表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
147/300

54話『タルテ対ミスティラ、祝賀の席の決戦』 その1

 俺達はこれから、祝賀会を始めようとしている。

 タルテとミスティラの間で揉め事が起きてまだ間もないってのに、どうしてこんなことになっているのかというと……


「ユーリ殿、今夜にでも祝いの席を設けたいと思うのだが」


 一眠りして目を覚ますなり、アニンがそんな提案をしてきたからだ。


「この状況でか? 急すぎねえか?」

「この状況だからこそだ。案ずるな、私に良い考えがある。ユーリ殿とジェリーはただ楽しめば良い」


 どうも信用できねえ。

 傍観してた前科があるからな。


「疑っているな。これでも責任を感じてはいるのだぞ。なに、大丈夫だ」


 強引にでも事を進めるつもりらしい。

 バンバンと肩を叩いて、俺の返事を待たず、アニンは座ってうつむいていたタルテの所へと行き、何か耳打ちし始めた。

 具体的な話の内容までは聞こえなかったが、タルテは小さく驚いたり戸惑ったりしつつ相槌を打った後、立ち上がる。


「話は決まった。早速ミスティラ殿にも声をかけつつ、買い出しに行ってくる。ジェリーのことは頼んだぞ」




 ……とまあこんな風に、アニンが強制的に話をまとめ上げちまったって訳だ。

 空いた時間を見計らって寺院の調理場を使わせてもらい、買った食糧を調理し(タルテとアニンが全部作ってくれたらしい)寝泊まりするのに借りているこの部屋で食べることになった。


 既に準備は終わっていて、卓上には多種多彩な肉料理やコデコさん直伝のアップルパイ等々、俺とジェリーの好物が所狭しと並べられている。

 そして飲み物としてぶどう酒や果物の絞り汁、それと他にも酒が何種類か。

 いちいち言うまでもないが、どいつもこいつもめちゃくちゃ美味そうだ。

 腹が減ってしょうがないし、食欲はモリモリ湧いてるんだけど……やっぱり爆弾2名が気になる。


 正直、不安を拭えなかった。

 どう考えてもちょっと冷却期間を置いた方がいいじゃんか。

 だって見てみろよ、今もわざわざお互い対角線上、遠い位置に座ってるし、目を合わせようともしないし、顔つきも険しいし……

 こんなんで盛り上がれるのか?

 主役のジェリーも凄く心配そうにしてるぞ。


「ユーリ殿、ここは1つ、種まきの会の実績を見込んで、音頭を頼む」


 そんな張り詰めた空気など関係ないといった調子で、アニンが促してくる。


「お、そうだな」


 しょうがねえ、ここは俺が切り替えてやっか。


「えー、この度は無事、ジェリーが一人前の花精になることができました。試練は過酷なものばっかりでしたが、本当によく頑張ったと思います」


 隣でえへへと笑うジェリーを見て、ついこっちも頬が緩んでしまう。


「これ以上の堅苦しい挨拶は抜きだ! 皆食って飲んで楽しもうぜ! 乾杯ッ!」

「かんぱーい!」


 わざと明るく言ったってのに、約2名のノリが著しく悪く、若干滑り気味になっちまった。

 まあいいや、とりあえずやれることはやった。食うか。

 空気が気になっても腹は減るもんだ。


 少量のぶどう酒で口内や喉を湿らせてから、眼前に転がる腸詰めをかじる。


「……くぅ~っ!」


 この歯応え! 塩っ気! 胡椒! 汁っ気たっぷりの肉!

 噛めば噛むほど力がみなぎってくるな!


