57話『ロト、空白の皿の統率者』 その3
「今は意味があるかないかをこれ以上ゴチャゴチャ言うつもりはねえ。でも1つ、条件がある」
「申せ」
「今回の仕事をやったら、報酬をくれるんだよな?」
「決して違えはせぬ」
「なら、"俺"に渡す報酬分をなるべく早く、この帝都に住んでる、食べられない人達への食糧配給に充てて欲しい。それが、"俺"が今回の件を引き受ける条件だ」
「良かろう。それで其方が動くのならば安い物だ。食糧の支給を約束しよう」
「……ありがとうございます」
嘲笑も否定もされず、即答で約束された。
納得行かない部分もあるが、実利は取れたから良しとするか。
「それで、具体的にどう配分するつもりなのだ」
「詳細はわたくしが引き受けますわ。ローカリ教が培った知識や経験がお役に立ちましょう」
「すまねえ、頼む」
「加えて1つ言っておこう。現皇帝を誅殺せしめれば、帝国は其方の考える平等に近付く。そうすれば今よりも多くの民が飢えから免れはするであろう」
「どういうことっすか」
「次に帝位へ坐す彼の者ならば、ツァイと臣民をより良い道へ導ける。それだけだ」
ここで確信できた。
黒幕はやっぱり帝国中枢の反皇帝派だ。
もっとも、相手が誰でも俺達には関係ない。
やることやって、アニンの無念も晴らして、さっさと縁切りが最善だ。
「話が延びてしまったな。料理が冷める前に食事を済ませようか。いかような事情であれ、今、目の前にあるこの料理が飢えた民に行き渡る事は無い。其方らの為に、我が配下が、英気を養って欲しいと、真心を込めて作った物なのだからな」
確かにその点は非の打ち所がない正論だ。
「……いただきます」
この期に及んで、まさか毒なんか入ってないだろう。
俺達だけはローカリ教の食前儀礼を行い、食事を開始した。
メシは美味かったけど、流石に全てを忘れて純粋に味わえるほど図太くはなれなかった。
タルテもミスティラも、
「本格的なツァイの料理を味わうのは久しぶりだろう」
「単純に美味、という感想しか浮かばぬな」
そしてアニンでさえも同様だった。
ただし終始無言の重苦しい席だったかと言うとそうでもなく、会話や笑い自体は普通に飛び交っていた。
ロトも、偉そうではあるものの、意外と無口でもとっつきにくくもないようで、パッカさんやサモンさんからの話にも普通に受け答えし、時には笑みさえ零していた。
俺達の辿ってきた旅路や考え方なんかについても尋ね、興味深そうに聞いていたのも印象に残った。
総合的には、ツァイ式の食事とやらをこの状況なりに再現してたって言ってもいいんじゃないかな。
それと、会話の断片から、"空白の皿"についての情報も少しだけど得られた。
・"今"の目的は、現皇帝・カオヤ=キンダックを討つこと。
・必ずしも反皇帝の立場に立つ組織ではない。
・現在、本部である邸内には、この食堂にいる面々と他数人しか残っていないが、他にも構成員はいるらしく、情報収集などの名目であちこちに散っているらしい。
知ることができた情報をまとめるとこんな所だ。
流動的に目的が変わるなら、他には何をやってるんだと尋ねてみたが、結局教えてもらえなかった。
ただ、必ずしも反皇帝でないが故に、俺達を口封じする必要はないといった意味合いを匂わせた回答はあった。
その根拠が良く分からないんだけど、安全をより強固に確認できたのは収穫だ。
「――ご馳走様です。美味かったです」
何だかんだ、全ての料理をきっちり胃袋におさめてしまった。
言っとくけど俺だけじゃなくて皆も同じだからな。
「良かったです。私のこと、好きになって下さいましたか?」
「好感度は上がりましたね。パッカさんに限らず皆さんの」
「あら、それは良かったです。はい、お水をどうぞ。テルプの湧き水ほどではありませんが、美味しいですよ」
「どもっす」
人差し指で耳にかかった髪を一払いする仕草を見せた後、パッカさんは俺達の前に杯を置いていく。
「うん、美味しい」
「確かにテルプのそれよりは劣りますが、まろやかな口当たりが良いですわね」
水は温かったが、その辺のやつよりも美味かった。
「其方らに告げることがある」
唐突に、ロトが静かな口調で切り出してきた。
「何すか、急に」
「非常に重要なことだ」
そう言って片手を上げると、ライクさんがすっと目を閉じた。
ますますガイコツに見えちゃうなとか、何で目を閉じたんだろうとか色々考えていると、もごもご口を動かし始める。
「娼婦の子宮、宮殿の崩落、落日の夢……」
「うっ……!」
「あぐ……っ!」
要領を得ない言葉が並び始めた途端、タルテとミスティラが胸元を押さえて苦しみ出した。
「お、おいどうした……ぐぇっ!」
俺も……!?
