"なんてクソ忌々しい魔法を使われてまで、皇帝・キンダックの暗殺を強制されちまった訳だが、幸いすぐにやれとまでは言われなかった。

 作戦を考えたり、色々と準備が必要なんだと。

 ただ、そういう細かいことは全部あっちがやってくれるらしいから、その点はまだ気が楽だ。


 で、その準備が整うまでの間は自由行動が許されていた。

 怪しまれなければ帝都内を自由に動いていいと言われてるし、空白の皿の構成員を同行させたりなどの監視もない。

 あれだけ釘を刺しとけば逃げるはずがない、って思ってるんだろうな。


 理由はどうあれ、好きに過ごせるのはいいんだけど……流石にこんな状況で普段通り振る舞えなんかしない。

 望まずとも空気がピリピリしてしまって、いつもよりも会話が減ってしまっていた。


「今晩は大量の油を絡めて炒めた肉料理が食べたいものだ」


 そんな中、アニンだけはいつも通りだった。

 俺達が放つ重たい空気などどこ吹く風と言った風に、市場の肉屋の方を見てのんびりと呟く。


 ちなみに今は中央通り付近を散策している最中だ。

 日差しがギラギラと降り注いでいて気温が高いだけじゃなく、建物が奇妙に密集している上、人も多い。

 不快指数はかなりのものだ。


「ツァイの歴史は闘争の歴史、幾度も破壊と再生を繰り返してここまで成長してきたのだ。この市街にも表れているように、混沌を伴ってな」

「どこの世界も変わんねえのな」


 今は特に国家間の戦争が起こってないらしいからまだいいけど。


 ちょっとばかり落ち着きたい所だが、人気のない所へホイホイ行く訳にもいかない。

 特に、女連れで貧民街などには行かない方がいいとサモンさんから言われているため、行ける場所はある程度限られている。

 だから先日、炊き出しをやった時も……


「きゃっ」


 いきなり、横にいたタルテが小さく声を上げて、考え事を中断させられる。

 何事かと思って見てみると、どうやら前から走ってきた子供がぶつかってきたようだ。


「ごめんなさい、おねえさん」

「ううん、大丈夫よ。痛くなかった?」

「うん」


 気を付けてね、と笑ってさよなら、なんて展開にはしなかった。


「スリは良くねえな。このユーリさんの目にはお見通しだぜ」

「え?」


 子供の手首を掴み上げると、タルテの財布が袖から地面にするりと抜け落ちた。


「うそ、いつの間に……」

「油断も隙もないとは、この事を指すのでしょう」


 自分の体をパンパン叩くタルテと、呆れたように呟くミスティラ。

 アニンは特に感情を表に出すことなく、無言で財布を拾ってタルテに渡した。


「ったく……」


 随分とクセのありそうな盗っ人だな。

 年齢は6~7歳ぐらいだろう。

 特に貧しそうにも見えない格好をしている。

 まあこれくらいの歳のスリはファミレにもいたから驚かないけど、引っかかるのは態度だ。

 捕まったことへの焦りも、罪悪感も見せず、また抵抗する様子もない。

 手首を俺に掴まれたまま、きょとんとした顔だけをこっちに向けていた。

 異様なまでの落ち着きだった。


 処遇をどうするにせよ、まずは場所を変えるか。

 これくらいは日常茶飯事なのか、特に誰も俺達を気に留めていないが、一応人の少ない所へと移動してから尋問を行う。


「行くぞ」


 引っ張っても、子供はされるがままだった。


「――さて、一応聞いとこうか。何で財布をすった?」


 なるべく柔らかく尋ねてみたが、子供は目を2、3度しばたたかせるだけで、ぽかんとした表情を固定したまま答えない。


「食うものに困ってんのか?」


 またも無言。

 黙秘ってか。


「幼子と言えど罪は罪。然るべき罰を与えるべきですわ」


 さてどうしたもんかと思っていると、これ以上は黙っていられないとばかりにミスティラが、厳しい顔と声で有罪を主張してきた。

 子供に反省の色がないことも影響してるんだろう。


「事情も聞かないでそれはちょっと……」

「甘い! 砂糖菓子ですわ! そのような心構えだから財布を奪われますのよ!」

「なっ……!」

「揉めんな揉めんな。話が逸れる」

「私はユーリ殿に一任するぞ。私に決めて欲しいと言うならば、そうするが」


 2人のように特に怒りも憐れみもせず、アニンは淡々と言う。

 ……こじれる前にここは俺が決めちまった方がいいかな。よし。


「……おい、今回だけはお咎め無しにしてやる。この後どうするかはお前の自由だけど、今度はもう助けないからな。もしまた俺達から盗ろうとしたら、今度は役人に突き出すだけじゃなくて、この大包丁で腕をちょん切っちゃうかもしれねえぞ」


