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9話『ユーリ、種まきの会を託す』 その1

 タリアンへの出航が、二日後にまで迫っていた。

 準備を全て済ませた上で旅立ちを控えているといっても、それまで何もせずブラブラしてる訳にもいかない。

 一応俺も仕事を持っている身だからな。

 という訳で、今日も元気にアニンや他の傭兵仲間と一緒に働いてきた。


 俺が所属している傭兵組合と交わした契約の中には『ファミレ周辺の巡回警備』という仕事が含まれている。

 毎日じゃないが、当番制で定期的に回らなきゃいけないことになっている。

 つまり、ファミレの外をうろついている不審者及び、人間に害を及ぼす可能性のある魔物を見つけたら対処する、という仕事だ。


 ファミレの外周は加護を帯びた特殊な石で築かれた高い壁で覆われているから、壁を破壊されて門以外から街中に入り込まれる心配はないに等しいが、念の為ってやつだ。

 それに市民や旅人の安全を保障するためにも、決しておろそかにしてはいけない仕事である。


 とは言っても、この辺は治安がすこぶる悪い訳でもなく、強い魔物もいない。

 大体の場合、ちょっとばかし物騒な程度の散歩で終わってしまう。


 この日も例外じゃなかった。

 肉より骨が好物な骨食いネズミや、全身真っ黒の黒刃カマキリを時々ちょちょいと片付ける程度で仕事は終わってしまった。

 ま、平和なのに越したことはないよな。


「お前らが出発すんのは明後日だっけか。アニンさんがいないと寂しくなるなあ。ユーリはどうでもいいけど」


 巡回を終え、ファミレの街中へと戻る道すがら。

 傭兵仲間の男――カッツが、そんなたわけたことを抜かしてわざとらしく鼻をすすった。


「私達がいない間のことは任せたぞ。これまで同様、ファミレをよく守って欲しい」

「おう、任しといて下さいよ! おいユーリ、アニンさんの足を引っ張んじゃねえぞ」

「うるせえよ。それよかお前、この前立て替えてやった昼メシ代さっさと返せよ。しばらく戻らないから、取り立てる機会がもう数日しかないんだ」

「まあまあ、戻ってきた時には倍にして返してやるって」


 また調子のいいことを。

 こいつ、いつもこうなんだよな。

 金を手に入れてもすぐ賭け事ですりやがるし。


「それよか、明日は"種まきの会"のついでにお前らの送別会もやってやるんだからさ、感謝しろよな」

「ん? 餞別でもくれんのか」


 そう聞いたらカッツの奴は、ふんと鼻を鳴らして笑いやがった。


「んなことより、聞いたぜ。あのクィンチのクソ野郎と、子飼いの魔獣をぶっちめたらしいじゃあねえか」

「成り行きでな」

「ど……可愛い女の子に一目惚れしたんだって?」

「そんなんじゃあねえよ」

「ま、いいけどね。俺からアニンさんを取らなけりゃさ。ねーアニンさん」

「取るのは私から剣で一本、であろう。そうすれば交際もまあ、少しは考えぬでもないと言ってあるはずだが」

「はーい! 離れ離れの間、頑張って修行しまーす!」

「その意気だ」


 いつも通りのあしらわれ方である。

 今度は俺の方が、鼻で笑っちまいたくなる。

 こいつの実力じゃ、千年経ってもアニンから一本取れないだろう。


「じゃ、また明日な」

「ああ」


 組合で報告を済ませて報酬をもらい、俺とアニンはカッツたちと別れた。

 そのまま家に帰りたいのはやまやまだが、挨拶回りをしなければならない。

 再び帰ってくるまで、種まきの会に参加しない知人と会う機会がもうないと思われるからだ。


 ちなみに"種まきの会"というのは実際に畑で種まきをする訳ではなく、皆で集まって食事の準備をし、それを食べながら親睦を深めようって感じの催しである。

 食材や諸費用は参加者で持ち寄って賄われ、場所はファミレの西側にある多目的広場を借りている。

 身分や人種を問わず、誰であろうと参加は自由で、金や食材を出さずとも一応食べることができるようになっている。炊き出しの機能も兼ねていると言ってもいいだろう。

 もっとも事情がない限りは体で、つまるところ調理や配膳などの肉体労働で払ってもらうんだが。


 この会の言いだしっぺは俺なんだけど……種まきの会って命名したのは誰だったっけ。忘れちまった。まあいいか。

 とにかくこの会、だいたい月に一、二回やってるんだが、明日はちょうどその日って訳だ。


 始めた理由はもちろん、俺の絶対正義、誰であろうと飢えているものを救うという信念に基づいてだ。

 とはいえ、全ての傭兵仲間や知り合いが賛同してる訳じゃない。

 一匹狼な奴もいるし、「何で他人に食わせなきゃいけないんだ」って考えの奴もいる。


 が、協力してくれる人間が少なからず集まってくれただけで充分だ。

 俺の信念を他人に強制はできないからな。


「ときにユーリ殿、タルテ殿との仲は進展しておらぬのか?」


