54話『タルテ対ミスティラ、祝賀の席の決戦』 その2
「タルテ殿も久々に飲んではどうだ」
「ううん、わたしはだいじょうぶ」
「どこが大丈夫なのかしら? 酒気の力を借りてでも、その陰気な顔を何とかなさいな」
「悪かったわね。元からこういう顔なんです」
「開き直りはやめて下さる? せっかくの料理や酒が不味くなりますわ」
明らかに場の空気が一変した。
タルテから放たれた無言の怒気のせいだ。
「え、ええっと、おねえちゃん」
「何ですのその目は。気に入りませんわね。続きをやりますの? いつでもお相手になりますわよ」
「待て待て、暴力はダメだ。ほれ、握った拳を解いて掌にしろ」
傷は魔法や俺のグリーンライトで治せるとかそういう問題じゃなく、精神衛生上良くない。
「変わったな。ファミレの大食堂などでは殴る蹴るの揉め事など日常茶飯事だったというのに、そこまで積極的に止めていなかったではないか」
「野蛮な酔っ払い共とこいつら……その、年頃の女を一緒にすんなっての。ましてやジェリーの前でんなもん見せられるかよ」
「仲よくしないとダメだよ、ケンカはよくないよ」
「ジェリー」
アニンが、いつになく真面目な声を発した。
「皆で仲良くしたいと思うのはとても立派なことだ。しかし、だからこそ、時には喧嘩が必要となることもある。より逞しい筋肉を作る為には、一度痛めつける必要があるのと同じようにな」
「よくわかんないよ。だってパパもママも、一回もケンカしたことないけど、すっごくなかよしだよ?」
「勿論そのような事もある。御両親はまさしく、運命的なまでに相性が良いのだろう。しかし世の中、そうでない者たちの方が圧倒的に多いのだ。例えばユーリ殿とタルテ殿は時々言い合いをしたりしてぶつかり合うが、仲が良いだろう?」
「うん」
物申したいことは色々あったが、ここで話の腰を折ったら余計混乱しそうなので、我慢しとく。
「今回のタルテ殿とミスティラ殿についても、それと同じだ。少しばかり激しさを伴う形にこそなっているが、今まさに2人は互いを繋ぐ絆を鍛え直そうとしているのだ」
「それは誤った教えですわ。もとよりわたくしたちの間には、蜘蛛の糸ほどの絆さえ存在していないのですから」
「そうね。わたしもこんな人とは仲良くなりたくないもの」
「ほんとにそうなの……かなぁ?」
ジェリーが首を傾げるのも当然だ。
俺から見たって、全くもって険悪さが解消されてないし、そうなる予兆さえない。
一触即発、という言葉がこれほど相応しい状況もそうそうないぞ。
「まあまあ、2人とも笑った笑った。こんなめでたい席に、笑顔以外は似合わないぜ」
「…………」
勇気を出して柄でもない台詞を吐いたってのに、2人とも完全に無視しやがるし。
おいアニン、そんな知ったようなことを言うならどうにかしろ。
と視線を送るが、これまた薄笑いだけが戻ってきて要領を得ない。
うーん、どうすれば平和的に解決できるか。
諌めるにも限界があるから、やっぱ適度に感情を発散させた方がいいよな。
問題はその方法だ。
飲み比べでもしろ、と言いたいが、タルテが不利すぎる。
かと言って料理対決では逆にミスティラが不利になる。
両者が対等な条件、かつ安全に勝負できるネタ……大食い勝負か?
