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56話『シィス、とんでもない依頼をする』 その1

 "俺達"は今、ツァイ帝国の首都、ペンバンに向かっている。

 "俺"の意志でじゃない。


 そう、全ては、あいつと久しぶりに出会ってから、大きく変わってしまった。






 トラトリアの里でジェリーと一旦別れた後、俺達はラフィネへ向かった。

 地祖人の工房にいるクラルトさんに、メルドゥアキの弓の使用感について報告するためだ。


 実戦で大いに役立ったことを伝えると、クラルトさんは大いに喜んだ。

 しかも、借りていた間も弓の研究を続けていたようで、更に改良してやるからまた試してくれなんて言われて、それが出来るまでの数日間、寺院に宿を借りて滞在しつつ待っていた時のことだ。


「お久しぶり、ユーリ君」


 工房近くの道を歩いていると、以前案内してくれた声のよく通る姉ちゃんが、俺達を呼び止めた。


「どうも、お久しぶりです」


 会ったのは片手で数えられるくらいだし、あまり話もしなかったけど、はっきり分かった。

 どこか普段と様子が違っていたと。

 

「どうかしました?」

「お話したいことがあるの。いいかしら。ユーリ君だけじゃなく、皆さん全員に、ね」


 段々と落ちていく声量と入れ替わるように、今までまるで意識できなかった別人物の存在感が、段々と増していく。


「お前は……」


 どうして気付けなかったのかという疑問を抱く間もなくスッと、本当にごく自然に物陰から、あの緑髪の、眼鏡をかけた女が姿を現したのだ。


「お久しぶりです、皆さん」

「シィスじゃねえか。久しぶりだなおい」

「シィス殿」


 工房案内の姉ちゃんとシィス。

 まるで接点のないはずの2人が、同時にこの場に存在している。


 この時点でおかしいとは思っていた。

 おまけにシィスの見せる微笑には、どこか曖昧さと影があったのも拍車をかける。


 異変はすぐ近くからも湧き起こった。

 どうしてそんなちょっと暗いツラしてるんだ、と言おうとした時、


「申し訳ありませんユーリ様、いえタルテもアニンさんも! 今までわたくしは、皆様に隠し事をしておりましたの!」


 突然ミスティラが叫ぶように声をあげ、その場にひれ伏したんだ。


「なんだよ急に、ビックリしたな」

「この光景、全てはわたくしに責が……!」

「はあ?」

「どうしたのよ」


 自白すると、あの時は正直、色々と急展開すぎて頭がついていけなかった。


「混乱や誤解を招かないように、私が順を追って説明します」


 だから、眼鏡を持ち上げながらそう言うシィスの姿が、不覚にも少し頼もしく思えちまったんだ。


「まず、ミスティラさんが今謝罪されているのは単純に、本当に純粋に、皆さんに隠し事をしているのが後ろめたかったからというだけです。こちらの詳しい事情を一切お教えしていませんからね。この方ならきっと父上を助けられますよと、ユーリさんの存在をお教えした代わりに、解決後もユーリさんたちと一緒に行動して欲しいとお願いしただけです。なので、ミスティラさんに一切の罪はありません」

「マジかよ」

「ただ、誤解しないで頂きたいのですが……」


 ここでシィスの歯切れが悪くなった。


「構いませんわ。遠慮なく仰って下さいな」

「……ミスティラさんが、ユーリさんを尊敬しているという気持ちも、その……好きだという気持ちも、紛れもない本物です。私がそこに付け込んだんです。ですからきっと、私がお願いしなくても、ミスティラさんは同行してらっしゃったはずです。

 だからどうか責めないであげて下さい。一番のド悪人は、私です」


 これまで途切れているように見えるくらいうすぼんやりとしていた人間関係の線が、ようやくハッキリと浮かび上がってきた。

 だからテルプの温泉とかでミスティラは、あんな頑なにシィスの存在を否定していたのか。

 計ったかのように国境城塞で待ち伏せしていたのも、そういうことか。


「とはいえ、寝食を共にする仲間に秘め事があったのは事実。弁護の仕様もございません。お好きなように罰して下さって構いませんわ」


 心からそう思ってるんだろうけど、精一杯毅然と振る舞おうとしているのが見え見えだった。

 うーん、シィス側の事情とやらがまだ分からんけど、別に俺は……


「わたしは信じる。それに、罰しようなんて考えてないわ」


 真っ先に意見を表明したのはタルテだった。


「だってあなた、ウソをつくのが下手じゃない。わたしにあれだけ好き勝手言うようなバカ正直なあなたが、悪意を上手に包み隠せるとは思えないもの」


 実に歯に衣着せぬ物言いだったが、当の本人には効果てきめんだったようだ。

 全身の震えを必死に抑えながら、


「お、御言葉にか、感謝は致しますが、女子としての負けは認めませんわよ!」


 と、声を上擦らせた。


「いいわよ、それは別問題だから」


 短く切り上げた所で話が途切れ、両者の視線が俺の方に集中する。


「ユーリ様……」


 らしくもない、下から縋りつくようなツラしやがって。

 言いたいことはタルテがほぼ全て代弁しちまったけど、俺からも何か具体的な反応をしといた方がこいつもスッキリするだろう。


「なあミスティラ、俺の目を真っ直ぐ見続けられるか?」

「……はい、一切の揺らぎ無く」


 言葉通り、青く透き通った瞳を、全く逸らさず真っ直ぐに向け続けてくる。


「おし、信じるぜ。お前に責任はねえ。断言する、この先何があっても責めたりしねえよ」

「……海よりも深く感謝致します、いいえ、感謝さえおこがましいですわね。わたくしは……」

「おっと泣くなよ。そういうの嫌なんだ。泣いたらくすぐりまくるからな」

「はい、お好きな場所を存分にお触り下さいませ。潤いを欲するのならば、湧き立たせてみせましょう」

「ちょっと、どさくさに紛れて変なことしようとしないでよね。いやらしいわね」

「ば、馬鹿、俺はもっと紳士的な観点でだな」

「待て、話が逸れかかっているぞ。戯れは後回しにするが良い」


 アニンが、至極もっともな発言で制してきた。

 正論極まりないが、こいつに言われると少し釈然としないのは何故だろう。


「私もミスティラ殿を信じるぞ。それでシィス殿、其方の事情を聞かせてもらおうか」

「あー、完全に忘れ去られてるみたいだから、あたしから言わせてちょうだい」


 ここまで静観を貫いていた案内人の姉ちゃんが、よく通る声で割り込んできた。


「あたしとシィスちゃんの事情は一致してるから、構わないわよね」


 無言で頷くアニンを見て、姉ちゃんは少し声を落として続ける。


「あなたたちに、正確にはユーリ君とアニンさんの2人に、頼みたいことがあるのよ」

「頼み?」

「ビックリして大きな声を出さないでね。心の準備はいい? ……ある人物を、暗殺してもらいたいの」

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