54話『タルテ対ミスティラ、祝賀の席の決戦』 その1
俺達はこれから、祝賀会を始めようとしている。
タルテとミスティラの間で揉め事が起きてまだ間もないってのに、どうしてこんなことになっているのかというと……
「ユーリ殿、今夜にでも祝いの席を設けたいと思うのだが」
一眠りして目を覚ますなり、アニンがそんな提案をしてきたからだ。
「この状況でか? 急すぎねえか?」
「この状況だからこそだ。案ずるな、私に良い考えがある。ユーリ殿とジェリーはただ楽しめば良い」
どうも信用できねえ。
傍観してた前科があるからな。
「疑っているな。これでも責任を感じてはいるのだぞ。なに、大丈夫だ」
強引にでも事を進めるつもりらしい。
バンバンと肩を叩いて、俺の返事を待たず、アニンは座ってうつむいていたタルテの所へと行き、何か耳打ちし始めた。
具体的な話の内容までは聞こえなかったが、タルテは小さく驚いたり戸惑ったりしつつ相槌を打った後、立ち上がる。
「話は決まった。早速ミスティラ殿にも声をかけつつ、買い出しに行ってくる。ジェリーのことは頼んだぞ」
……とまあこんな風に、アニンが強制的に話をまとめ上げちまったって訳だ。
空いた時間を見計らって寺院の調理場を使わせてもらい、買った食糧を調理し(タルテとアニンが全部作ってくれたらしい)寝泊まりするのに借りているこの部屋で食べることになった。
既に準備は終わっていて、卓上には多種多彩な肉料理やコデコさん直伝のアップルパイ等々、俺とジェリーの好物が所狭しと並べられている。
そして飲み物としてぶどう酒や果物の絞り汁、それと他にも酒が何種類か。
いちいち言うまでもないが、どいつもこいつもめちゃくちゃ美味そうだ。
腹が減ってしょうがないし、食欲はモリモリ湧いてるんだけど……やっぱり爆弾2名が気になる。
正直、不安を拭えなかった。
どう考えてもちょっと冷却期間を置いた方がいいじゃんか。
だって見てみろよ、今もわざわざお互い対角線上、遠い位置に座ってるし、目を合わせようともしないし、顔つきも険しいし……
こんなんで盛り上がれるのか?
主役のジェリーも凄く心配そうにしてるぞ。
「ユーリ殿、ここは1つ、種まきの会の実績を見込んで、音頭を頼む」
そんな張り詰めた空気など関係ないといった調子で、アニンが促してくる。
「お、そうだな」
しょうがねえ、ここは俺が切り替えてやっか。
「えー、この度は無事、ジェリーが一人前の花精になることができました。試練は過酷なものばっかりでしたが、本当によく頑張ったと思います」
隣でえへへと笑うジェリーを見て、ついこっちも頬が緩んでしまう。
「これ以上の堅苦しい挨拶は抜きだ! 皆食って飲んで楽しもうぜ! 乾杯ッ!」
「かんぱーい!」
わざと明るく言ったってのに、約2名のノリが著しく悪く、若干滑り気味になっちまった。
まあいいや、とりあえずやれることはやった。食うか。
空気が気になっても腹は減るもんだ。
少量のぶどう酒で口内や喉を湿らせてから、眼前に転がる腸詰めをかじる。
「……くぅ~っ!」
この歯応え! 塩っ気! 胡椒! 汁っ気たっぷりの肉!
噛めば噛むほど力がみなぎってくるな!
