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57話『ロト、空白の皿の統率者』 その1

 復活したミスティラを適当にかわしながら更に東に進み続けていると、ようやく砂漠が終わって、今度はまばらに雑草や灌木が生えている広大な荒野に出た。

 砂漠と大して変わらねえな、と言いたいが、多少なりとも植物があるだけマシか。

 目で見るだけでも、体感温度が少し下がる気がする。


 更に程なくして、前方に河が見えてきた。

 つまり、人の集まっている場所が近いってことだ。


 進行方向を川沿いに変えて少し進んでいくと、正にその通り、建造物が見えてきた。


「……えっ、あれが、ペンバン?」


 タルテが、戸惑いがちな声を上げたのも無理はない。

 めちゃくちゃデカかった。

 これまでに訪れたどんな都市よりも、フラセースの聖都、エル・ロションよりもデカい。

 地平線一杯に広がってるんじゃないかって勢いで城壁が横に伸びている。


「初めて見ると驚きますよね。私もあたふたしちゃいましたよ」


 いや、そりゃお前の性質に由来してるんじゃ。

 とは可哀想だから言わなかった。

 にしても、その内行ってみたいとは思ってたけど、こんな形で訪れることになるとは。


 入国した時と同様に、帝都に入る手続きもシィスがあっさり済ませてしまった。

 古めかしくも厳めしいやぐらが設置された門を潜り抜けると、これまた目にうるさい景観が飛び込んでくる。

 簡単に言うと、大小無数の建物が所狭しと林立していた。


 まず一番多いのが、ツァイ独特のものと思われる建築様式。

 なだらかな山々のような屋根の稜線、赤く塗られた柱……かつてミスティラが話してた記憶があったけど、確かにローカリ教の寺院はツァイから影響を受けているみたいだ。


 不思議なのはそれだけじゃなく、統一感に欠けている点だ。

 所々、他国の様式で造られた建物が不規則に入り混じっている。

 そのメチャクチャさは、都市計画という言葉なんか知ったこっちゃねえ、といった風だ。

 ファミレが"雑多"なら、ここペンバンは"混沌"と言うべきか。

 こうなってしまえば景観もクソもない。フラセースの聖都とはえらい違いだ。

 街行く人々もそんな感じで、自国民と他国民がごっちゃになっている。


 ペンバンがどんな所か、前々から耳にしてはいてたけど、実際来てみると驚いてしまう。

 百聞は一見にしかずとはよく言ったもんだ。


 いやいや、そんな所よりも、気になるのは貧富の差だ。

 これまで訪れたどの街よりも光と影が、強者と弱者が、あちこちに色濃く表れていた。

 あっちの方は貧民街なんだろうなとか、そういう空気がとても分かりやすい。


「気に掛けていたらキリがないぞ」


 アニンが、俺とミスティラの両方に向けて言ってくる。

 そう、声にこそ出さなかったものの、ミスティラは明らかな嫌悪感を示していた。

 景観の他にも、ローカリ教が受け入れられなかったこととか、色々な理由が複合しているんだろう。


「分かってるよ。ところで、故郷へ久しぶりに戻ってきた感想はどうよ」

「特に好きでもなかったゆえ、何も無いな。ファミレの方が思い入れ深い場所だ」

「そっか」


 無味乾燥な感想だなと言おうと思ったが、滑る未来が目に見えていたので黙っていた。


「とりあえずどっかでメシ食わね? 腹減ってしょうがねえんだけど」

「もう少しだけお待ち頂けますか。きっと依頼主さんが豪華な料理をご馳走して下さいますよ」

「そうなのか? やれやれ、そんじゃあ我慢してやるか」

「まったく、調子いいんだから」

「そうでもなきゃやってらんねえっての」


 シィスの案内で、俺達は迷宮のような広大な市街を進み始めた。


 建物だけでなく街の雰囲気も、何とも混沌としてるな。

 活気があるかないかで言えば間違いなくあるんだけど、変に殺伐としているというか。

 別に揉め事が起こってる訳じゃないんだけど、お互いを牽制し合ってるっていうか、気を許していない空気が漂っている。


 このバカでかい帝都全体がそんなので満ちているのかと思うと、息苦しくなってくる。

 つい、俺達の口数も減ってしまう。


 アニンはここで生まれ育ったみたいだけど、よく染まらず、こんな飄々とした性格になったもんだ。

 今もご多分に漏れず、翡翠色の目をくりくりさせて街並みを眺めている。

 懐かしさじゃなく、初めて来た場所を見るような、やけによそ者じみた感じで。


 中央通りと思われる広い道を直進していく。

 正面奥に位置する城の方へ向かっているようだった。

 何だ、下見でもさせようってのか?