 拘束を解いてやっても何も言わないし、脅しも効果がないようだ。

 あまりの変わらなさに、こっちが少し怖くなってくる。


「ま、感謝しなくてもいいんだけどさ。1回だけ助けた意味ってのをちょっと考えてみな。考えるのが苦手って訳でもないだろ?」


 果たしてどこまで伝わったかどうか全く不明だが、とりあえず伝えることは伝えた。

 あとはあいつ次第だと、野良猫のように走り去っていく子供を見送りながら思う。


「どうして詳しく理由を聞こうとしなかったの?」

「無理に聞いた所で本当のことを言うとは思えなかったからさ」

「確かに、そうね」


 呟くタルテとは対照的に、ミスティラの方はカンカンだった。


「全く、何ですのあの振る舞いは!」

「お前は納得行かねえよな。悪い」

「い、いいえ、ユーリ様に一切の責はございませんわ!」


 なんて言ってるけど、全然納得していないのは見え見えである。


「ですがどうか、一時の放言をお許し下さいませ。……大体、先日炊き出しを行った時もそうでしたわ! 強要するつもりはございませんが、この国の民達はろくに感謝もせず……!」


 こっちの許可を待たず、ミスティラは先日の出来事に話を切り替え、つらつらと文句を並べ立て始めた。

 まあ、気持ちは分かる。

 あんなことになっちまえば、な。


 報酬の変更に関する約束を取り付けた後、本当にロトは大量の食糧――およそ300人分もの量を用意してくれた。

 で、炊き出しに詳しいミスティラの指導下、その辺の広場を借りて炊き出しを行ってみたんだが……成果は到底芳しいとは言えなかった。


 約300人分の食糧を、全て配り終えること自体はできた。

 なんだけど、その途中で色々揉め事が起こっちまったんだよな。


 何やってんだこいつら、と変な目で見られる程度ならまだ良かった。

 大変だったのは「無意味」だの「偽善」だの「持てる人間の気まぐれ」と野次を飛ばしてくる人間が現れてからだ。


 当然、そんなことを言われりゃ真っ先にミスティラがキレる。

 ちなみに名誉のため補足しとくと、ミスティラはいつも炊き出しをする時とかは装飾品を外しているし、今も治安を考えてそうしている。

 ローカリ教教主の娘だけあって、そういう所はしっかりしてるんだよな。


 で、それを皮切りに、諸々の問題が一気に噴出した。

 食材を盗む奴が現れたり、在庫をちょろまかして勝手にメシを食い出したり、列に割り込む奴が現れたり、そもそも列があまり意味をなさかったり、量が他の奴より多いだの少ないだので喧嘩が起こったり……


 俺とアニン、それと手伝いに来てくれたシィスは仲裁で精一杯だった。

 その際少々の武力を行使しちまったけど、もう綺麗事だけで済ませられる状態じゃなかったから仕方ない。


 覚悟はしてたけど、相当に厄介で、骨の折れる炊き出しだった。

 ファミレで"種まきの会"を始めた最初の頃も似たようなことが起こったけど、あの時の比ではないと思う。


 いやはや、自分の甘さを思い知らされた気分だ。

 食わせてやって当面の飢えを凌ぐこともやっぱり必要だけど、同時に住んでる人間の意識改革もしないとダメなんじゃないだろうか。


 空白の皿からの頼まれ事が終わったら、しばらく滞在してみるか?

 この場所で第2の"種まきの会"を始められたら……いや、そんな悠長なことはしてられないかな。

 成否に関係なく、帝都も俺達の立場も、ただじゃ済まなさそうだし。

 まあ、終わってから考えるか。

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