胸が、締め付けられる……!
いや、腹が……手足も……頭まで……
苦しい……息が……っ!
「夢見の水滴、滴状の聖痕、痕跡の愛……」
「……ぁぁっ!」
この声……パッカさんとサモンさんも……!?
平気なのは……ロトとライクと……
何が、どうなって……!
魔法か……!?
「愛憎の剣、剣戟の聖歌、歌声の途絶、絶技の私娼……」
くそったれ……!
「…………あれ?」
ふと、全て幻だったかのように、意識が千切れそうな苦しみが綺麗さっぱり消失した。
ライクのおっさんの声も途切れていた。
顔を上げた俺の目に映った光景は、椅子から転げ落ちて激しく息をつく女たちと、飛びかかっていたアニンの拳を受け止めるライクのおっさんの姿。
「……そんな馬鹿な、到底行動など出来るはずがないというのに」
アニンの拳を押さえたまま、驚愕に目を見張るおっさん。
まったくだ。アニンの奴、よくあの苦痛をこらえて攻撃できたな。
いや違う。
あの様子からして、最初から苦しみなんてなかったみたいだ。
「"血詰めの呪詛"……! 不覚、ですわ……!」
「流石は名高き家柄の息女。博識だな」
ロトの方はというと、あくまで冷静を貫いていた。
「血詰めの呪詛?」
「呪水を飲ませ、詠唱を行うことで対象を痛苦の内に呪い殺す……権力者の暗殺に用いられていた魔法ですわ! この水が恐らく……!」
「アニン=ドルフにまで効果が及ばなかったのは予想外だったがな」
「申し訳ありませぬ。私にも見当がつきませぬ。確かに呪水を口にしたはずですが……」
「んの……クソ野郎ッ!」
「よせユーリ殿。本当に呪殺されてしまう」
「ぐっ……!」
おっさんの手を振り払いながら、アニンが鋭い声で制してくる。
危なかった。
アニンに言われなかったら、判断を間違えてた。
「賢明だ」
でもムカつくものはムカつく。
警戒心を薄れさせるために味方まで犠牲にしやがるとは。
せっかく見直しかけてたってのに、やっぱクソ野郎だ、こいつは。
そういやあいつも水を口にしたのに魔法が効いてないみたいだったが、きっとあいつのだけ普通の水だったって仕掛けだろう。
「其方らを殺害する為に呪詛を用いたのではない。逃亡されては厄介ゆえ、枷を知らしめたのだ。外す鍵は命令を終えた時に与えよう。案ずるな、呪水と言えど詠唱によって活性化させぬ限りはただの水、心身への悪影響は無い。また、ライク以外の詠唱で活性化されもせぬ」
他の皆も既に呼吸は整っていて、椅子に座り直していた。
タルテやミスティラのみならず、パッカさんやサモンさんまで、複雑な顔を俺の方に向けている。
あんたら、上司に駒みたく扱われて、恨んでないのか?
「もっと早く気付いていれば……万死に値する大罪ですわ」
「お前の責任じゃねえよ。それよか本当に大丈夫か、皆」
全員から頷きが戻ってくる。
「やっぱあんた、気に入らねえわ」
「結構だ。歓心を買うつもりは毛頭無い。それより次だ。貧民への食糧配分は如何様にするのだ」
全く悪びれもせず、淡々と話を進めてくる。
ったく、とんだ奴に目をつけられて、厄介事に巻き込まれちまったもんだ。