 左右の道脇に露店などは出ておらず、代わりに背の高い木――エピアの檻にもあった、魔力を防ぐ力を持つナモンの木が規則正しく植樹されている。

 この街路だけは無秩序の侵食を免れていた。


 城へ近付くにつれ、建造物に統一感が表れ出し、同時に高級で堅牢そうなものになっていく。

 つーか遠いよ。広すぎだろこの帝都。


「こちらです」


 どうやら城へ行く訳ではないようだ。

 ある程度接近した所で、シィスが左折を促した。


 この辺りは道も建物も綺麗に区画されているのが印象的だった。

 ファミレの高級住宅地を彷彿とさせる。

 というか実際そういう場所なんだろう。


 ようやくシィスが立ち止まった場所は、厳めしい城がよく見える立地の豪邸の前だった。


「ここが……そうなのか?」

「普通は隠れ家的なものを想像するでしょうから、驚きますよね」


 おっしゃる通りだ。

 隠れ家どころか、隠れてすらいねえんだもん。

 堂々としすぎてるんだもん。

 豪邸なんだもん。


「少しばかり事情が複雑なんですよ。直にご本人から説明があると思います」


 ここで待ってて下さい、と言い残し、シィスは門番に話をしに行った。


 話はすぐに終わって、シィスに従って敷地の中へと入る。

 豪邸の建築様式はフラセースやタリアンのものに近かった。


 花畑や石像、噴水まである広い庭を歩きながら、すぐ顔合わせするであろう依頼人の姿を改めて想像してみる。

 資産家か? 貴族か?

 男か? 女か?

 人に頼むぐらいだから、戦闘能力は大したことがないのかもしれない。

 いや、立場的に手を汚せないとか……


「美しいですわね。イースグルテ城の大庭園ほどではありませんが」

「しっ、聞こえちゃうわよ」

「ありのままに批評することこそ敬意。覚えておきなさい、下手な手心は時に侮辱にもなりますのよ」

「そういう問題じゃなくて、空気を読めって言ってるのよ」


 張り詰めた空気が少し緩んだからか、後ろでタルテとミスティラが言い合いを始めていた。

 うん、ほっとこう。


 シィスが屋敷の戸を叩くと、すぐに中から若い女性が出てきた。

 ……って、この人……


「リレージュで花精の試練の受付をしてた姉ちゃん!?」


 何でこんな場所にいるんだよ。

 なんて考えるまでもない。いるってことは、そういうことだ。


「覚えていて下さったのですか? 嬉しいです」


 向こうは特に驚きもせず、花精特有の柔らかな微笑みを見せるが、それさえも裏があるように思えてならない。

 こうまで立て続けに出会った人が関係者だらけだと、人間不信になっちまいそうだ。

 いや厳密にはこの人は花精だけどさ。


「ごめんなさい、あの時に事情をお話できなくて。でも、ユーリさんに一目惚れしたのは本当なんですよ。仕事抜きに、凄く好みなんですもの」

「んなことより、ジェリーとは……」

「そこはご心配なく。今回の件とあの子とは一切無関係ですし、試練の受付の仕事は別問題ですから。あちらは副業のようなものですね」


 本当に信じていいのか疑問が残るが、ひとまずは安心する。

 例えば万が一、あの子までもが人質に取られていたかと思うと……


「そういえばユーリさん、私の名前をまだお教えしていませんでしたよね? パッカと申します」

「パッカさんすか」

「私を疑ったり、恨んだりするのは当然だと思ってます。だから……お詫びに私のこと、好きにしてもらって構いませんよ」

「じょ、冗談じゃないわ! 勝手に決めないでください!」

「あら、どうしてあなたが拒否するのですか?」

「どうしてもです!」


 タルテに対してミスティラの方は、神妙な顔で少しうつむいていた。

 普段なら絶対噛み付いてただろうに、そうしたら悪意がなかったとはいえ、自分達に加担していた弱味を突っつかれるであろうことを懸念してるんだろう。


「あの、パッカさん。ロト様は」

「ああ、失礼しました。中へどうぞ、既にお待ちです」


 シィスが遠慮がちに尋ねたことで、言い争いが終わった。いいぞ。

 そして、親玉の名前はロトって言うらしい。

 聞いたことがない名前だな。

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