 酒場、大食堂、市場……と回り、次は自宅のご近所さんのところへ向かおうとした時、アニンがいきなりこんなことを聞いてきた。


「そうだな、悪くはねえんじゃねえか。下ネタに敏感なのがちと壁だけどな」

「そうではない! 全く、嘆かわしい……」


 アニンは手で顔を押さえ、大げさな動きをする。 


「は? 何か誤解してんだろお前」

「年頃ゆえ致し方ないのかもしれぬが、少し恥ずかしがりすぎではないか」

「年頃って、そんなに歳変わんねえじゃんか。そもそもだな、タルテの方も変な誤解してやがんだよ。俺らがデキてるんじゃないか、とか」


 つーか、まだ知り合ってそんなに経ってないってのに、進展もクソもないだろう。


「いかん! いかんぞ、そんな体たらくでは。男子の方がもっと押していかねば。相手が控え目なタルテ殿であるならば尚更だ」

「そっすかー」

「此度の旅で、是非とも親密になるべきだ。旅はいいぞ。数日の旅が、数十日の同居にも勝る濃密さを孕み、絆を育んでくれるからな」

「ほへー、なるほど」


 アニンの力説は当然、右から左だ。

 ったく、めんどくせえ。


 ご近所さんへの挨拶も済ませて家に着いた頃には、すっかり日も暮れかかっていた。


「お帰りなさい」

「おかえりなさーい」


 漂う煮物のいい匂いと共に、タルテとジェリーが出迎えてくれた。


「今日の夕ごはんはね、肉じゃがだって。ジェリーもちょっと手伝ったんだよ」

「おっ、そうか。偉いな」


 ちなみにジェリーは、辛い物や苦い物でなければ食べられるらしい。

 花精の食習慣がよく分からないから少し心配だったが、杞憂だったようだ。


「もう少しでできるから、待ってて」


 タルテに言われた通り、俺達は椅子に座って待つことにする。

 空きっ腹を抱えながら待つこの一時、苦痛でもあり幸福でもあるんだよな。


「この前も言ったけど、明日は朝から集まりがあっからな」

「種まきの会、だっけ。本当にわたしも行っていいの?」

「気にしないで来いよ、というか是非手を貸してくれ。それに孤児院の子たちも来るからさ、きっとあのちびっ子三人組も喜ぶぜ」

「ジェリーも行きたい。いっぱいお手伝いするから、ね?」

「ああ、ジェリーのことも頼りにしてっからな」

「うんっ!」


 ジェリーの頭を撫でている時、横からのアニンの視線に気付く。


『先程の私の忠言、忘れぬように』


 と高確率で語りかけていると思われるが、それも曖昧な苦笑いで誤魔化すとしておこう。






 翌朝。

 俺達はパンにミルクの簡単な朝メシを済ませた後、"種まきの会"会場の多目的広場へと足を運んだ。

 アニンには市場から食材の運搬を頼んでいるため、途中でいったん別れた。


 一応は主催者だから一番乗りする勢いで出たんだが、既に広場にはそこそこの人数が集まって設営を開始していた。

 カッツの奴はまだ来てないが、まあどうでもいいか。


「おはようございまーす! 今日もよろしくお願いします!」

「うーっす!」


 来ていた人たちに声をかけていくと、


「あ、ユーリー!」


 エプロンをはためかせながら、そばかす顔の少女が目の前に現れた。


「おーっすジルトン、お疲れ」

「遅いよー! こっちはもう、日が昇った瞬間から作業開始してたんだぞ」

「本当かよ」


 ジルトンはファミレの大食堂で働いている、自称・看板娘だ。

 まあ、客観的に見ても愛嬌のある顔立ちだし、体つきも健康的だし、別に看板娘と言っても差し支えないかもしれない。

 カッツ曰く、少し色気が足りないとのことだが。


「そこの人が、この前助けたって人?」


 ジルトンはくりっと目を動かし、タルテの方を見た。


「ああ、タルテってんだ」

「は、はじめまして」


 タルテは明らかに引き気味だった。

 まあ、そんなに相性のいい相手じゃあないだろうな。


「ふーん……で、そこのちっちゃい子は?」

「この前助けた子」

「ジェリー、です。お、おはよう、ございます」

「おはよう、ジェリーちゃん」


 ニコッと笑ったあと、少しの間ジルトンはジェリーとタルテのことをジロジロ覗き込んでいた。

 が、やがて、


「ちょっとちょっと、あんたってば、女を何人作れば気が済むのよー」

「おいおい、変な言い方すんなよ」


 つーか脇腹を肘で小突くな。痛え。


「あたしだけじゃ満足できないっての?」

「あの、それってどういうことですか」

「言葉通りの意味よ。あたしとユーリはそーゆー仲で、七日に一度くらいはやってんだから」

「おま、デタラメ言うのやめろ! しかも七日って妙に生々しい数字まで出しやがって!」

「んふふー」


 しまった、誤算だった。

 ジルトンのことをもっと警戒しておくべきだった。

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