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57話『ロト、空白の皿の統率者』 その2

「よく来た」


 邸の中に招き入れられるなり、男のよく通る声が俺達の耳に入った。

 その方向――広間奥の階上、踊り場を見てみると、1人の男が立っていて、俺達を見下ろしていた。

 内部の作りといい、立ち位置といい、ファミレでクィンチの所へ乗り込んだ時のことを思い出す。


 ただし今度の相手は、肥えて皮膚をたるませた、醜い奴じゃない。

 まるで正反対の、体格のいい立派な男だった。

 長い黒髪を後ろで結んで青い衣をまとい、そして真っ白な仮面を付けているため素顔は分からないが、恐らくまだ若い。

 仮面の隙間から見える目には強い意志の光が宿っているのが、この距離からでも分かった。


「ロト様、ユーリ=ウォーニーさんのご一行をお連れ致しました」

「御苦労」


 突然跪いたシィスに、ロトという男は言葉短く応える。

 なるほど、確かに只者じゃなさそうな空気がビリビリ漂ってやがるな。

 おまけに随分と偉そうじゃあねえか。


「私はロト、"空白の皿"の指導者だ。ユーリ=ウォーニー一行、我らが理想実現の為の剣よ、待っていたぞ」

「ロトさんが依頼主、ってことでいいんすか」

「相違ない」

「そっすか。まず仮面を取ってくれませんかね。素顔を見せられないような相手を信用できないんすけど」

「出来ぬな」


 わざとぶっきらぼうに言ってみたが、すげなく拒否られ、シィスを始め周りの人間を動揺させるだけの結果しか得られなかった。


「まずは湯浴みをし、体を癒すがいい。その間に食事を用意させよう。暗殺決行まではまだ猶予がある。心配せず空腹を満たすのだな」


 勝手に話を進めやがって。

 しかもこっちの手札は筒抜けって訳か。


「任せた」

「かしこまりました。……ではユーリさん、湯殿へ参りましょうか。隅々までご奉仕させて頂きます」

「は?」

「ちょっとパッカさん、何言ってるんですか!?」

「私はロト様からの命を忠実に遂行しようとしているだけです」

「で、ですけど……!」

「……彼らの意志を優先させろ」


 まさか親玉からの助け舟が出るとは。不覚。






 その後、やたら立派で広い風呂場で体を清めて疲れを取り、風通しのいい部屋で少し湯冷ましをさせてもらった。


 言っとくけど、女たちを先に入らせた後、俺1人で入ったんだからな。

 パッカさんもサモンさんも使用人も全部外してもらったからな。


 で、メシの準備もできたってんで、食堂へと通された。

 これまたご立派な作りになっているもんだ。

 天井に設置された太陽石が部屋を柔らかな暖色で照らし、中央には朱塗りの円卓や、赤い革が張られた椅子がある。

 料理はまだ運ばれてないが、皿や箸などは既に卓上へ置かれていた。


「楽にするがいい」


 俺達が来るのを待っていたかのようにロトと、それと給仕役らしき中年男がやってきて、俺達を所定の席へ座らせた。

 ちゃんと食事はするつもりなんだろう、ロトの仮面は初対面の時と種類が変わっていて、口元が空いた作りになっていた。

 薄すぎず厚すぎずな唇の整い方からして、男前っぽいんだから、別に頑なに隠さなくてもいいだろうに。

 いや、別の理由があるんだろってのは分かってるけど。


「ライクと申します。ロト様が幼少のみぎりより、身の回りのお世話をさせて頂いております」


 俺の心の声など露知らず、ロトの後ろに控えるぱりっとした身なりの男が、ほとんど直角になるように一礼する。

 不気味、と言っちゃあ失礼だが、ガイコツのように痩せて不健康そうな顔や体型とは裏腹に、落ち着きと溌剌さを兼ね備えた声色での挨拶だった。


 ロトが呼び鈴を鳴らすと、厨房へ続いていると思われる横の扉からパッカさんとサモンさんが、巨大な台を引いてやってきた。

 濃厚そうな羹、饅頭、大きな鶏の丸焼き、とろみのついた挽肉と豆腐の炒め煮、山盛りの炒飯……様々な料理が盛り付けられた大量の皿を次々手際よく配膳していく。