「……浅ましい」
「なんですって?」
「ユーリ様がいらっしゃるからとて、調子に乗っているのではなくて?」
「そんなことないです」
「そうですか。まあ、どちらでも構わないのですが」
「だったら、言わないでくれます? その……」
「何ですの?」
「えっと……イ、イライラするんです」
「はっきり仰りなさいな! 忌々しい!」
「あーもー! やめろっての!」
「ケンカしちゃダメっ!」
落ち着いて考え事もできやしねえ。
「いいえ、ここは深く切り込ませて頂きますわ! ユーリ様は、皆様は、この娘のこういった性情を歯がゆく思いませんの!?」
「思ってねえよ」
そう答えた瞬間、ミスティラが窒息したように言葉を失った。
その通りだな、とでも答えて欲しかったんだろうか。
「……御二人はいかがですの?」
出鼻を挫かれたにも関わらず首を振り、やや弱まった語調でアニンやジェリーにも話を向けるが、
「成長を見守る気持ちこそあれど、斯様な感情を抱いたことは無いな」
「ジェリーも、きらいになったりなんかしないよ」
同意を得られず、艶のある唇を噛む始末。
「……ただ、ミスティラ殿の思いも理解はできる」
が、予想外にもアニンの方ががそんなことを付け加えた。
「一連の物言い、きっとタルテ殿の成長を促すため、ミスティラ殿なりの愛の鞭を振るった結果であろう」
「それは誤解、勘違い、思い違いですわ」
声音を上げ、ぷいっとミスティラが顔を背ける。
「そうか。では間違いついでにここで提案なのだが、この場をもってお互いとことんぶつかり合ってみてはいかがか。ひとまず物理的な衝突は抜きにして、な。腹を割って話し合えば、必ずや仲直りも出来、一層絆も深まることだろう。ただ、話したくないことは話さなくても良いぞ」
意味深な目配せをタルテとミスティラにしていたのは気になったが、やるなと思わず感心してしまう。
ここぞという時のまとめ方の上手さは流石だ。
こう繋げたかったのか。
「タルテ殿も、ここは相手を藁人形と思い、遠慮せず打ち当たってみるといい」
「お待ちになって。このわたくしを藁人形に喩えるとは何たる烏滸の沙汰。優れた職人の手がけし精微かつ絢爛たる人形と称するのならまだしも、事もあろうに藁人形などと……」
「まあまあ落ち着け。心配しなくても、お前のいい女っぷりは皆分かってるから」
「……ユーリ様がそう仰るのでしたら、し、仕方ありませんわ! かかってきなさいタルテさん! もっとも貴女如きの舌鋒、わたくしの皮膚さえも破れるとは到底思えませんが」
幸いなことに、本人も割と乗り気というか、受け入れる姿勢を見せてくれた。
「言いたいことがあるならば、はっきりと仰いなさい。どのような非難の雨を浴びようとも、わたくし個人へのものである限り、決して暴力に訴えないことを、父母の名と家に誓いましょう。さあ、衝動のままに放ってごらんなさい。あの時のように」
「…………っ」
「おねえちゃん……?」
タルテは、戸惑っていた。
長いまつ毛や、控えめな唇を震わせ、呼吸は浅い。
あれは、緊張している時に表れる印だ。
ちらりと俺の方を見てきて、短い間目が合う。
我慢しないではっきり言ってやれ、という言葉を込めて小さく頷いてはみたが、果たして伝わったかどうか。
「ジェリーは気にせず、好きなものを飲み食いするといい。ユーリ殿もな」
「お、おう。ジェリー、また俺にあーんってやってくれないか?」
「う、うん……」
とは言ったものの、俺達2人、やっぱりタルテとミスティラの動向が気になって仕方がなかった。
「どうなさいましたの? このわたくしが許可しておりますのよ。時の浪費など許されません。早くしなさいな」
おま、そりゃちょっと上からすぎるっつーか、威圧的だろ。
「美食美酒に鼓を打ちつつ、気長に待とうではないか」
そう言って、空になりかけた杯に追加の酒を注ぐアニン。
お、いい援護だ。
ミスティラは「そうですわね」と呟いて酒を飲み、肴である魚のチーズ焼きを口に運ぶ。
「……料理においては、これほど雄弁に自信を物語っているというのに」
こいつなりの褒め言葉なんだろうか。
真意はどうあれ、本音をかますのは今が一番の好機だと、タルテも判断したらしい。
呼吸を整えた後、意を決したように切り出した。
「あの……"あなたにしては"とか"料理だけは"とか、そう言われるのが、ずっとイヤだったんです」
「一言よろしいかしら。他人行儀な話し方をやめて下さる?」
「あ、あなただって、似たようなものじゃないですか」
「わたくしは別ですわ」
「……そういう所も気に障るのよ」