「うんめぇ~!」
本当は「やっぱタルテのメシは美味えなー!」と言いたかったんだけど、ミスティラの反応を考えるとできなかった。
「相変わらず料理の腕だけは優秀ですわね。見事な味ですわ」
鶏肉の香草焼きを口にし、そのミスティラが言う。
ただ、言葉こそ純粋な称賛だったが、声や顔はガチガチに硬い。
ローカリ教に所属している立場上、食べ物に嘘をつけないんだろう。
「それはどうも。お褒めいただいて光栄です」
タルテの方もまた、全く同じ硬さで、目も合わせずに返す。
うわなんだこれ、めちゃギスギスしてるんだけど。酸素が無数の細かい毒針になったみたいに痛えよ。
「ねえねえ、タルテおねえちゃんのアップルパイ、ママのと同じくらいおいしい!」
ジェリーも精一杯気を遣っているのが、上擦った声色から容易に読み取れる。
「そう? ありがとう。でもまだまだよ。コデコさんに近付けるようにもっと努力しないと」
「もっと素直に称賛を受け取ったらいかがですの? 度が過ぎた謙遜は、相手の好意を踏みにじるに等しいですわよ」
「……っ!」
タルテが、ぎゅっと唇を噛んで一瞬ミスティラを睨み付けるが、すぐに逸らす。
「……折角の慶賀の席だというのに、つい口が滑りましたわ」
ミスティラの方も、やり合う意志はないらしい。
すぐに矛をおさめ、ぶどう酒を口にした。
ホッとした。冷や冷やさせんなよ。
「あっ、そうだ!」
再びジェリーが声を上げる。
「やくそく、守らなきゃ。おにいちゃん、はい、あーん」
フォークで刺したアップルパイを、俺の口元に向けてくる。
「おう、ありがとな。いただきまーす」
約束もあるし、もちろん素直に頂くに決まってんだろ。
「あぁ~、美味いなぁ!」
「だよね!」
このサクサク感、甘すぎず酸っぱすぎずの絶妙な釣り合い、たまんねぇぜ。
「ユーリ様、わたくしからも受けて下さらないかしら?」
「お、おお?」
中途半端な返事をしてしまったのは、申し出そのものが原因じゃない。
こいつがこんなことを言ってくるのは日常茶飯事だから、いちいち驚かない。
でも、ギスギス感を引きずったままの真顔でんなこと言われたら、いくら俺でも引くぞ。
営業用の笑顔くらい作ってくれって。
「どうなさいましたの?」
「何でもねえ。頼むわ」
その辺りの不満はどうあれ、断らない方がいいと本能が判断した。
俺よかジェリーにやってやれ、とも言わない方がいいな。
ミスティラの近くに移動し、鶏肉の香草焼きを食べさせてもらう。
「うん、うまい。肉も食べさせ方も」
我ながらそつのない対応だと褒めてやりたい。
「ユ、ユーリ、わたしからも……と、特別に食べさせてあげるわ」
が、あろうことか今度はタルテまで言ってきた。
もちろん、真顔で。
つーか真顔で恥じらうってどんな冗談だ。笑えねえよ。
けど、タルテだけ食わないって訳にもいかないから、また移動してサラダを食べさせてもらう。
「うん、いい感じだな。栄養的にも食べさせ方も」
「ふ、対抗心の賜物とはいえ、貴女にしては勇気ある行動だこと」
せっかく台詞に変化をつけたってのに、ミスティラの奴の一言が全てを台無しにしやがった。
当のタルテはというと、わざとらしく顔を背け、何も答えなかった。
「このわたくしを無視するとは、いい度胸ですわね」
あ、やべえ。
「時にユーリ様。わたくしとそこの娘、どちらがより上手に食を提供できたか、伺ってよろしいかしら?」
まーためんどくせえことを……
「全く同じだったな」
絶対反論を食らうだろうが、あえて平然と言ってみた。
「ふむ、では私も参加して、首位に躍り出てみようか。さあユーリ殿、こちらへ参るがよい」
ミスティラに先んじてアニンが発言し、手招きしてくる。
今回ばかりは実に絶妙だと褒めてやりたい。
……でもなんかやたら移動を挟む、忙しない食事だな。
「皆まで言うな、これが食べたいのだろう。さあ、行くぞ……どうだ」
塊肉を放り込むなり、早速感想を求めてくる。
待て待て、飲み込むまで時間がいるだろ。
「うん、うまいよ。同率だなこれは。いや、やっぱ首位はジェリーだ。悪いなお前ら」
「ほんと?」
「ああ、ジェリーの優勝だ」
「やったぁ!」
「裁定者がそう言うのならば仕方ないな」
「そうね」
「わたくしも異存ありませんわ」
よしよし、一時はどうなるかと思ったが、上手く収まった……
「ユーリ様、返礼代わりと言っては何ですが、注いで下さらないかしら」
と思ったら、すぐさま新しい火種を持ち込んでくる。
また移動しなきゃなんねえのかよとちょっと思ったが、まあこれくらいなら問題ないか。
「ああ、ほれ」
「感謝致します」
受け取るなり、ぶどう酒を煽るミスティラ。
随分な勢いで飲んでるな。