「ツァイの料理です。お口に合うといいんですけど」

「大好きです」

「あら……ユーリさんたら、こんな場所で愛の告白をするなんて……いけない方ですわ」

「やるわねぇ、君」

「ちょ、違いますって。勘弁して下さいよ」

「かねてよりパッカ殿はしきりに、ユーリ様への慕情を口にしておりましたからな。はっはっは」


 楽しげに笑うライクさん。

 あんた見た目によらずそういう人間なのか!?


「ところでこれ全部、パッカさんとサモンさんが作ったんすか?」

「ええ、そうよ」

「へえ、美味そうっすね」

「一口食べたら私のこと、好きになっちゃうかもしれませんよ?」

「はは、心しときます」

「本当は私もお手伝いしたかったのですが……」

「シィスちゃんにお願いすると、手間や時間や被害が倍増しちゃうからねぇ」

「あうう……返す言葉もございません……」


 弁護してやろうにも、できなかった。

 ともあれ、この女性2名も同席するようで、全ての料理の配膳を終えた後、失礼しますと言って着席した。


「ライクさんは食べないんですか」

「お心遣いだけ頂戴致します」


 本人がそう言うのならば、強制はできない。


「立場の上下に関係なく、円卓を囲んで食事を楽しむのがツァイ式だ。其方も知っているだろう、アニン=ドルフ」

「仰る通りだ」


 アニンは表情を変えず返答する。

 にしても、想像とは違って、えらく家庭的な空気だな。

 堅苦しいのよりは断然いいけど。


「…………」


 ただ、感心すると同時に、無視できない一つの疑問が浮かび上がってきた。

 メシ食う前にこんなこと考えたくないし、言いたくもないんだけど、絶対正義を掲げている身としては、口に出さずにはいられなかった。


「ちょっといいっすか」

「申してみるがいい」

「とりあえず今は、あんたの正体について詮索はしません。でも、この邸や食い物から判断するに、裕福な人間なんすよね?」

「物質的に、という意味ではそうなるな」

「ここに住んでるなら、当然帝都の状況を知ってるはずですよね?」

「何が言いたいのだ。具体的に申せ」

「じゃあ言います。あんたは今日のメシも食えないような人達に、少しでも食わせてやったりしてますか?」

「成程、報告通りの信念の持ち主のようだ」

「そりゃ答えになってねえだろ」

「ならば明瞭に答えよう。貧民への施しはしておらぬ。無意味だからな」

「……無意味、だと?」

「其方の信念を否定するつもりはない。一概に施しを無駄と断じるつもりもない。だが、現時点では無意味と評せざるを得ぬ」


 ロトの言葉からは、悪意も、蔑みも感じられなかった。

 ただ、簡単な算数を答えるように、何を当たり前なことをとばかりに、さらりと言ってのけた。


「力ある者が有限の資源をより多く手にし、弱者は全てを失う。それが摂理ではないか? 私からすれば、其方らの思想の方が凡そ理解し難いのだが」

「この国の思想が弱肉強食だってのは俺も知ってる。全部が間違ってるとも思わねえし、長年染みついたもんを簡単に変えられないってのも分かってる。でも言わずにゃいられないんだよ」

「左様か」


 その時、俺の横にいたミスティラが静かに起立し、ロトを見据えた。


「わたくしからも一言お許し下さいませ。……よもや裕福な立場の人間が、このような思想の持ち主とは、改めてこの国へ、そして貴方への失望を禁じ得ませんわ」

「御期待に沿えず残念だ、ローカリ教教主・モクジ殿の御息女、ミスティラ=マーダミア殿」


 ミスティラは悔しそうな顔を隠そうともしなかったが、それでもそれ以上の発言はせず、再び着席した。


 ――よく耐えたな。

 ――いいえ、水を差す真似をしてしまい、申し訳ありません。


 ブルートークで声無き言葉を交わす。

 今度は俺が耐える番だ。

 俺も、この場では口論するつもりはない。

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