「うんめぇ~!」


 本当は「やっぱタルテのメシは美味えなー!」と言いたかったんだけど、ミスティラの反応を考えるとできなかった。


「相変わらず料理の腕だけは優秀ですわね。見事な味ですわ」


 鶏肉の香草焼きを口にし、そのミスティラが言う。


 ただ、言葉こそ純粋な称賛だったが、声や顔はガチガチに硬い。

 ローカリ教に所属している立場上、食べ物に嘘をつけないんだろう。


「それはどうも。お褒めいただいて光栄です」


 タルテの方もまた、全く同じ硬さで、目も合わせずに返す。

 うわなんだこれ、めちゃギスギスしてるんだけど。酸素が無数の細かい毒針になったみたいに痛えよ。


「ねえねえ、タルテおねえちゃんのアップルパイ、ママのと同じくらいおいしい!」


 ジェリーも精一杯気を遣っているのが、上擦った声色から容易に読み取れる。


「そう? ありがとう。でもまだまだよ。コデコさんに近付けるようにもっと努力しないと」

「もっと素直に称賛を受け取ったらいかがですの? 度が過ぎた謙遜は、相手の好意を踏みにじるに等しいですわよ」

「……っ!」


 タルテが、ぎゅっと唇を噛んで一瞬ミスティラを睨み付けるが、すぐに逸らす。


「……折角の慶賀の席だというのに、つい口が滑りましたわ」


 ミスティラの方も、やり合う意志はないらしい。

 すぐに矛をおさめ、ぶどう酒を口にした。

 ホッとした。冷や冷やさせんなよ。


「あっ、そうだ!」


 再びジェリーが声を上げる。


「やくそく、守らなきゃ。おにいちゃん、はい、あーん」


 フォークで刺したアップルパイを、俺の口元に向けてくる。


「おう、ありがとな。いただきまーす」


 約束もあるし、もちろん素直に頂くに決まってんだろ。


「あぁ~、美味いなぁ!」

「だよね!」


 このサクサク感、甘すぎず酸っぱすぎずの絶妙な釣り合い、たまんねぇぜ。


「ユーリ様、わたくしからも受けて下さらないかしら?」

「お、おお?」


 中途半端な返事をしてしまったのは、申し出そのものが原因じゃない。

 こいつがこんなことを言ってくるのは日常茶飯事だから、いちいち驚かない。

 でも、ギスギス感を引きずったままの真顔でんなこと言われたら、いくら俺でも引くぞ。

 営業用の笑顔くらい作ってくれって。


「どうなさいましたの?」

「何でもねえ。頼むわ」


 その辺りの不満はどうあれ、断らない方がいいと本能が判断した。

 俺よかジェリーにやってやれ、とも言わない方がいいな。

 ミスティラの近くに移動し、鶏肉の香草焼きを食べさせてもらう。


「うん、うまい。肉も食べさせ方も」


 我ながらそつのない対応だと褒めてやりたい。


「ユ、ユーリ、わたしからも……と、特別に食べさせてあげるわ」


 が、あろうことか今度はタルテまで言ってきた。

 もちろん、真顔で。

 つーか真顔で恥じらうってどんな冗談だ。笑えねえよ。

 けど、タルテだけ食わないって訳にもいかないから、また移動してサラダを食べさせてもらう。


「うん、いい感じだな。栄養的にも食べさせ方も」

「ふ、対抗心の賜物とはいえ、貴女にしては勇気ある行動だこと」


 せっかく台詞に変化をつけたってのに、ミスティラの奴の一言が全てを台無しにしやがった。

 当のタルテはというと、わざとらしく顔を背け、何も答えなかった。


「このわたくしを無視するとは、いい度胸ですわね」


 あ、やべえ。


「時にユーリ様。わたくしとそこの娘、どちらがより上手に食を提供できたか、伺ってよろしいかしら?」


 まーためんどくせえことを……


「全く同じだったな」


 絶対反論を食らうだろうが、あえて平然と言ってみた。


「ふむ、では私も参加して、首位に躍り出てみようか。さあユーリ殿、こちらへ参るがよい」


 ミスティラに先んじてアニンが発言し、手招きしてくる。

 今回ばかりは実に絶妙だと褒めてやりたい。

 ……でもなんかやたら移動を挟む、忙しない食事だな。


「皆まで言うな、これが食べたいのだろう。さあ、行くぞ……どうだ」


 塊肉を放り込むなり、早速感想を求めてくる。

 待て待て、飲み込むまで時間がいるだろ。


「うん、うまいよ。同率だなこれは。いや、やっぱ首位はジェリーだ。悪いなお前ら」

「ほんと?」

「ああ、ジェリーの優勝だ」

「やったぁ!」

「裁定者がそう言うのならば仕方ないな」

「そうね」

「わたくしも異存ありませんわ」


 よしよし、一時はどうなるかと思ったが、上手く収まった……


「ユーリ様、返礼代わりと言っては何ですが、注いで下さらないかしら」


 と思ったら、すぐさま新しい火種を持ち込んでくる。

 また移動しなきゃなんねえのかよとちょっと思ったが、まあこれくらいなら問題ないか。


「ああ、ほれ」

「感謝致します」


 受け取るなり、ぶどう酒を煽るミスティラ。

 随分な勢いで飲んでるな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